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エピソード 岸千之②
翌日朝六時に起床し、コップ一杯の水を飲んでからジャージに着替えて家を出る。
どんなに寝ていなくても、作家さんに泊まり込みで張り付いているとかでもない限り、朝のジョギングと筋トレを欠かしたことはない。
シャワーを浴び、髭剃りと歯磨き、服を着替えて買っておいたサンドイッチを食べる。朝のニュース番組を一通り観て、家を出る。毎朝のルーティンだ。
「ああ、岸! やっぱり朝から来たな! 優秀優秀!」
ほとんどの社員がいない時間帯に出社すると、この会社に入って二十年の五味さんが嬉しそうに寄ってくる。……嫌な予感がする。
「どうかしたんですか?」
「いやあ、また大口先生が原稿落としちゃって! お前の読切先生のネクストに掲載予定だったやつで穴埋めようと思ってんだけど、大丈夫だよな?」
「……はい?」
ネクストとは、俺が編集を担当しているドラゴンブレスの姉妹雑誌で、ドラゴンブレス・ネクストという月刊誌のことだ。
何も悪びれた様子もなく担当作家が原稿を落としたと言ったばかりか、聞き捨てならない単語があって、眉根を寄せながら笑顔が引き攣った。
「読切先生って……コメ山先生のことじゃないですよね?」
「そうそうコメ山! また読切描いたんだって? どうせ向こうに出しても連載決まらねーのに」
深く深く息を吐く。冷静さを保たないと胸ぐらを掴みそうだ。
「あの……この際なんで言わせてください。そもそも連載会議に掛けても五味さんがケチつけてきますよね? 毎回言われた通りに直しても読切の掲載までだし。大体が先生のテイストに合わない話を無理矢理描かせて、面白くなるわけないんですよ。なんですか、殺戮か暴力系って。先生の受賞作、日常を丁寧に描いた家族ものですよ? 先生の武器は派手なアクションじゃなくて繊細な心理描写なんです。それを何度も説明して、今回ネクストに家族ものの読切掲載が決まったんじゃないですか。うちの雑誌じゃ色が合わないからって。それなのになんでそんな話になるんですか?」
近くに運悪く座っていた十年目の先輩が慌てた様子で立ち上がる。
駄目だ、一回吐き出したら止まらない。前から仕事に対する姿勢や漫画家に対する態度が気に入らなかったのだ。明らかに五味さんの顔が怒りで歪み始めている。
「そもそも今回原稿落ちたのだって、大口先生と飲み歩いてばかりで進捗把握もろくにしていない五味さんの責任じゃないですか。いくらうちの看板作家でも、締切破り常習なのは五味さんが先生に強く言えないからでしょう? その責任を若手作家に尻拭いさせるなんて有り得ないですよ」
と、次の瞬間五味さんに胸ぐらを掴まれていた。相手の方が十センチ以上も背が低いから前屈みになる。が、体幹があるのでほとんど身体は動かなかった。
「ちょっと編集齧ったくらいのぺーぺーが偉そうな口利きやがってッ! 本誌連載できねーのは単純に才能がないからなんだよ! そしてお前のせいだッ!」
様子を見ていた先輩が、青ざめた顔で間に入る。五味さんは舌打ちをしてすぐ近くの自分のデスクに座った。
「お前、無駄に熱いんだよ! うちには合わねーの! 煙たがられてんのいい加減分かれよっ!」
全員に煙たがられているかどうか、それは分からない。少なくとも編集長は、新人で担当になって今や人気作家となった伊馬川先生をサポートしてきた俺を評価してくれている。
しかし、俺のせいでコメ山先生が連載に至らないのだとしたら、俺が先生の才能を潰していることにならないだろうか。
いや、だとしても、今回の読切はようやく五味さんを黙らせて掲載が決まった作品だ。読者層に女性も多いネクストへの掲載を変えるわけにはいかない。
「お前さ、辞めろよ、もう。うちに居られると迷惑なんだよ!」
今までそれを考えなかったわけではない。だらだらと新人を育成せずに夢や才能を磨り潰すようにして使い捨てるスタイルの編集部。ここで働く事に、最早何のメリットも感じなくなっていた。
