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第21話 幸せな朝

 朝の八時半。連日のトラブル由来の疲労も癒え、いつもの調子を取り戻したユオシェンはキッチンに立っていた。 「ふふん、ふ~ん。俺は良いヒモだから、ダーリンの朝ご飯を作っちゃいまーすっ」  ユオシェンには一切収入源がない。誰にも雇われていないし、己を売るようなこともしていない。ただ一日中、家で過ごしているか、時折馴染みのバーに行って、ツケで飲むだけの日々を送っている。  何度か自分も働いた方が良いのではと殊勝な申し出をしたこともあるが、シイナによってきっぱり拒絶されてしまった。経験もスキルもない己に金銭の心配をされるほど、金に困っていないという言い分だ。  最初は働きもせずにただ過ごしている自分が不安で、バーのマスターに愚痴ったものだが、開き直ってからはこの生活を受け入れて楽しんでいる。  だがそれはそれとして、愛するダーリンのために尽くしたいという思いはあるので、こうして彼よりも早く起きた時は、朝食を作って彼が起きるのを待つことにしている。 「バゲットはあったからそれは焼くとしてぇ……冷蔵庫になんかあったかな~」  独り言を言いながら、ユオシェンは冷蔵庫の中身を確認する。だがそこには調味料こそあるが、食材らしきものはほとんど存在していなかった。 「うー……最近ダーリンに食事任せてたからなぁ……」  シイナは一切自炊をしない。ユオシェンが不調でダウンしている時は、彼が食事を用意しているのだが、そのバリエーションはいつも同じような既製品か屋台のテイクアウトだ。そもそも食事というものにあまり興味がないのだろう。 「ちゃんと栄養バランス考えて食べてほしいんだけどなぁ」  ユオシェンは冷蔵庫を漁りながら、困ったところも割とある恋人への愚痴を口にする。いくらガサゴソと冷蔵庫を探っても、食品は出てこない。変色しかけたニンニクが数個見つかったぐらいだ。  ちょっと外に出て買い出しをしてこようかとも思ったが、家から出るなと命じられていたことを思い出して諦める。  攫われたことを心配しての言葉なのだろうが、改めて客観的に考えてみるとこれは半ば監禁されているような状況だ。その真意を疑ってしまい、ユオシェンの表情は仄かに暗いものになった。 「……信じていいんだよね、シイナ」  己を苛む頭痛の原因は分からず、何故自分が攫われたのかも教えられないまま、家から出してもらえない日々。じわじわと込み上げる不安を飲み込み、ユオシェンは立ち上がった。 「よし! ガーリックトーストでも作るかっと!」  わざと明るい声を出して、曇りかけた感情を吹き飛ばし、ユオシェンはバゲッドとニンニクを持ってコンロの方へと向かっていった。  十分後、ユオシェンはベッドルームに戻って、まだ眠りこけているシイナの顔を覗き込んだ。 「ダーリン、朝だよっ。冷める前にガーリックトースト食べよ?」 「ん、んぅ……?」  声に反応したのか、それとも差し込んでいた陽光を遮ったことに気付いたのきあ、シイナは寝ぼけた様子でうめき声を上げる。 「ふふっ、ムニャムニャダーリン、かーわいいっ♡」  こんな彼を見ることができるのは恋人である己だけの特権だ。そう思うと、ただでさえ愛しい彼の寝顔がさらに尊いものに見えて、ユオシェンはベッドに半ば寝転び、まだ起きる気配のない彼の頬をつんつんとつついた。 「ほら、ダーリン起きてっ。起きないとちゅーしちゃうぞ?♡」 「ぅ……ユオシェン……」  まだ夢の中にいるらしいシイナは、うなされているようなしかめっ面でユオシェンの名を呼ぶ。どんな夢を見ているのか気になったユオシェンが耳を澄ませると、シイナは譫言のようにぽつぽつと言葉を発した。 「ユオシェン、すまない……だましてて……俺の、ワガママのせいで……」  愛しさでぽかぽかと温かかった胸の中が、一気に冷えた気がした。  落ち着け。シイナは悪い夢を見てるだけだ。彼が俺のことを騙してるだなんて絶対にありえない。ありえない、はずだ。  最近のシイナの行動の違和感。教えてもらえない頭痛の理由とトラブルの原因。きっと自分を守るためにあえて何も教えてくれていないのだと思ってはいるが、それでも芽生えてしまった疑念を無視することはできない。 「俺がヒモじゃなかったら、シイナは何か教えてくれるのかな……」  暗い気分でシイナの頬をもう一度つつく。朝に弱いシイナが起床したのは、結局それから十分は経ってからのことだった。

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