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第5話
完全無欠の男性美には、同性さえ惑わすような色気がある。生まれながらの優美さと包容力を感じさせる大人の余裕が入り交じっていた。
(育ちがいいって、こういうことなんだよなぁ)
拝みたい気持ちになりながら、シオンはローストビーフを口いっぱい頬張る。急いで食べる必要はないが、これも習い性のひとつだ。
肉と麦酒のコラボレーションに酔いしれ、現実を忘れそうになったところで、視界の端にズボン姿の足が見えた。
肉に食らいついた姿で顔を向けると、現れたオックスが苦々しく頬を引きつらせる。
驚いた表情はすぐに消え、アーレントへ向かって直立の体勢を取った。
「こちらにおいででしたか。私兵団の訓練は、始まっておりますが……」
シオンを迎えに来たらしいが、イスの肘かけに体重を傾けたアーレントは身じろぎもしない。シオンの食べっぷりを微笑ましげに眺めたままだ。
「アーレントさまは、陳情のお時間です」
オックスがさらに言う。やはり答えは返らず、シオンは食事を切り上げようとフォークを置いた。私兵団へ入団するために来たのだから、当然だ。しかし……。
「待たせておけばいい」
明瞭な美声がその場を支配する。オックスは直立した状態から動かず、シオンも空気を読んで口をつぐんだ。
「私兵団は午前中に訓練をおこない、午後は見廻りへ出かける。きみはまだ入ったばかりだ。顔合わせは済ませたのだから、今日はもういいだろう」
「……どういうことでしょうか。団員については、ジョージに任せるのが……」
「彼の部屋は屋敷内に用意してくれ。夕食のときにも話がしたい」
「それは……」
答えに詰まったオックスに対し、アーレントは優雅に視線を送った。
「彼が信頼のおける相手かどうか、私自身の目で判断すると言っているんだ。わかったなら、部屋の準備を……。案内したあとで、陳情の相手と会おう」
アーレントは平然としていたが、対するオックスは動揺を隠しきれていない。
(……いいのか? これで……)
ふたりを見比べながら、シオンはこんがり焼けたバターケーキへと手を伸ばした。
***
朝を知らせる鳥の声は、孤児院でも城壁内の屋敷でも変わりがない。
ベッドのやわらかさに慣れず、なかなか眠れなかったシオンは、廊下を歩きながら大きなあくびをこぼした。昨晩の夕食前に届いた衣服のうち、昼用のものを選んで着替えたが、目指す食堂の場所がわからない。ひとつひとつ確認するには、扉の数が多すぎる。
前日、部屋を用意されたときに横長の屋敷内を連れ回され、全体像は理解していた。自室は三階で、食堂は二階だ。しかし、夕食のときはオックスが迎えに来てくれたので、どのドアを開けるべきなのかを覚えなかった。
二階にはアーレントの部屋もあるから、うかつな行動は厳禁だ。
途方に暮れつつ、吹き抜けから一階を見下ろしていると、背後に気配を感じた。素早く振り向くと、扉を出てきたばかりの男性使用人が硬直する。
「あ、食堂の場所は……」
シオンが口を開くのとほぼ同時に、相手がぷいっと顔を背けた。そのまま、目の前を小走りで抜けていく。無視されたと気づくのに、時間はかからなかった。
シオンが暮らす地区は毛嫌いされ、孤児院育ちも警戒される。町に出ても、同じ扱いを受けることが多かった。だから、ショックは微塵も感じない。
(ここにいるのは、俺のせいじゃ、全然ないんだけど)
アーレントの思いつきには困惑したが、まっさらなシャツやズボンはありがたい。新品の下着も初めての経験だ。どれもゴワつかず、袖丈や肩幅も過不足がない。
片手を腰に当て、使用人を見送る。腕にかけていた布には目ざとく気がついていた。
だから、出てきた扉が食堂だとあたりをつける。近づくと、ドアノブに手を伸ばすよりも早く自然と開いた。
シオンも驚いたが、内側から扉を開けたアーレントも驚いている。
「おはよう、シオン。まだ夢のなかにいるのかと心配していたところだ」
目を見開いた表情が、小鳥鳴く朝にぴったりの、さわやかな笑顔へ変わる。朝から見るにはまぶしすぎるほどの美丈夫だ。
内心で戸惑ったシオンは、へらっと作り笑いを浮かべた。
「おはようございます。食堂がわからなくて、迷子になっていたところです」
「……迷子。朝の支度を頼んでいたはずだが……」
「あー、俺が起きなかったのかもしれないですね。ベッドがふかふかすぎて、よく眠れなかったから」
「それは困ったね。スプリングが効きすぎていただろうか」
食堂へ招き入れられ、席まで案内される。さっと近づいてきた老年の使用人を指先で制したアーレントが、長テーブルの端にあるイスを引く。
会釈をしながら座ると、真っ白なナフキンを差し出された。アーレントの席は、テーブルの先端で、シオンの斜め前だ。ふたりのほかに着席している人物はいなかった。
食卓は美しく整い、夕食ほど豪華ではないが、ひと通りのものが揃っている。焼きたてのパンに卵料理、ウィンナーやハムに、新鮮なサラダが並ぶ。
「フォークだけでなく、ナイフも使ってみようか」
昨晩同様に、アーレントが率先してマナーを教えてくれる。まるで小さな子どもに教えるようだったが、シオンは言われるがままに従った。
孤児院あがりの無作法な男を私兵団へなじませるためには、こうしたマナーや立ち居振る舞いの仕込みが必要なのだろう。かなり面倒だとは感じたが、孤児院に残っている仲間のことを思えば我慢するしかない。
「きみは飲み込みが早いな。どこかで教わってきたようだ」
「勘どころがいいんですかね」
あくびを噛み殺して、しらじらしく答える。本当は、前世でのマナーをぼんやり覚えているだけだ。ヤクザとはいえ、ときどきは見栄を張った食事会がおこなわれる。キャビアやフォアグラを食べ、一本何十万円もするワインを味も理解できずに飲み干す時間だ。
金のかかる遊びだったが、楽しいと思ったことは一度もない。誘われてしかたなく席を埋め、うんざりしながら付き合っただけだ。もちろん、参加費はたっぷり取られる。
その食事会は、とにかく醜悪で大嫌いだった。どれほど表面を取り繕っても本性が隠せず、フォークとナイフはガチャガチャキィキィ鳴り、口にものを含めばくちゃくちゃとうるさい。スープもずるずるとすする。極めつけはワインのがぶ飲みだ。
笑えない記憶が押し寄せ、シオンは視線を右隣へ向けた。さわやかな朝が台無しになりそうで、アーレントを眺めることにする。
最低限の音しか立てない食事作法は優雅で絵になった。まるでサイレント映画さながらの雰囲気だ。伏せ目がちにした顔立ちは思慮深さを滲ませて美しく整い、見惚れてしまう。
(腹が立つぐらい男前だな……。なにかひとつ、欠点があればいいのに)
見惚れたことが口惜しく思え、粗探しをしてやろうと視線を注ぐ。
(顔は、無理だな。カンペキだ)
ひとりごちて肩をすくめた。
アーレントが完全無欠なのは、顔立ちの凜々しさだけではない。領主を継ぐ前から評判のいい跡取りで、フレイシア辺境伯となってますます名声を響かせている。
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