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第27話 口からでまかせ
後にユオシェンと呼ぶことになる男を最初に目にした時、シイナはそれまで抱いていた打算の全てが吹き飛ぶのを感じた。
『偶人(オゥレン)』を含んだ襲撃者が、組の本部に乗り込んできたのは、半年前のことだ。
この辺りでは一番力を持っているウチの組を相手に喧嘩を売りに来たのは、最近大陸からやってきたばかりのニュービーだったらしい。らしいというのは、襲撃者をほぼ皆殺しにしてしまったせいでその目的や素性が明確には分からずじまいだからだ。
ただ一つ確かなのは、襲撃者の中に『偶人(オゥレン)』の主人がおり、その人物が死んだのを見た瞬間にあれほど暴れていた『偶人(オゥレン)』が完全に動きを止め、あっさりと制圧されたということだけだ。
「どうしましょう、ボス。このまま処分してもいいですが」
険しい表情のラウが、ボスに問いかける。ボスは眉間に皺を寄せて考え込んでいるようだった。
『偶人(オゥレン)』を所有するということは確かに組にとってプラスに働くことも多い。だが、それに伴うリスクも多いのがこの殺人人形の厄介なところだった。
『偶人(オゥレン)』を求める者は、この街にはたくさんいる。単純に武力を欲する者、上流階級で舐められないためのステータスとして欲しがる者、従順なペットとして慰み者にしたい者。『偶人(オゥレン)』さえ手に入れれば人生逆転できると思う者すらいる。
組としての力を増すためだけに、そういったトラブルの種となる存在を招き入れてしまって本当にいいのか。
どうするべきかと思案する幹部たちをよそに、偶然同席していたシイナは、『偶人(オゥレン)』を呆然と見つめていた。
シイナにとってこの組は、親のいない自分を拾い育ててくれた家族のような存在だ。組の人間以外に交友関係もほとんどない彼の判断基準はいつだって、組のためになるか、ならないかの二択でしかない。
その冷酷なまでの忠誠心があるからこそ、シイナは若くして会計係を任せられている。だが、組を害そうとして捕らえられた『偶人(オゥレン)』を見た時、シイナの内心に生まれて初めて組のためではない身勝手な感情が芽生えた。
ろくに整えられていない乱れた黒髪。その隙間から覗くうつろな目。極端に痩せているわけでも肉付きがいいわけでもないが、見ているだけで何故か目を奪われる肢体。
あれが欲しい。手に入れたい。もっと近くで見てみたい。
「ボス、これの処遇を俺に任せてはもらえませんか」
幹部たちの前に進み出て、身の程知らずにもそんな提案をしてしまったのはほとんど無意識のことだった。
いかに会計係とはいえ、シイナは幹部でもないただの若造だ。本来なら上役たちの議論に割って入ることそのものが処断の対象となってもおかしくない。
「……シイナ、何か考えがあるのか?」
ラウに怪訝な顔で尋ねられ、シイナは背筋を伸ばす。内心が分かりにくい無愛想な顔に生まれて良かったと、生まれて初めて顔も知らない両親に感謝をした。
「はい。仮にこのまま『偶人(オゥレン)』を所有するとしても、武力として使い物にならなければ、組はリスクだけを背負い、何の益も得られません。だから――しばらくは『偶人(オゥレン)』を所有していることを公表せず、武力として運用できると判断してから、組としてこれを所有するかどうかを決めるというのはどうでしょう」
何も考えずに話に割って入ったにしては上出来な言い訳だ。だがそれはボスや幹部たちを納得させるまでには至らず、シイナはその場の全ての人間から探るような目を向けられる。
「シイナ。ではその判断をできる状態になるまで、君が『偶人(オゥレン)』を所有するということか?」
「はい」
「そんなことが許されるとでも? 『偶人(オゥレン)』を幹部でもないお前が所有して、もしものことがあったら……」
「もしも、というのは、私が組を裏切る可能性のことでしょうか」
質問をした幹部と、シイナの視線がぶつかる。シイナは一切怯まず、言葉を続けた。
「『偶人(オゥレン)』の所有権は最終的にボスにお渡しします。もしその際に私が抵抗したり、見極めている最中に反旗を翻そうとしていると判断されたのなら、私のことは殺していただいて構いません。私は、甘んじてその判断を受け入れます」
堂々と己の命を賭けるという宣言をしたシイナに幹部たちはどよめく。シイナはたたみかけた。
「私は、『偶人(オゥレン)』による無用な争いを生みたくないだけなのです。ボスに所有権が移るまでの観察期間、幹部のうちの誰かが『偶人(オゥレン)』を所有していては、組内部のパワーバランスが崩れかねません。だから――」
「だから、幹部ではないが中枢に関わり、どの派閥にも明確には所属していないお前が、『偶人(オゥレン)』の身柄を一旦引き受けると。そういうことだな、弟分?」
険しい眼差しでシイナをしっかりと睨み付けながら、ラウは問う。そこに含まれた強い警戒と、弟分への仄かな心配の色をしっかりと受けとめ、シイナはなおも退かずに宣言した。
「はい。誓って私は、それ以外の意図を持って発言していません」
嘘だ。今口にした内容は全て、その場しのぎの口からでまかせで、組のために進言をしたということ自体が大嘘だ。
では何のために『自分に任せろ』だなんて口走ってしまったのか。
欲しいと思った。手に入れたいと思った。『偶人(オゥレン)』が捕らえられたと聞き、直接その姿を見るまでは、組にとっての利用価値ばかりが頭にあったのに、一目見た瞬間、それが全部吹き飛んでしまった。
一目惚れ、というのが正しい表現なのだろう。少なくとも『偶人(オゥレン)』を所有することで得られる権力が目当てだとは思いたくないし、思われたくもない。
周囲にそう思われるぐらいなら、己の案が一蹴されてさらに問い詰められた時、一目惚れとかいう浮かれた思考に支配されたゆえの行動だと素直に認めてしまった方がずっとマシだ。
即興で口にした己の提案を、幹部たちは真剣に議論し――信じがたいことにそれを採用してしまった。
「シイナ。お前に任せるのは、お前の組への忠誠心を買ってのことだ。我々を失望させてくれるなよ」
「……はい、ありがとうございます」
深く頭を下げ、『偶人(オゥレン)』へと向き直る。床へと倒れたその青年の姿をした殺人人形は、意思が感じられない目でこちらを見上げていた。
「今日から俺がお前のご主人様だ。いいな、『偶人(オゥレン)』?」
『偶人(オゥレン)』は何も答えず、ただシイナを見つめ続けた。
勘違いするな。俺がこれを手に入れたわけじゃない。この関係は一時的なものだ。口からでまかせの提案から始まったことだが、せめて最後までその嘘を実行しよう。それがあの瞬間、組よりも己の我欲を優先しようとした自分にできる、せめてものケジメだ。
だが、『偶人(オゥレン)』を引き取ってからのシイナの心は、その決意に反し続けた。
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