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第23話 疑念は心の奥に根を張り
「あ、ぐっ……」
脳を太い針で刺されたような痛みが走り、目の前の景色が現実へと戻ってくる。潤んだ目で歪む視界の中には、記憶の中と同じシイナの顔が、まるで別人のように心配と焦りで強ばった表情で映っていた。
「ユオシェン、俺が分かるか?」
「うぅ……シイナぁ……?」
「頭が痛いんだよな。待ってろ、今鎮痛剤を……」
「シイナぁ……行かないで、そこにいて……」
彼の服をぎゅっと握りしめ、ユオシェンは譫言のように言う。立ち上がろうとしていたシイナは少し迷った後に腰を下ろし、ユオシェンを抱えたまま彼の手をぎゅっと握り込んだ。
寄り添ってくれているシイナの体温を感じながら、ユオシェンは痛みの波が去るのをじっと待ち続ける。どれだけの間そうしていたのかは分からない。少なくともシイナのために作った朝食がすっかり冷めて乾いてしまうほどの時間が過ぎた後、ようやくユオシェンはまともに思考ができるまでに回復した。
「はぁ……シイナ、ありがと。かなりマシになった」
「そうか……。無理をさせてすまなかった。今はまだ向き合わなくてもいいんだ。また次の機会に――」
「ううん、今知っておきたい。このままじゃ俺、シイナのこと変に疑ったままになっちゃう。シイナを疑うなんてホントは嫌なのに……」
「ユオシェン……」
シイナはどんな顔をすればいいのか分からなくなっているような表情で、しばし沈黙する。だがユオシェンの決意が固いことを理解すると、己自身に覚悟を促すように息を吐き、ユオシェンの顔を見下ろした。
「分かったよ。ただ、本当に無理だけはしないでくれ」
「うん、ありがとね。ダーリン」
心配の言葉を重ねるシイナに、ユオシェンは心の奥底の渇いてしまいそうになったところが温かいもので満たされるのを感じた。
その言葉の裏側に、真実を知られることへの恐れがあるとしても、彼が本当に自分を案じていることだけは確信できる。
シイナを信じたい。疑いたくない。自分たちの間にある愛が嘘ではないと思いたい。
ユオシェンは震えそうになる喉をなんとか動かし、シイナに問いかけた。
「シイナ。『偶人(オゥレン)』って……何なの?」
「……思い出したのか」
「断片的にだけ。俺は床に倒れてて、シイナの仲間の偉い人たちが俺を見下ろして話してて、そこにシイナが近付いてきて――そこから先のことはまだ、全然」
「……そうか」
シイナは数秒黙り込み、ユオシェンの顔を正面から見た。
「『偶人(オゥレン)』というのは、とある集団が洗脳によって作り上げた殺人人形だ。強い薬と洗脳で、素材となった人間を調教して高額で取引する。その戦闘能力の高さから、『偶人(オゥレン)』を所有しているというだけで、その組周辺のパワーバランスが変化するとまで言われているんだ」
苦い顔で説明するシイナを、ユオシェンはまるで遠い国の出来事を聞いているような実感のなさのまま見上げていた。
「俺は、その『偶人(オゥレン)』なの? でも俺、喧嘩とか強くないし、腕力だって……」
「この前、お前が攫われた時、自死を決意した後に何が起きたのか覚えてないんじゃないか? 意識のないうちにあの状況から無傷でどうやって生還したのか」
「まさか……俺が、あいつらをやっつけたの?」
「ああ、そうだ」
シイナは神妙な面持ちで頷く。ユオシェンは戸惑いも露わにそっと目をそらした。
「俺……よく分かんないよ。急にそんなこと言われても、全然自分のことだって思えないし……。でも、本当に本当のことなんだよね?」
「……ああ」
「俺は『偶人(オゥレン)』としてその……シイナの上司の人たちを殺しに来たの?」
「そうだ」
「でもそれは失敗して、俺は捕まって、シイナに引き取られて……それで……」
己の頭の後ろの方から、誰かに見つめられているような気がした。いつの間にかそこにあったその視線は、ただ何もせずこちらを見ている。
嫌だ。どこかにいけ。
本能的にそれが、今の自分自身を揺るがすものだと理解して、ユオシェンは目をきつく閉じてひたすらに念じる。
そんなユオシェンをじっと見下ろしていたシイナは、気を取り直すように明るい声で言った。
「今日はこれぐらいにしておこうか。少しずつ、思い出していけばいいから」
「……うん、ありがとダーリン」
二人はどちらともなく軽いキスを交わす。
よかった。ダーリンは俺に隠し事をしてたけど、嘘をついたり騙したりしていたわけじゃなかったんだ。
――でも、だったらどうしてあの時、夢の中で俺に謝っていたんだ?
一度拭い去られようとしていた疑念が再び去来して、心の奥底に根を張る。すっかり話題を変えて立ち上がってしまったシイナに、ユオシェンはそれ以上のことを尋ねることができなかった。
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