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第4話

「きみに意見を聞きたいことがある。……場所を変えよう」  不穏な空気が漂い始めたところへ、アーレントが割って入った。  副団長のジョージとの挨拶もそこそこに移動を促される。視界の端では、オックスが真顔になっていた。ため息ひとつこぼしていないが、伏せた目元に困惑が見える。 (あー、かわいそ……。わがままな組長に付く腹心って、いっつも苦労するんだよなぁ)  同情を寄せながら、転生前の前世を思った。ヤクザ組織には入れられたが、身勝手な権力者に付き合うつもりはなく、独立独歩を目指していたのだ。  その結果は、三十二歳での惨死に現れている。ろくな死に方ではない。いきさつは不明確だが、後悔と憎悪の狭間で息絶えた最期は生々しく思い出せた。  アーレントの背中を追いながら、シオンは苦々しさを改めて感じる。過去を思い出すときはいつもそうだ。しかし、すぐに眉根をほどいた。見慣れない景色に意識が向く。  小道を抜け、階段をのぼる。  木々が風に揺れ、葉影がレース模様を作って揺れた。  山頂近くに建てられた城までは行かず、中腹あたりの、木立を抜けた先へたどりつく。三階建ての瀟洒な屋敷があり、周囲には初夏の花が咲きこぼれていた。 「私の住まいだ」  アーレントから言われて、シオンは目を丸くする。 「城に住んでいると思っていました」 「あれは政治と外交のための仕事場だ。ふもとから距離があるし、古くて使いづらい」 「歴史のある山城だから、しかたがないですね。建て直すのも、もったいないし……。下から見上げる分には目立つし、いい建物ですよ」 「城下に屋敷を持とうかと考えたこともあるが……。やはり、この景色も捨てがたい」  アーレントに案内されたのは、石造りの手すりで囲まれたテラスだ。崖のきわにあり、空中へせり出すように作られている。 「うわ、すっご……」  思わず素で叫び、手すりのそばでぐるりと視線を巡らせた。山に張りつくような木々は手つかずの自然だ。青々としてふもとまで流れている。そして、田畑を越えた先にリレイ川が眺められた。 (これは手放せないな。……王者の景色だ)  空は青く澄み渡り、そよそよと風が吹く。眼下に広がる土地やひとびとを掌中に収め、君臨しながら管理をおこなう。まるで神になったような気持ちになるだろうと、シオンはため息をつく。  隣に並んだアーレントはひと通りに土地を説明してくれる。平面に書かれた地図でしか見たことのない場所ばかりだ。 「リレイ川って、本当に広いな……。川港の塔から眺めたことはあるんですよ。……あ、船が通ってる。どこの商船だろ」  手をひたいへあてがい、ひさしを作って身を乗り出す。勢いをつけすぎて、ぐらっときた瞬間、アーレントに引き戻された。 「……危ない」   声は耳元で聞こえ、分厚い胸に肩が当たる。  腰を抱かれたままのシオンは、ぎょっとした。孤児院では嗅いだことのない香りがあたりを漂い、気が取られる。 (香水か……)  町で嗅ぐような安っぽいものではなかった。 「……細いな。きみは」  手すりのそばに置いては危険だと思われたらしく、パラソルの陰に置かれたイスへ座らされる。丸いテーブルにはティーセットがあり、すぐにお菓子が運ばれてくる。シオンが唖然とするほどの量だ。 「甘いものばかりか……。ローストビーフを用意させよう」  アーレントが指示を出す。しばらくして薄切りのローストビーフが運ばれてきた。ついでのように発泡麦酒まで出され、シオンの腹は我慢できずに音を立てる。 「遠慮はしませんよ?」  断りを入れて、ありがたくごちそうになった。大きく切り分けた肉を頬張るなり、シオンはたまらずに身悶える。肉のうまみが口中に広がり、涙が出そうにおいしい。 「あー、あいつらにも食わせてやりたい」  本音が口をついてこぼれ、ひとり勝手に心が沈んだ。 (俺がここにいれば、伯爵さまの手前、子どもたちを雑には扱えなくなるはずだ。食べ放題とはいわないけど、せめてぐっすり眠れるぐらいには食わしてやってほしい)  シオンの代わりにかけ合わなければならないレオとアランの顔が脳裏に浮かぶ。まだ頼りないふたりだが、こうなった以上は期待して任せるよりしかたがない。 「孤児院へ届けさせることもできるが……。よし、手配をしよう」  物思いを察したアーレントが突然に宣言する。  シオンはとっさにフォークを振り回した。 「それは、よくない」  相手が伯爵だとわかっていても、ぴしゃりと言う。 「こんなものを知ったら、反対に不幸だ。もう二度と食べられないのに……」 「いい思い出になると思うが……」 「ならねょ」  はん、と鼻で笑ってしまい、今度は自分の無作法に気づいて肩をすくめた。 「すみません……。これが、町で普通に暮らしているヤツらなら『一生の思い出』になると思います。でも、俺たちが暮らしているのは、独特の地区で……。ヘタに味を覚えたら、手に入れたくなる。金さえあればいいと思うんですよ。そりゃあ、もう、短絡的なんで」  発泡麦酒をグビグビと飲み、向かい合って座るアーレントを臆さず見据えた。 「どんなことをしても、金を作ろうとします」 「そういうものか」  アーレントは嫌そうな顔ひとつせず、真剣な口調で相づちを打つ。 「つまり、悪いことなんですけどね。……俺たちには学がないので、この肉を一枚食べるために、人殺しだってやれるんですよ」 「極端だ」 「……その通り。規律がないってのは、そういうことで……」 「孤児院それぞれに教育方針があるはずだが……。そうか、学校ではないからな」 「俺たちは学校も行かずに十八を迎えて、やれることは肉体労働ぐらいだ。仲間と離れたくないから、地区を出られない。遠くの農場へ働きに出ても、まとまった金を持って出戻るヤツが多いし、その金で身を持ち崩す仲間もいます。……小さいやつらには腹いっぱい食わしてやりたいけど。……やっぱり身の程ってものが、ある気がして……」  テーブルに肘をつき、フォークの柄で頭を掻く。重いため息をついたあとでシオンは苦々しく顔を歪めた。  伯爵を前にマナーもなにもあったものではない。 「まぁ、こういうことですよね」 「私とふたりなのだから、気にすることはない。マナーは努力次第で身につくものだ。それより、きみは想像以上にたくさんのことを考えているようだ」 「……どうにもならないことだって、周りは言いますけどね」  くだけた口調で答えても、アーレントはやはり嫌そうな顔をしない。 「貧困地区について相談できる相手を探していた。……いい人材を見つけたようだ」 「伯爵さま。言っておきますけど、そうそう信用したらダメなんですよ?」  シオンはおどけて片眉を動かした。アーレントは裏社会を牛耳る首領ではない。真っ白も真っ白、正統を貫くフレイシア伯爵だ。うっかり信用されても困る。  しかし、アーレントはこともなげに答えた。 「それは心得ている。オックスが口を酸っぱくして繰り返すからな。……それほど善人に見えているとしたらありがたい」  精悍な頬に薄笑みが浮かび、シオンは小さく息を呑んだ。

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