13 / 20

もしも二人がストリーマーだったら【前編】

 立てば頭ひとつ上に出てしまう岩の陰で、黒のライダースーツを着た青年が中腰でぐるぐるとその場で円を描くように足を運んでいる。  右肩に載せたアサルトライフルのスコープを時折覗いて確認しているのは、百メートルほど離れた位置の二階建ての家だ。家、といっても何かの観測所のような簡素な建物で、一階はほぼ倉庫、二階部分は窓が多く取られており、青年がいるのはそこからは死角になる面である。但し、二階に直結している外階段のドアが開けば別だが。 「あと三人か」  ステップを止めることなく青年が呟いた。フルフェイスのヘルメットは、機動隊などが着用する頑強なものだが、声はマイクを伝わり相棒へと届く。 「2 : 1か、はたまた1 : 1 : 1か」  相棒の青年の声が届く。  こちらは更に建物から離れた場所で、木立の陰からスコープを覗いている。  二人共、瞬間的に確認はするが、じっと見つめることはない。長く覗けばそれだけ自分たちの姿も視認される恐れがある。この戦況では手練しか残っていないと考えた方が良く、いくらヘルメットを被っていても相手の銃の種類に寄ってはヘッドショット一発で即死だ。 「俺が見たのは二階だけだ」 「ここから見てもその建物以外にないよ。伏せてもいなさそうだし」  後方の青年の背後にはもう敵はいない。ここに来るまでに他者により消されたり事故で自滅したりと、二人を入れた五名しかこのフィールドに生存してはいない。その内の二割ほどは、二人が倒した相手だ。  そして、ほぼ起伏のないこの最終地点においては、地面に伏せても身を隠すことなど不可能。自然、目の前の建物の中かその裏側に居ると判断することになる。 「取り敢えずグレ投げてもいいか?」 「ラジャ、援護する」  ライダースーツの青年が、右手に手榴弾を持ちピンを抜いた。軽く左にステップしながら、三まで数えて投擲。  岩から体が出てしまうその瞬間に、背後から建物の影に向けて威嚇射撃が入る。  どおんと爆発音が響き、窓ガラスと出入り口が吹き飛んだ。同時に、扉から人が飛び出す。既にライフルに持ち替えていた青年は、予測していたのかその頭を撃ちぬいた。階段に崩折れるそれを見ながら、左肩に掛けていたサブマシンガンに持ち替え建物に向かって駆け出す。 「突っ込む!」 「あいよ!」  その行動は予想の範囲内だったのか、背後の青年はスコープ越しにスナイパーライフルで一階部分の左右へと牽制を入れる。  2 : 1 でも1 1 1 でも一階部分に敵がいるはずだ。  前衛の青年が建物に到着するのと同時に、その反対側に人影を視認し、後衛の青年がトリガーを引いた。頭上より少し上に合わせたエイムは的中し、血飛沫が飛ぶ。  その間に前衛の青年が一階に突入し、銃撃戦になっていた。中にいた敵はショットガンに持ち替えていたが、二発とも外した隙に走りながら青年がバラまいた弾に蜂の巣にされる。倒れてもまだビクビク動く体を見ることもなく、青年は再びドアから飛び出す。  瀕死で回復を図ろうとしていた敵は横から頭を撃ち抜かれ、倒れた。  その瞬間に二人の勝利が確定し、画面にはビクトリーの文字が流れた。 〈キター!〉〈 8888 〉〈おめ!〉〈連勝さすが!〉〈GG〉〈ナイスー!〉  画面右端にチャットが物凄い勢いで流れていく。  それに対して「ありがとな」などと返していた浩司は、左側にも並行して表示される投げ銭に謝意を伝える。  次々と争うように表示されるIDと金額とメッセージ。大抵はゼロ二つか三つだが、中には四つの時もある。更に、この日は初めてゼロ五が現れ、チャット欄も沸き返った。 〈!?!!!!!〉 〈勇者キター!〉  浩司は、咥えようとしていた煙草をケースの上に置くと、「おいおいおい」と囁いた。  艶のあるテナーがマイクを通して視聴者に伝わり〈黒さまイケボすぎ〉と大勢が悶絶している様子が伝わってくる。  BG_Blackと左上に表示されている下に、振り込んだリスナーの名前と共に〈黒さまは私の希望です。御祝儀受け取ってください〉と書かれている。 「いつもありがとうな、Rさん。気持ち、凄え嬉しいよ。けどな、無理してねえか? 頼むから食費削ったり色々我慢して金作ってんなら、俺がへこむ。 借金もダメだかんな? あと、いつも言ってるように、自分が稼いだ金で、これくらいならくれてやってもいいってレベルに抑えてくれな?」  