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第1話

(すぐる)くん、今日、買い物付き合ってくれない?」  放課後、宮外(みやそと)ナナコがロングヘアを揺らし、芝本(しばもと)優の席へとやってきた。  優は形のいい眉をすまなそうに下げる。 「ごめん、ナナコ。オレ、陸上部の練習があるから」 「えー? 始業式から練習があるのー?」  ナナコが不満そうに唇をとがらせる。 「うん。次の大会が終わると部活も引退だから、それなりの成績残したいしさ」  優もナナコも都内の私立高校の三年生だ。  彼らの高校では二年生から三年生に上がるときはクラス替えがなく、新しい学年が始まる四月とはいえ緊張感はない。 「せっかく優くんとつき合えるようになったのに、デートも満足にできないなんて……」 「ほんと、ごめん。また今度ね」 「絶対だよー? 優くん」  ふくれっ面のナナコ。学校一の美少年の彼女になれたというのに、ろくに二人きりになれない不満が声にも表情にも強く出ていた。  優の美貌は一際飛び抜けていて、近辺の中高校生もわざわざ見にやってくるほどだ。  そんな優が二週間前、クラスメートのナナコに告白された。  これまでにも告白されたことは何度もあるが、優は誰ともつき合ったことはない。  それなのにナナコの告白に応じたのは、高校最後の学年というのが一番の理由だった。『華やかな思い出』を作りたかった。  ナナコはコケティッシュな魅力のある美少女で、男子生徒の人気も高いが、優は彼女と特に親しかったわけではない。ナナコの告白のタイミングが良かったと言える。  これから少しずつ親しくなっていけばいい、優はそう思っていた。  春休みに一度、二人で映画を観に行った。  まだつき合い出して二週間だ、優は充分なペースだと思っていたが、ナナコは違うらしく、放課後は毎日二人で帰り、休みのたびにデートする……そういうのを望んでいるようだ。  まだ不満げなナナコに拝むように手を立てて、もう一度謝ると、優は部活へと向かった。  帰宅後、シャワーを浴びた優の上半身を、脱衣所の鏡が映し出した。  優の左胸には十センチほどの傷跡がある。  優は軽く唇を噛んだ。  この傷をつけられたときのことは、いまだに夢に見てうなされる。  例え、この傷をつけた人間がもうこの世にはいないとしても……。

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