ただ、才能がありながら芽を出させてあげられないコメ山先生のことだけが、気掛かりだった。
「前向きに検討します」
そう言って自分の席に座ると、五味さんは鼻で笑って先輩の担当作家で増刊号掲載予定の原稿を使えないか相談し始めた。
コメ山先生の原稿を諦めてくれたのは有り難いなと思いつつ、伊馬川先生の次号連載とセンターカラーのスケジュールを確認した。
しかし数日後、コメ山先生から至急話がしたいと連絡が来て、俺は先生の自宅に駆け付けた。
「岸さん……僕もう、連載諦めて実家に帰ります」
暗い顔で畳の上に座る先生を呆然と見詰める。
「いや、次の読切掲載の反応を見てからでも──」
「その読切自体が無くなったんですよね? 今日速達で原稿が返ってきてて、ああやっぱりダメなんだなって……」
「……え?」
何のことだか分からずに、先生の視線の先にあった封筒を見る。うちの出版社で使っている封筒だ。俺はその封筒を手に取ると、読切用に描いた四十ページの漫画が全て入っていた。
「もう優秀賞取ってから三年も読切しか描いてないですし、才能が無いのは重々──」
「いえ、これは何かの間違いです! 少なくとも俺はこのことを承知してません! ちょっとネクスト編集部に連絡します!」
席を外して、家の外に出てネクスト編集部に電話を掛けた。電話口に出たのは編集長だった。
「え? 五味さんが君からの伝言で先生が漫画の掲載辞めたいって言ってるから返しておいて欲しいって言われて、あまりに急で穴埋めるの大変だったんだから。まあ君のことはそっちの編集長から色々聞いてるし、今回は大目に見るけど、今後もそういうことされると読切掲載自体難しくなるからね」
──ああ、そういうことか。結局俺への嫌がらせで、他人を巻き込んだのか。一番俺にダメージがあるやり方を選んだのだ。
部屋に戻り頭を下げると、「顔をあげてください」と先生は焦った様子で、座布団の上に座るように誘導する。
「……どうやら、俺のせいみたいです。すみません」
「どういうことですか?」
「ちょっとベテランの先輩と衝突して……それが原因で、向こうが手を回したみたいで……俺が余計なことを言わなければ、こんなことには……!」
正直言って五味さんには腹が立つが、それ以上に自分が上手く立ち回らなかったことの方に腹が立った。相手を怒らせない言葉を選ぶべきだったのに、煽るような言い方をした。睡眠不足と昨夜の出来事と日頃の個人的な感情が、結果的にこんな最悪な状況を招いてしまった。
膝の上に置いた拳を握り締め俯く。合わせる顔がない。
「そんなことないです! 岸さんにはいつも助けてもらってます。岸さんが担当じゃなかったら、とっくに諦めて実家帰ってました。僕みたいな凡人を才能があるって励まして、アドバイスもたくさんくれて……岸さんには本当に感謝してもしきれないです……!」
コメ山先生は、少し寂しそうにはにかんだ笑顔を見せる。
実家が米屋で名前をコメ山メシ太と付けたこと、料理好きで料理漫画でデビューしたいと美味しそうに見える食べ物の描き方、食べ方や表情を研究し続けていること、初めて読切掲載が決まって喜んでいたこと、今回念願の料理漫画の読切が決まって一緒に朝まで飲んだこと。
全部俺が台無しにしたのに、何でそんなことを言ってくれるのか。俺は何もしていない。コメ山先生が努力していたのを、俺はただ見ていただけなのに。
「これ、差し上げます」
俺の前に原稿の入った封筒が差し出される。
「え……いや、そんなことできませんよ!」
「岸さんずっと言ってくれてたから。僕の一番のファンだって。『愛娘弁当』は僕が描いた漫画で一番面白いって自信持って言える作品になりました。それも岸さんがアドバイスしてくれたからだし」
「いやいや! 何もしてませんよ俺!」
先生は困ったように眉根を寄せるいつもの表情でくすりと笑う。
