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第6話

 もちろん、国王からの覚えもいい。 (でも、……ある。欠点がひとつ)  シオンは人知れず頬をゆるめた。  容姿端麗。頭脳明晰。文武両道。文句のつけどころがないアーレントだが、ただひとつの事柄で、国王と領民の期待を裏切っている。  それは、二十八歳にして、未婚ということだ。 (こんなに美形なら、どんな女でも嫁に来るだろ……。王族の姫君を袖にしたって噂が本当なら、かなりの女嫌いだ)  朝食を貪るように食べながら考える。アーレントに対してマウントを取りたい一心だったが、男女関係となると、またしても白旗を振るしかない。  生まれ変わって十八年間。女はおろか、男とも肉体関係を結んだことがない。  地区に住む商売女も、町で出会った純朴な娘も、荷運びのマッチョな男も路地裏のかぼそい男娼も、シオンの性欲を焚きつけるほどではなかった。前世で嫌というほど味わってきた『快楽』さえ、生まれ変わってみれば、嫌悪すべき凌辱の数々に過ぎなかった。  前世でも今世でも、性愛絡みの愛情なんてものは一度たりとも感じたことがない。 「小さいころに幻滅したら、嫌になるっていうけど……。そういうこと、なんですか」  考えなしの疑問がいきなりくちびるからこぼれ、顔をあげたアーレントの眉根が跳ねた。 「なにの話だ」  問い返されて、シオンはまたしても自分の無作法に気づいた。けれど、気づいただけで取り繕うつもりはない。 「……結婚の話です。どうしてしないのかと、考えていました。小さいころに幻滅するようなことがあれば、女嫌いになるっていうでしょう」 「女が嫌いなわけではない。……気が合わないだけだ」 「見合い話を断っているって、噂は……」 「国王の姫君の話なら、本当だ。丁重にお断りをした」 「もったいない」  思わず本音が漏れる。領民からの期待も大きかった縁談だ。 「なにが、もったいないんだ。きみも、引く手あまただろう。……大事なだれかを残してきてはいないか」  フォークもナイフも置いたアーレントは、息を吐くように笑う。質問を返されたシオンはしどろもどろに答えた。 「いや、俺は……。縁がないっていうか、それどころじゃないっていうか。孤児院のガキたちのことで頭がいっぱいなんですよ。いつも、いつも」  まっすぐ向けられるアーレントの瞳は、吸い込まれそうに神秘的な琥珀色だ。シオンは落ち着かず、水の入ったグラスを鷲づかみにして引き寄せる。中身をぐびぐびと飲む。 「私も同じだ。この領地をいかに守るか。そのことばかりを考えている。自然に恵まれているということは、反面、自然に牙を剥かれるということでもある。……川港がある分、『闇ギルド』の問題も深刻だ。きみには、そのあたりの助言も……」  ギルドと呼ばれているのは、特定分野の専門家集団のことだ。川港では荷捌きを引き受ける集団もギルドの一種で、商工所の認可が必須になる。だから、闇ギルドは非認可の団体であり、非合法なことにも平気で手を出す。 「俺なんかで役に立ちますか? 私兵団なら力仕事同然だから、いいけど」  望まれていることが想像と違い、不安が募った。期待はずれだと追い出されても困る。 「シオン。孤児院が恋しいのなら、帰るかい?」 「え?」  思いがけない言葉に思わず怯んだ。 「無理強いをするつもりはない」  口調はやわらかだが、態度や表情には逆らいがたい威厳があった。  シオンはゆっくりとまばたきをしながらうつむく。  覚悟をして出てきたのだ。孤児院への仕送りや子どもたちを学ばせるためには、ここに置いてもらい、高額な月給をあてにするよりほかにない。  同じ額を稼ごうと思えば、やくざな商売の闇ギルドへ入るしかない身の上だ。いまさら、前世と同じ過ちは犯したくなかった。 「できる限り、お役に立てるように努力します」  頬をかすかに引きつらせながら、シオンは注意深くアーレントを見た。機嫌を損ねていないかと心配になる。シオンの気持ちを知りもしない相手は、優雅に首を傾けた。 「心残りがあるのなら、隠す必要はない」 「……こころ、残り、ですか?」  シオンは苦々しく眉根を引き絞った。自分でも考えないようにしていた部分だ。考えてしまえば後ろ髪を引かれ、どこへも行けなくなる。  押し黙ったシオンを見て、アーレントは話の向きを変えた。 「孤児院での困りごとがあるのなら聞こう。きみが案じている子どもたちに、私がしてやれることはあるか。例えば、院長が出費をしぶるものがあるのでは?」 「そりゃあ、ぜんぶ、ってところなんですけど……」 「なにか、考えてくれ」  アーレントに促され、イスに背を預けたシオンは首を傾げる。 (もしかして、入団試験なのか……。とんでもないな)  まるで謎かけだ。なにか気の利いたことを答えなければ、今日にでも追放を言い渡されかねない。だから、ない知恵を絞って考える。新しい布団は要求した。服や靴は足りている。食事についても、土産の菓子が贈られたばかりだ。 「そうだな……。えっと……、足りない、もの……」  無邪気に送り出してくれた年少の子どもたちが脳裏をよぎる。  昨日や今日はまだいいが、明日明後日とシオンの不在が続けば、現実を悟ってしまう。寂しさを感じて泣きじゃくり、レオやアランが手を焼く姿が簡単に想像できた。  だから、シオンは小さく息を吸い込む。 「……どんなものでも、いいんですか」 「聞かせてもらおう」  生搾りのジュースが入ったグラスを手に、アーレントは悠々とうなずく。なにげなく座っているだけで圧倒的な存在感があり、シオンはごくりと生唾を飲み込んだ。けれど、物怖じは性分じゃない。意を決して口を開いた。 「ぬいぐるみが、いいです」 「……ぬいぐるみ?」  アーレントの表情がやわらかくほどけたように見え、シオンは勢いづいて続けた。 「自分だけのものって、ほとんどないんです。服も靴もおさがりだ。おもちゃは取り合いになるから共同のものばかりで……。ひとりにひとつ、ぬいぐるみがあれば、小さい子は特に、心の相棒になるはずなんです。一緒に寝たり、話し相手にしたり」 「あぁ、それは素晴らしい。小さな子に行き渡るように……」  アーレントの提案に、シオンは素早く首を横へ振った。とっさに語調が強くなる。 「いや、みんなに一体ずつ。成長しても、ガキの心って残ってるんですよ。だから。大きいヤツらに、押しつけてでも持たせたい……。小さくて素朴なのがいいと思う。枕元にちょっと置く程度の……」 「……きみは、本当に、優しいんだな」  ささやくようなアーレントのひと言が、さわやかな食卓に転がり落ちる。  なにげないひと言が心に突き刺さり、シオンは無言でうつむいた。パンを手に取る。脳裏には昔の記憶がどす黒い渦を巻いていた。 (優しくなんか、ない)  孤児院の子どもたちの面倒をみるのも、そうすることで許されたいと思うからだ。  記憶を取り戻してから十三年間、シオンはずっと罪を償っている。理由はわからない。ただ、思い出しそうで思い出せない死に際のせいだ。  人付き合いに不器用で、だれかのために生きたいと願うほどにヘタを打って追い詰められた。それが前世の生きざまだ。みっともなくてどうしようもない。  そのことを身にしみて思い出し、黙々とパンを食べた。

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