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第1話 羊みたいな先輩
犬飼亮は困惑していた。
自分が押し倒しているのは、二つ上の会社の先輩、牧野羊介。
「んっ……亮くん……」
亮は牧野の上から離れようとしたが、密着した状態の腰が擦れあって、牧野がピクリと体を揺らした。
こんな事故みたいなシチュエーションで、ダメだと思いつつも、亮の体も反応する。
そうなったらもう止められない。
名前の通りフワフワで羊のような牧野の髪を撫で、首筋から服の中に手をーーー
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
亮は、デスクにカバンを置くと、部長へ挨拶をした。
今日は電車が遅延しているとスマホの通知で来ていたから、早めに家を出たのだ。
車通勤の部長はいつも通り出勤していたが、オフィスはまばらで、遅延の影響を受けているようだった。
出勤時間ギリギリ。
遅延があっても、社員は問題なく時間に間に合っていた。
ただ一人を除いて。
「おはようございます!」
駆け込んできたのは、牧野。
必死に走ってきたのだろう、息を切らせて、亮の隣のデスクまでやってきた。
「牧野、タイムカード押してからで良いから、髪直してこい」
部長が呆れ顔で牧野に指示をした。
「え~?今日はちゃんと整えてきましたよ?」
「いや、牧野さん、完全に羊みたいになってます」
「やだなぁ、まだ白髪じゃ無いでしょ?あれ、ヘアゴム取れちゃってる。切れちゃったのかな、どうしよう。亮くん、何か無い?」
「……んー、輪ゴムくらいしか」
白髪じゃないと言いつつも、牧野の髪は色素が薄く、ミルクティーのような色だ。
牧野はモコモコの髪を一つに束ねながら、亮の輪ゴムを受け取ろうとする。
「牧野、これを使え」
部長は、デスクの引き出しからヘアゴムを取り出すと、牧野に渡した。
なんで短髪の部長がヘアゴムなんて持っているのだろうか?
亮が不思議そうに部長を見ていると、亮の視線に気付いた部長は気まずそうに目を逸らす。
「牧野はすぐにヘアゴムを無くすだろ。これはこの前見つけたやつだ」
なんだか言い訳っぽい部長の言葉を聞きながら、亮は髪をまとめる牧野を見て、細い首に現れたうなじに目が止まった。
「何?亮くん」
「あ、いえ。髪、ふわふわですね」
「うん。そろそろ梳いてもらわないと」
「ははっ、牧野さんの毛刈りだ」
「もう、羊じゃないって」
軽く笑いながら隣に座った牧野のうなじを、亮はまた見てしまう。
なんか、エロく見えるんだよな。
牧野のうなじから、華奢な肩、薄い胸、細い腰まで視線を巡らせていると、部長の咳払いが聞こえた。
慌ててパソコンに目を向けて、メールをチェックする。
隣から聞こえる牧野の、キーボードをタイプする音がヤケに大きく聞こえて、亮はゆっくりと息を吐いた。
受信メールを開くと、知らない商品の問い合わせがあった。
「牧野さん、これカタログにありましたか?」
「あぁ、これは亮くんが配属になる前のカタログの商品だね。まだ取り扱いがあるよ。確か資料室にカタログあったから、取りに行こうか」
亮は、元々人事部に居た。
人をよく見ていると言われる亮は、採用担当にピッタリだったのだ。
しかし、牧野のいる営業部の人員が足りなくなり、急遽補充で入ったが、営業成績も良く、そのまま営業部の配属となった。
牧場の飼料や農機具を扱う会社の営業は、結構体力仕事だった。
何せ、飼料や機具は重い。
必然的に皆体力が付き、ガタイが良くなる。
フワフワの髪の毛をもつ、ただ一人を除いて。
資料室には、乱雑にダンボールが積み上げられていた。
ラベリングはされているから、牧野はすぐに目的のダンボールを見つけた。
しかし、少し困った顔をする。
ダンボールは、身長よりも高い位置にあり、脚立が必要だ。
「あ、俺隣から持ってきますよ」
「えー、面倒だよ。少し手を伸ばせば届く……」
牧野は背伸びをしながらダンボールに手を伸ばす。
そこまで小さいわけではない牧野だが、目的のダンボールまでは若干届かない。
亮の方が少しばかり背が高いから、自分がやるべきだろうと、牧野の後ろから手を伸ばした。
「わっ、亮くん?」
「あ…………」
近づいた距離に牧野が驚いたのか、振り返って亮を見上げた。
思ったより顔が近く、亮も動きを止める。
ダンボールを棚から少し引き出している状態では、身動きが取れず、見つめあったまま時間が数秒止まった。
「す、すいません。今どきます」
「大丈夫、初めから亮くんに頼めばよかったね」
「い、いや……」
間近に、柔らかいフワリとした笑顔があって、亮は心臓の音が速くなるのを感じた。
なんでこんなに可愛いんだ、この人。
こんな顔、無防備すぎる……。
そんな事を考えていたら、ダンボールから指が外れた。
「あっ!」
落とすと思った時には、牧野の体を庇うように、亮は押し倒していた。
「ごめんなさい!だいじょう……ぶ……?」
抱きしめて、押し倒した身体は、思った以上に細く、乱暴にしたら折れてしまいそうだった。
「んっ……亮くん……」
ピクリと跳ねる牧野の身体。
二人の腰の間では、亮が存在を主張し始めた。
それに気付いたのか、牧野の動きが止まる。
ダメだと思いつつ、亮は牧野に触れた。
ネクタイの無いワイシャツは、ボタンが一つ外れている。
意図的になのか、外れてしまっているのかは、この人の性格上よくわからない。
でも、今は手を入れるのにちょうど良い。
牧野の素肌は、しっとりとしていて、手に吸い付く。
「……亮くん……やだ……」
恥ずかしそうに顔を背けた牧野の反応に、言葉を無視したくなったが、亮は手を止めた。
「すいません……」
「んーん、大丈夫。ごめんね、僕が無理に取ろうとしたから。痛くなかった?亮くんに全部当たったでしょ」
「大丈夫です。あの、ボタン……」
「あ、また外れてる。ありがとう教えてくれて」
牧野はニコニコと笑ってシャツのボタンをかけた。
落ちたダンボールを開けたが、資料のカタログは入っていなかった。
あれ?と笑う牧野と一緒に、亮は昼休みまで資料探しをするハメになった。
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