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第26話 襲撃
「う、わぁっ……!?」
「ッ……!」
咄嗟にシイナはユオシェンの体を庇うように腕で押さえる。だがその代償に彼は自分の身を守ることに失敗して頭部を強打した。
数秒後、ユオシェンが思わず閉じていた瞼を開くと、そこには頭から血を流して意識を朦朧とさせるシイナの姿があった。
「シイナっ……!」
「ユオシェン、逃げろ……これはきっと、ただの、事故じゃ……」
「シイナ、シイナぁ……!」
気を失いそうになりながらも警告するシイナの言葉など耳に入らず、ユオシェンは彼の名前を呼び続ける。
「おー、生きてた生きてた」
「お取り込み中のとこ悪いが、どっちが『偶人』ちゃんかな?」
いつの間にか車を取り囲んでいた男たちが、ユオシェンたちに問いかける。
こいつら、俺を目当てに襲撃してきたんだ。どうしよう。どうすれば……。
必死で考えている間にも、男たちは武器を構えてこちらを車から引き摺り出そうと迫ってくる。
やらなきゃやられるんだ。『偶人』としての記憶はないけど……、俺だって戦えるはずなんだ。
「お、『偶人』は俺だ! ダーリンには手を出すなっ!」
ドアを開けて外に飛び出し、ユオシェンは男たちに向かって叫ぶ。男たちは警戒の姿勢を解かないまま、そんなユオシェンの行動をせせら笑った。
「はは、聞いたか? ダーリンだとよ」
「会計係が『偶人』を洗脳して、恋人ごっこをやってるって噂は本当だったんだな!」
「えっ……」
洗脳。恋人ごっこ。
彼らの口にしたその単語が、今まで見ないふりをしていた可能性をユオシェンの脳裏にはっきりと浮かばせる。
動揺で動きを止めたユオシェンの様子に気づいたのか、男たちは武器を構えたまま、ユオシェンの心を揺さぶる言葉をぶつけ始める。
「なんだ、やっぱり自覚がなかったのか。そこでおねんねしてる最愛のダーリンは、自我がほとんどなかった『偶人』のお前に嘘の感情を吹き込んで、恋人ごっこをして楽しんでるんだよ」
「違う……」
「お前の持ってるダーリン大好き〜って感情は全部捏造されたものってこと。可哀想になぁ、騙されてることも知らずに幸せ感じちゃってさ!」
「違う、ちがうっ……!」
全身が震え、否定の言葉が口から溢れる。だけど彼らの言っていることが全部嘘だとは思えなくて、まるで今立っている地面が崩れてしまったかのような感覚とともに、ユオシェンはその場にへたり込んだ。
「いいこと教えてやるよ、お人形ちゃん。『偶人』に主人だと思わせて洗脳するにはな、薬を投与した状態で犯すのが一番なんだよ」
「嘘だ……」
「お前の意思を無視してレイプして、恋人として洗脳するとか悪い奴だよなぁ?」
「そんなの、嘘だっ……違う、シイナはそんなことっ……!」
頭を抱え、ユオシェンは己に叩きつけられた言葉を否定する方法を必死で考える。
『お前の持ち主は、俺だ』
行為の最中、幾度となくシイナに告げられた言葉が耳の奥で聞こえる。
違う、あれはそういう意味じゃ、でも――
『お前のダーリンは俺だ』
『お前は俺を愛している』
『俺たちは愛し合う恋人だ』
記憶にないはずのシイナの言葉が脳に反響する。
違う。いやだ。そう拒否しようとしても、溢れ出る記憶は止められない。
シイナは確かに俺にそう言い聞かせた。何度も、何度も、俺のことを犯しながら。俺はそれを喜んで受け入れて、馬鹿みたいに素直に信じて、それで――
「可哀想な『偶人』ちゃん。そんな男、見捨てて俺たちに乗り換えないか?」
「え……」
気づくと、いつの間にか接近してきていた男に、ユオシェンは腕を掴まれていた。男の仲間が何かの液体が入った小瓶を片手にこちらに近づいてくる。
「ま、嫌だって言っても、この薬を飲んだ状態で犯されれば、前のご主人様のことなんて綺麗さっぱり忘れて、俺たちだけのお人形になるんだけどなァ?」
体を複数の男に押さえ込まれ、顎を掴まれて口を開けさせられる。
嫌だ、いやだいやだ、シイナのこと忘れたくない、でもシイナは俺を騙してて、俺がシイナを好きな気持ちは全部偽物で、でも、それでも、俺はっ……!
「逃げろ、『偶人』……」
背後から、消え失せそうなほど微かな声がした。
「逃げるんだ、早くっ……」
シイナの声だ。逃げるように言っている。これは命令だ。ご主人様の命令には従わないと。逃げないと。違う、ここで逃げたらシイナが、シイナがっ……!
「あ、あぁぁぁあぁぁあっ……!!」
めちゃくちゃな叫び声をあげて腕を振り回す。ユオシェンを押さえ込んでいた男たちの体が紙切れのように吹き飛び、その後には、目を見開き顔を歪ませて、獣じみた殺意の行き場を探す殺人人形だけが残される。
「チィッ! テメェらやっちまえ! 命さえあればどんな状態にしてもいい! 全員でかかって捕まえろ!」
「あ、ァァ、あ“ー……」
ゆらりと人形が立ち上がり、言葉の体をなしていない声を発しながら敵を確認する。
七人。死角で様子を伺っている三人も含めれば十人。彼らは武装し、こちらに銃口を向け、己と己の主人を害そうとしている。
ならば、自分がするべきことは決まっている。
そこから始まったのは、一方的な蹂躙だった。確かに目の前に捉えていたはずの人形の姿が掻き消え、次の瞬間には隣に立っていた仲間を屠っているという恐怖。それに耐えきれず数名が逃げ出し、男のうちの一人が声を荒げる。
「逃げるな! 逃げるんならまず俺をこの場からっ――ひっ!?」
男の目の前に何の前触れもなく出現した人形は、彼の首に組み付き、勢いよくその頭部をへし折った。
バキン、とやけに大きく響いたその音の直後、男の体は力を失い、地面へと崩れ落ちる。司令塔だったその男がいなくなったことで、残りの男たちは先を争うようにどこかへと逃げていった。
「はっ……はぁっ、はぁっ……」
人形としての己から意識を取り返し、ユオシェンは身構えたまま荒い呼吸を繰り返す。往来で起きた騒ぎを受けて、誰かが通報したのだろう。サイレンの音がいくつも近づいてきて、未だ臨戦態勢にあるユオシェンを取り囲んだ。
先程の男たちとは比較にならないほど重装備の警官隊に囲まれ、ユオシェンはどうすることもできずにただ彼らを睨みつける。そんな一触即発の緊張状態を破ったのは、聞き覚えのある男の声だった。
「あー、ご苦労さん。ここはうちの組がなんとかするから、お巡りさんたちはもう帰っていいぞー」
人混みを割るように現れたラウと会話を交わすと、警官隊はあっさりと包囲を解き、そのまま引き上げていった。
脅威が去り、ユオシェンの体から急に力が抜けて、その場に崩れ落ちる。へたりこんだ姿勢で息を整えるユオシェンにラウは歩み寄ると、困ったように微笑んだ。
「やっちまったなぁ、『偶人』。これから大変だぞ?」
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