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第24話 兄貴分の忠告
さらに数日が経過し、ユオシェンは再びシイナに連れられて病院を訪れていた。
無口な医者による診察が淡々と終わり、シイナだけが医者に呼ばれて説明を受ける。その間、ユオシェンは待合室でぽつんと一人取り残されていた。
「……なんで俺には直接結果教えてくんないんだろ」
冷静に考えれば、半ば記憶喪失状態にある己を刺激しないためなのだということは分かる。だけど仲間はずれにされているような不満や寂しさを感じていることも事実で、ユオシェンは不貞腐れた気分で天井を見上げていた。
その時、待合室から外に繋がるドアが開き、ユオシェンにとってうっすらと見覚えのある人物が入ってきた。
「あれ? アンタは……」
「ん? 誰かと思えば、シイナのとこのハニーじゃねぇか。元気にしてたか?」
「あっ、ハイ、うん……」
偶然であった野良猫でも撫でているかのようにわしゃわしゃと頭を撫でてきたのは、シイナの兄貴分であるラウだった。
シイナと会話しているところを遠くで見たことがある程度の関係だというのに、あまりにフレンドリーな扱い方をされて、ユオシェンは困惑して縮こまる。
薄らと警戒態勢に入ったユオシェンに、ラウは声を上げて笑った。
「ハッハッハ! そう怯えてくれるな。別に取って食ったりしねぇよ」
快活に笑いながら、ラウはユオシェンの頭から手をどける。ラウと一緒に入ってきていた数名の部下が可笑しそうに笑った。
「たしかラウさん……だったよね。俺、撫で放題の犬猫じゃねーんだけど」
「これは失礼。シイナにしか撫でられたくなかったか?」
「当然でしょ。というか、俺に構ってないで中入ったら? ここに用事あって来たんでしょ?」
「まあそれはそうなんだが、うん……」
ラウは顎を撫でながらちらりと奥の扉を見た後、ほとんど威嚇するような目で見上げてくるユオシェンの隣にどかっと腰掛けた。
「はあ? なんでここに座るのさ」
「自分の野暮用を後回しにしても大切な弟分の憂いを払うのも兄貴分の努めでね。……何の話かはお前も見当ついてるんじゃないか、ハニーちゃん?」
熊のような大男に肩を抱かれて囁かれ、ユオシェンの心臓が縮み上がる。このラウという男は、あの『偶人(オゥレン)』の記憶の中にも幹部の一人としていたはずだ。そんな人物が探りを入れてくるとしたら、内容は一つだろう。
「……『偶人(オゥレン)』のこと、言ってるの?」
「へぇ、お前にその記憶はないと報告を受けてたんだけどな」
「ひっ……!」
それまでの爽やかさを感じる大男という仮面を脱ぎ捨て、野生の肉食獣のような恐ろしい目つきでラウはユオシェンの顔を覗き込む。
まずい。言っちゃダメなことだったんだ。どうしよう。少しでも言い訳をしないと。
「つ、つい数日前にシイナに教えてもらったんだ。俺が、『偶人(オゥレン)』っていう殺人人形だったって」
「ほう、他には何かアイツは言っていたか?」
「……この前誘拐された時、悪い奴らをやっつけたのが実は俺で、俺は元々敵としてやってきたところを捕まった存在で……それだけだ! それ以上は何も……」
「本当に? どうしてお前が見逃されて生きていて、どうして恋人なんてことになってるかも聞いていないのか?」
「え……」
「意外そうな顔をするんだな。一度、ウチの組に刃を向けた人間を生かしておくほど、ウチはお優しい集団じゃないんだ。それぐらい知ってるだろ?」
「そ、それはそうだけど、ええと、俺は……」
この数日、目を背けてきた当然の疑問を指摘され、ユオシェンはしどろもどろになって顔を伏せる。ラウは何か考えるような表情でそんなユオシェンの頭頂部を見下ろした後、ふっと表情を緩め、ぽんぽんと彼の肩を宥めるように叩いた。
「あー、混乱させて悪かったよ。つまりお前は自分の過去をちょっとだけ聞かされたけど、『偶人(オゥレン)』だった頃の記憶はまだ戻ってないってことでいいんだな?」
「……うん。何も証拠は出せないから、嘘って言われたらそれまでなんだけど」
「いや、信じるさ。ひとまず今回はな。『偶人(オゥレン)』の件をお前が知ったってことも、上には言わないでおいてやる」
ユオシェンはきょとんと目を見開いて、何か裏があるのではという顔でラウを見る。ラウは苦笑した。
「だがな、ハニーちゃん。お前今後どうするつもりだ?」
「どうするって……」
「この先、『偶人(オゥレン)』としての記憶が戻った時の話だよ。今、お前は殺人人形としての記憶と能力がないと判断されてるから、自由気ままな生活を送っていられるんだ。じゃあもしそれが蘇った時、お前はどうする?」
そう問いかけてくるラウの表情は、もう恐ろしいものではなく、むしろ親戚の子どもを案じる叔父のような優しさすら感じた。
きっと、それだけこの人はシイナのことを可愛がってくれているんだ。
ユオシェンはぐっと顔を引き締めると、慎重に言葉を選んで返事をした。
「俺は、シイナの役に立つために力を振るいたい。だからシイナがやれっていうなら組の仕事も――」
「ダメだな。その答えは赤点だ」
「えっ……」
冷静に否定され、ユオシェンは戸惑いの視線をラウに向ける。ラウは真剣な目をしていた。
「『偶人(オゥレン)』は一個人を主人として設定し、従う存在だ。だがその個人がもし組に仇をなしたら、という可能性を俺たち上のモンは捨てられねぇのさ」
「シ、シイナは組を裏切ったりしないっ……です、多分」
「口で否定するのは簡単だ。そもそも『偶人(オゥレン)』の主人という身分は、一人の人間が持つには影響力がデカすぎるものなのさ。だから、さっきの質問への模範解答は『組のために働かせてくれ』だ。分かったな?」
子どもに言い聞かせるように、ラウはユオシェンへと語りかける。ユオシェンはうまく理解しきれないながらも必死に考え、ラウが自分に意地悪をするために言っているわけではないと理解して、彼の顔を見上げた。
「分かった、もし聞かれたらそう答える」
「ああ、そうしてくれ。それからこれは忠告だが……この先死にたくないのなら、シイナ以外の男にケツを掘られるな」
「は、はあ!? いきなり何だよ! 言われなくてもそうするし! デリカシーとかねぇのかよ、オッサン!」
「ははは、威勢が良くて大変よろしい。じゃあくれぐれもウチの弟分を破滅させてくれるなよ?」
ラウは立ち上がり、病院の受付へと向かう。その背中を睨み付けていると、奥のドアからシイナが出てくるのが見えた。
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