「岸さんは自分のこと分かってるようで分かってないですよね。最初単純に父子家庭の女子高生が父親にお弁当を作る話だったけど、岸さんが『ワンオペだと女性から共感が得にくいから父親が料理ができない理由をつけるべきだ』って言ってくれたから、ピアニストの設定にしてコンサートの日は食事も積極的に取らないから弁当を作るって話になったんです。この作品ができたのは、間違いなく岸さんが居たからですよ」
──ああ、編集者が一番欲しい言葉をくれる作家に、俺は何もしてやれなかったんだな。
自分の無力さを痛感する。しかし、これで、このままで終わりにしていいとは思わない。頭の中でぐるぐる「何か無いか」と思考を巡らせる。
そして一つの可能性を思い付いた。
「原稿は頂けません。けど、少しの間俺に預けてもらえませんか」
「……預ける?」
俺に恩義を感じている先生は、他社への働きかけはしなかった。だから、その代わりを俺が今するのだ。
「はい。必ず先生が描きたかった漫画を描けるようにします。編集者として最後の仕事をさせて下さい」
「最後……って、岸さん辞めるんですか?」
辞め時ではあるし、どのみち今しようとしていることをしたら、会社には居られない。
「そのつもりです」
「そう、ですか……」
「でも先生が安心して漫画を描き続けられるようにしてからです。俺は、先生の一番のファンですから」
コメ山先生には才能がある。こんなところで筆を折らせるわけにはいかない。
「……分かりました。でも無理しないでくださいね。岸さん頑張り過ぎちゃうから」
そんなに頑張っている姿を見せていただろうか? 苦笑しながら、原稿を鞄にしまってコメ山先生の家を後にした。
会社に戻り、デスクワーク中に五味さんがニヤニヤしながら近づいて来る。恐らくコメ山先生の件がどうなったか聞きたいのだ。
しかし、完全に無視を決め込んで、書類整理をしていると「おい」と苛立ちを隠さずに、机をドンと叩く。
「……何ですか?」
正直言ってもう五味さんには興味が無い。会社を辞めると決めているし、コメ山先生の件は俺の責任だと結論が出ている。今や落とし穴を作った人間よりもどうやって穴から抜け出すかが重要だからだ。
「今日何かあったんじゃねえか?」
「いえ、特に何もないですが。用件はそれだけですか?」
肩透かしを食ったように、間の抜けた顔で俺を見た後、何か思いついたような表情になる。
「そういえば、日曜の夜にマンガアワードのパーティに伊馬川先生と行くんだったよな?」
「ええ」
伊馬川先生の連載漫画が今年のマンガアワードを受賞したため、担当編集である俺もパーティに参加することになっていた。
「じゃあ昼間暇だろ? コミファンの出張編集部行ってくんねー? 大口先生との打ち合わせ入っちゃってさ」
コミファンとは同人誌即売会のことだ。同人誌即売会には出張編集部という、アマチュアの漫画家やイラストレーターが持ち込みができる出版社のブースがある。
今回久々に我が社も出張編集部にブースを出すことになっていて、責任者は編集長の一声で五味さんに決まっていた。
しかし、日曜の昼間に大口先生が打ち合わせをしたいだなんて聞いたことがない。恐らく嘘だろう。
「分かりました」
「悪いなあ、助かるぜ」
にやにやと笑いながら自席につく五味さんに溜息を吐いた。だが、五味さんのような新人を育てる気のない編集に作品を見てもらう子達が気の毒で、断る気にはなれなかった。
日曜当日。朝から会場のブースに座った。前日にブースの設営を編集アシの人達がしてくれていたので、当日は受付票とチラシの準備くらい。
伊馬川先生がうちの雑誌でデビューしたことを知られていて、久々の出展だったこともあり、開場直後にすぐに枠が埋まってしまった。
ネームの状態の人、アナログ原稿のコピーの人、二次創作の同人誌を持ってくる人、様々だ。
夢を持って生き生きとした表情で漫画の話をするのを見ていると、こちらが力を貰う。良いところや改善点を指摘していたら、あっという間に時間が過ぎた。