画面の前でがしがしと頭を掻きながら唸るように言うと、チャット欄がまた賑わう。  Blackと打つより呼びやすいのか、大抵の人が黒さまと呼ぶのが、インターネットでの浩司の通名だ。ちなみにウォルターの方はBG_Greenなのに何故か王子と呼ばれている。二人共顔出ししていないのに、喋りだけでこうなってしまった。謎である。 〈実は、嬉しいことがあった時にちょっとずつ貯金してました。それとボーナスからで、それでリクエストがあるんですが。おこがましいですけど〉  不安そうなスタンプと共にチャットが流れ、他のリスナーもドキドキのスタンプを送り見守っている。  浩司は吐息に乗せて囁いた。 「いいよ。取り敢えず言ってみな?」  ギャーッとチャット欄で阿鼻叫喚。悶え転がるリスナーたち。 〈あの、勿論また投げますけど、先行投資というか、これからもなるべく長く配信続けて欲しいです! ずっとなんて約束できないのはわかってるんですけど、それでも。 できるだけ長く、私たちのそばにというか見えるとこにというか、プレイ見せて欲しいし、勝つとこ見せて欲しい。 自分では絶対そういうのできないから、やってくれて凄く爽快感味わえるし、魅せて欲しい。お願いします!〉  画面を通して、必死に気持ちを伝えようとしていることが察せられる。  浩司は、素直に嬉しいと感じていた。 「ん。解った。できるだけ、な」 〈ありがとうございます!〉  感涙のスタンプが溢れかえるチャット欄。 〈黒さまー!一生ついていきます!〉  俺も、私も、と流れていくのを眺めながら、浩司は口元を緩めている。 「じゃあ、夜も更けたし、そろそろ寝るか。皆、今夜も付き合ってくれてありがとな。いい夢見ろよ」  エンディング用のテロップを流し、放送を終える。そのままサムネイルを作ると、別の動画投稿サイトへのエンコードを開始してから、ようやく煙草を咥え直した。  大学で様々な技能や資格を習得したものの、卒業後、浩司は両親の会社を手伝うことになった。  首都に進出したサテライトショップが思いの外盛況で、単純に人手不足になったためだ。とはいえ、浩司自身は地元でできることしかしていない。専門的なことはその手の社員に任せ、学生時代から続けているモデルと倉庫の管理が主な仕事である。  その合間に、ウォルターに誘われてゲーミングパソコンを購入し、ファースト(とサード)パーソンシューターとして対戦ゲームを始めてみたのだが、これが見事にツボだったようだ。  元々、ゲームセンターでも狙撃や格闘系を好んでいたが、画面の向こうと真剣に勝負できる、しかもそれは世界と繋がっているというのが性に合うのか、瞬く間にランキング上位に食い込むことになった。  そこでまたウォルターの入れ知恵で始めたストリーミングが人気を博し、今に至る。  喋りが苦手なのに嘘だろうと最初は納得いかなかったが、ずっと喋っていなくても視聴者はチャット欄で勝手に互いに会話しているし構わないらしく。  時折周囲に敵がいないのを確信しては、質問などに気まぐれに答えている。今となっては、チャンネル登録や投げ銭への謝意を伝えるだけでも追い付かないというありがたさだ。 「はー。マジかー」  先刻の金額とやり取りを思い出しながら、オイルライターを擦る。金属音の後、ボッと火が着く瞬間が好きだ。  咥えたままの煙草に火を移していると、かちゃりとドアノブが回った。  瞠目する浩司の前に現れたのはウォルターだった。 「お邪魔ー」  軽く声を掛けて後ろ手にドアを静かに閉めるその顔は、浩司を驚かせることに成功した喜びに溢れている。  動きを止めて、ついでに呼吸まで止まっていた浩司は、非難の眼差しと共に紫煙を吐き出した。  今は真夜中で、ここは浩司の実家で二階だ。いくら合鍵を持っているとはいえ、こんな非常識な時刻に訪問された前例はない。  気配に気付かなかった己にも腹が立っている。 「なに考えてんだよ……」  疲れたように前髪を掻き上げながら、小一時間前までヘッドセット越しに会話していた相手を見上げた。  白いシャツとグレーのスラックス姿のウォルターは、ポイとキーケースを浩司のデスクに放り、シャツの二番目のボタンを外した。 「勿論、浩司のこと」  けぶるような白金の睫毛を伏せ加減に見下ろし、頭まですっぽり凭れられるチェアの背後から、背もたれごと浩司に腕を回す。 「あのなぁ……」  怒りは長持ちしない。  浩司は、諦めたように吐息しながら、回された手に片手を重ねた。

ともだちにシェアしよう!