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第22話 過去の断片
寝ぼけ眼のシイナの手を引いてリビングに連れて行き、椅子に座らせて目の前に若干冷めたガーリックトーストを二枚置く。
「ん……いただきます……」
故郷の作法らしい両手を合わせての挨拶をした後、シイナはもそもそとガーリックトーストを食べ始める。普段の鋭利な刃物のような雰囲気からは想像もつかないほど隙だらけなその様子を、ユオシェンは複雑な面持ちで見守っていた。
ついさっき偶然聞いてしまった己に謝罪する内容の寝言。どんな夢を見ていたか尋ねるべきだろうか。尋ねたら、答えてくれるのだろうか。
もし誤魔化されたり拒絶されたりしたら、自分の中の彼への不信感が育ってしまいそうで、どうしても話を切り出せない。
そんなユオシェンの表情に、だんだん目が覚めてきたシイナは一枚目のトーストを食べ終わった頃に気がついた。
「ユオシェン、どうした? 顔色が悪いぞ」
「……ううん、何でもない。ちょっと考え事してただけ」
「そうか……。もし俺の助けが必要な悩みなら隠さず言うんだぞ? それとも俺は、相談が出来ないほど頼りないか?」
「そんなことっ! ないけど……うん……」
シイナを信じたい。疑いたくない。聞かなかったことにして忘れてしまうのが一番だ。そう分かっているのに、真摯にこちらを見つめてくるシイナの眼差しに、自然と口が動いてしまう。
「シイナ」
「うん」
「……教えて欲しい。シイナは、俺に何を隠してるの?」
ぴたりと、シイナの食事の手が止まる。すぐに答えてくれないという事実が、シイナが己に何か大きなことを隠しているという証拠に思えて、ユオシェンは俯いた。
「どうして、そう思ったんだ?」
「さっき寝言で、俺に謝ってるの聞いちゃったんだ。それで俺不安になって、頭痛のことも最近のトラブルの成り行きも何も知らないって思って……何か隠されてるんじゃないかって思っちゃって……」
内心をそのまま吐き出すと、何故だか激しい罪悪感が胸に満ちる。彼を疑うべきじゃない。彼に問うべきじゃない。ただ彼に与えられるものを受け取るだけでいい。自分は、彼の所有物なんだから。
その認識の根底にある記憶をたぐろうとすると、いつもの頭痛が激しく己を苛む。片手で頭を押さえて黙り込んだユオシェンに、シイナは何度も口を開くのを躊躇った後、ようやく言葉を発した。
「分かった、話すよ」
「シイナ……」
「ただ、今から話すことを聞いてもこれだけは信じて欲しい。俺は今、お前のことを心から愛しているし、幸せであって欲しいと願ってる。それだけは、本当なんだ」
まるで懇願するような口調でシイナは言う。ユオシェンは深い不安で息が苦しくなってしまいながら、それに頷いた。
「うん、信じるよ。俺も、シイナのこと愛してるから」
「……ああ、ありがとう」
何か苦いものを飲み込んだかのような顔でシイナは言う。そして、大きく何度か息を吸って吐いた後、消え入りそうな声で彼はユオシェンに問いかけた。
「……ユオシェン、俺たちがどこでどう出会ったのか、お前はどんな風に認識しているか教えてくれるか?」
「出会い……? そんなの、俺とシイナは運命で……あれ……?」
運命的な出会いをしたダーリンだということは強く分かっているのに、何故か初めて会った時の記憶がすっぽりと抜けている。
シイナはダーリンで、俺はハニー。気付いた時には俺はシイナと暮らしていたし、それに疑問を持つこともなかった。
でも、本当にそれでいいのか? 何か、思い出すべきことがあるんじゃないか?
ズキズキと痛む頭を押さえて、ユオシェンはシイナを見る。シイナは緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「ユオシェン。頭痛の原因は記憶の欠落だ。思い出しちゃいけない記憶を思い出してしまいそうになるたびに、激しいストレスがその頭痛を引き起こしている――と医者は言っていた」
「思い出しちゃ、いけない記憶……、それって……ぐぅっ………!」
「ユオシェン……!」
吐き気すら覚える頭痛に体から力が抜け、椅子から転げ落ちる。慌てて立ち上がったシイナに抱え起こされ、彼の腕の中でユオシェンは視線をうろうろと彷徨わせた。
「記憶……俺、シイナの……、うう、ボスを……?」
鼻をつく血の匂いがまるで目の前にあるかのように蘇る。荒れ果てた部屋。死んだ人間の匂い。頭の上で会話をする男たち。
『まさか『偶人(オゥレン)』を生け捕りにできるとはな』
『どうしましょう、ボス。このまま処分してもいいですが』
全身がまるで自分のものではなくなってしまったかのように体に力が入らない。頭上で男たちが、己の処遇について話し合っている。
『偶人(オゥレン)』? 生け捕り? 彼らのうちの何人かの顔は見たことがある。シイナが所属している組の幹部たちだ。自分は彼らに敵対していた? どうして?
理解できない情報を幻視し続けながら、記憶の中の己はただじっと処断の時を待ち続ける。
ふと、一歩下がったところで成り行きを見守っていた一人の男が、こちらに歩み出て発言した。
『ボス。これの処遇を、俺に任せてはもらえませんか』
彼は数度、周囲の男たちと会話をした後、ユオシェンへと歩み寄り、しゃがみ込んでこちらの顔を覗き込む。
『今日から俺がお前のご主人様だ。いいな、『偶人(オゥレン)』?』
銀フレームの眼鏡の奥に光る鋭利な眼差し。潔癖な印象を受ける皺一つないスーツ。少し頑固そうな整った顔立ち。
恋人でありご主人様でもあるシイナが、その瞬間のユオシェンの視界に映り込んでいた。
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