「岸君、ちょっと休憩してきなよ。お昼食べてないでしょ」
「ありがとうございます。三十分くらい抜けますね」
一時過ぎに先輩に促されて一度ブースから出た。近くで売られていた焼きそばを数分で食べて、戻るか迷っている時だった。
同人誌を手に出張編集部の辺りをうろうろしては溜息を吐いている女の子が目に入る。
「どうかしましたか?」
「ひゃいっ!」
声を掛けると肩をびくっと大きく震わせて俺の方を見た。肩にかからないくらいの長さで白に近い金髪、大きなピアスを両耳に付けた、痩せ型の小柄な女性だった。年は大学生くらいに見える。白地に沢山の目玉がプリントされた派手なパーカーを着ていた。
「あっ、えっと、あの……!」
彼女がちらちらと見ていたのは、今回初出展していた文夏社のブースだった。確かやり手の女社長で有名な出版社で、女性向け漫画雑誌の方で人気の漫画家が何人も連載している。今回BL作品を扱う雑誌が創刊になるとかで、そちらの新人も募集していたが、既に持ち込みの枠は埋まってしまっているようだ。
「もう受付終わってるみたいですね」
「あ……はい、そうなんです……」
彼女が大事そうに持っている同人誌に目を遣る。デジタルだろうが、水彩のような淡い色合いのイラストが見えた。
「アドバイスくらいならできるので、俺で良ければ見ましょうか?」
俺は一応怪しまれないように関係者のネームプレートと持っていた名刺を渡す。
「えっ……! あっ、でも私これ、BLで……!」
「問題ないですよ。漫画の描き方とか、展開とか見せ方とか、基本的な部分ならジャンルは関係ないですから」
少し迷うようにキョロキョロしていたが、意を決したように「お願いします……!」と頭を下げて差し出した。
俺は邪魔にならないように会場の端に寄って、漫画を開いた。
五十ページくらいの漫画だった。何かの二次創作だというのは分かるが、現代パロディなのであまり関係無さそうだ。
繊細な線で、少年達の髪や表情、睫毛まで美しく描かれている。表情は勿論、指先までエロティシズムを感じ、思わず惹きつけられた。
そして、彼らの台詞やモノローグだ。言葉選びが、彼女の繊細な絵柄と合って詩的で美しい。モノローグの言葉だけのコマでも、余白にすら意味を感じる。
もう既に彼女の漫画には独自の世界が出来上がっていた。
ただ、伝えたいことや表現したいことがまとまっていないのか、漫画として読者に何を伝えたいのか分かりにくい。
最後のページにペンネームだろう、「酒井あるひ」という名前が書かれていた。
「うん、漫画として凄く面白いですよ」
「ほ、本当ですか……?」
自信なさげに150センチくらいの小さな女性が俺を見上げている。
「絵が独特ですごく綺麗ですよね。パッと見て貴方の絵だとすぐに分かりますし、顔のアップでは人物の、睫毛や虹彩など細かいところまで描き込まれている。何か美術的なことをされていますか?」
「あっ、はいっ! 美大に通っていて、もう卒業なんですが」
それを聞いて納得する。彼女の下地にはきちんとしたデッサンの基礎があるから、崩した絵を描いてもパースが狂っているように見えないのだ。
「画力や世界観は抜群に秀でています。自信を持っていいですよ」
笑い掛けると、酒井さんも少し緊張が解れたのか、顔を少し赤らめて口元を緩めた。
「濡れ場は表情もよく、絡みの部分でも二人の身体がとてもエロティックに描けていると思います。ただコマ割りはまだ直した方がいいところがありますね。その根本には読者を意識して描く、ということが足りない気がします。この二人の少年の恋愛から何を伝えたいのかが明確ではないですよね? 何でもいいんですが、このライというキャラの過去を掘り下げたのに、ラストは駆け足でリズとの濡れ場に突入していて、もう少しリズがライの心に寄り添うシーンを丁寧に描いた方が良いかな、と思いますね。同人誌なので仕方ない面はありますが、商業誌でも決められたページで伝え切ることは求められるので、何を描きたいのか、伝えたいのかを意識して、構成をもう少し練るようにしてください」
