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第25話 教えてくれない

「シイナっ! あいつ! あいつ、俺にセクハラしてきた!」 「えっ? ……ラウ大兄! どうもお疲れ様です」 「おう。ところで、可愛い恋人にセクハラをしたらしい俺に、ダーリンとして怒らなくてもいいのか?」 「え、いやそれはその……」  こちらを揶揄うように面白そうに目を細める上役に、シイナはしどろもどろになる。 「そうだよ、シイナ! ちゃんと怒って!」 「ハニーのために怒れないのはダーリンとしてどうかと思うがなあ」 「う……さては二人とも、俺を揶揄ってますね?」 「ははは、そうとも言うな。ま、仲良くやれよ、弟分」  ぽんっとシイナの頭を軽く撫で、ラウはそのまま奥の扉に消えていく。ユオシェンは小さな子どものようにその背中にべーっと舌を出した。 「なんというか……少し目を離した隙に随分と仲良くなったんだな」 「仲良くないっ! どこに目をつけたらそう思うのさ!」 「はいはい」  シイナは憤慨するユオシェンを連れて病院を出ると、ここまで乗ってきた自分の車へと向かっていく。シイナが運転席に乗ると、ユオシェンは憮然とした表情で助手席に乗り込み、ベルトをしてから膝を立てて丸くなった。 「ちょっとは言い返してよね! 頼りないダーリンだなー、もう!」 「悪かったよ。大兄はお前が思ってるより偉い人なんだ。普段はああして親しみやすい立ち振る舞いをしてるが、一度不興を買ったらどんな相手だろうが報いを受けさせる怖い人なんだぞ?」 「……そんなにすごい人なんだ、あの人」 「現ボスの腹違いの兄だからな。兄弟仲もいいし、あの人が敵だと言ったら、うちの組全体の敵になるんだよ」 「フーン……」  そんな人物に自分が『偶人(オゥレン)』としての記憶を取り戻しつつあることを知られたのはまずかったのでは。  今更になって己が危険な橋を渡っていたことを自覚し、ユオシェンは膝を抱えて縮こまる。 「ユオシェン? どうかしたのか?」 「何でもない。そんなすごい人の弟分ってことは、シイナもすごい人なのかなって思っただけ」 「俺はただの会計係だよ。ガキの頃、大兄の一番下の弟さんの弟分をやっててな。弟の弟分なら自分の弟分だって、身内扱いしてくれてるだけさ」  その一番下の弟の顔を自分が知らないのは不思議だったが、タイミングの問題だろうとユオシェンは結論づける。シイナはキーを回してエンジンをかけ、車を発進させた。 「あのさ、シイナ」 「何だ?」 「さっき、大兄に『偶人(オゥレン)』のことカマかけられて、ちょっとだけ過去を知ってるってバレちゃった」 「っ……!」  ハンドル操作が僅かに乱れ、明らかに動揺した面持ちでシイナはユオシェンに問う。 「……それで? 大兄は何だって?」 「上には黙っててくれるって。それに、もしバレた時は『シイナのため』じゃなく『組のため』に働きたいって言うように忠告された」 「そうか……。大兄には本当に助けられてるな」  一旦は安堵したという表情で、シイナは張り詰めていた息を吐く。ユオシェンはそんなシイナの横顔をちらりと見た。 「ねぇ、シイナ。どうしてあの時、俺の身柄を引き受けてくれたの?」  シイナはぐっと唇を引き絞って黙り込む。ユオシェンはたっぷり十数秒はその緊張した横顔を見つめ、再び拗ねた気分になって視線を前に戻した。 「教えてくれないんだ」 「……すまない」 「それは、俺が知るべきじゃないから? それともシイナが話したくないから?」 「両方だ」 「そう……」  ユオシェンは短く返事をし、それから無理矢理明るい顔を作った。 「じゃあ信じるよ!」 「え……」 「シイナが組のために生きなきゃいけないのは分かってるし、何より今のシイナが俺のことを心から愛してくれてるのは本当だって知ってるからねっ」 「ユオシェン……」  車が信号で止まる。シイナは罪悪感を滲ませた顔でユオシェンを見る。  ユオシェンは少し腰を浮かせると、そんな彼の唇に軽くキスをした。 「だって『偶人(オゥレン)』とか関係ない今の尾れっは、心の底からダーリンのことを愛してるし?」 「……ああそうだな。俺も愛してるよ、ユオシェン」  二人は再びキスを交わし、愛しさを込めて見つめ合う。  ――その時、背後から猛スピードで迫ってきた車両が、二人の乗る車の後方に勢いよく衝突した。

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