一気に言い終えて酒井さんが固まっているのを見てまずい、と思った。良い漫画だったから、つい熱が入って畳み掛けるように言ってしまった。悪い評価をされたと誤解をさせたかもしれない。
「……あ……ありがとうございます……! 私っ、本を出しても感想とかあまりもらったことなくて……自信なくて……! はっきり足りないとこも言ってもらえて……! 直接言って頂けて、すごく、すごく嬉しいです! ありがとうございます!」
目に涙を溜めながら何度も頭を下げる酒井さんを宥めるように「いえいえ、そんな」と苦笑する。
「今日この本以外にも同人誌出されてるんですか?」
「あっ、はい!」
「せっかくなのでそちらも拝見してもいいですか? この本の代金もお支払いしないといけないですし」
時計を見て時間を確認するが、まだ少し時間がありそうだ。酒井さんは慌てふためいている様子でまた視線を泳がせている。
「いやっ、お金なんて! 差し上げます!」
「いやいや、俺が趣味で読んだんですから。それに同人誌を購入せずに名刺渡して持っていく出版社はろくな会社じゃないので注意してください」
最近そういう編集者がいるらしいのだが、大体安い原稿料で買い叩くか、最悪踏み倒すようなところだ。まあうちの編集部も評価できるものではないが。
酒井さんに案内されて彼女のサークルスペースに向かった。さっき読んだ同人誌の表紙のポスターが飾られている。
「お、井坂が男連れて帰ってきた! やるじゃん!」
「ち、違う! そういうのじゃないってばっ!」
「井坂」とは本名だろうか。彼女のスペースには耳に掛かるくらいの長さでショッキングピンクの派手な髪色の男性が座っていた。左右の耳や口元にピアスをたくさん付けていて、黒地に蛍光色のカラフルなペイントが施されたTシャツを着ている。
「ウソウソ。編集の人?」
「はい、こんにちは」
一応彼女の友人にも名刺を渡す。が、出版社の名前を見て首を傾げる。「文夏社」ではないからだろう。
酒井さんが経緯を説明している間、テーブルの上に並べられた本を見た。全て先程の二人をメインにした同人誌で、他に三冊あった。
表紙は1冊だけアナログで描かれていて、淡い水彩の色が綺麗だ。カラー絵もしっかり描けるというのは、本が売れるのに重要な要素の一つになる。
酒井さんには売れる漫画家になる要素が詰まっていた。
「一冊ずつ頂いてもいいですか?」
「えっ、あっ、やっ」
財布を取り出し、代金がちょうどあったので差し出す。が、酒井さんは顔を真っ赤にして手をバタつかせながら挙動不審な動きをしている。それを見た友人が腹を抱えて笑った。
「オジサン、一番端の本エロしかないけどマジで良いんすか?」
題名には「例の部屋に閉じ込められたライリズの話」と書かれている。「例の部屋」というのはよく分からないが、BLを描く人には定番のネタというやつだろうか。
「寧ろエロシーンって身体の描き方を見るのに一番いいので、ぜひ読みたいです」
友人は不思議そうに「ふーん」と言いながら酒井さんの代わりに代金を受け取って残りの三冊を手渡した。
「俺もう戻らないといけないので、これで失礼しますね。もし何かあったら、奥付にあったメールアドレスに送ればいいですか?」
「は、はい!」
「分かりました。では」
スペースを後にしてブースに戻ると先輩が俺の持っている本に驚いた顔をする。
「……岸君BL好きなの?」
「初めて読みましたけど、面白かったので買っちゃいました」
経緯を話すのが面倒だったので、さっさと鞄にしまった。
席について受付を待っている人達を見る。まだ十人くらい居るだろうか。席に置きっぱなしにしていたミネラルウォーターを飲んで、次の人を呼んだ。
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