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第3話
「我が孤児院の誉れだ。シオン」
院長から褒めそやされ、嫌悪感が募る。しかし、寄付金がなければ、孤児院は潰れる。そうなれば、仲間たちは離ればなれになってしまう。
「おまえのことを、ずる賢い小悪党だと思ったこともあったが……。こうなっては考えを改める必要があるな」
舌なめずりするような表情で言われ、シオンは目を伏せる。床を蹴った。
(売られたようなものだな)
なにひとつ感慨は湧いてこない。怒りや悲しみもなかった。
それどころか、この身を大金へ換えられる幸運がじわじわと沁みてくる。
シオンを除いた十五人はバラバラにならず、雨風をしのいで日々を過ごしていける。仕送りで腹を満たし、学校へ行かせることができれば、人生の行く先は変わってくる。
「わかった。ひとまず、やってみるよ」
「……子どもたちのためだ。追い出されないようにな」
釘を刺され、シオンは遠慮なく蔑みの目を向けた。いつもなら小生意気だと怒り散らす院長も、今日に限っては無視するだけだ。それすら金のために思えあきれてしまう。シオンは一抹の不安を覚えながら、院長室を出た。
夏に向かっているのにひんやりと冷たい廊下を歩き、窓の向こうの真っ暗な闇を見る。浮かんでくるのは、寝室にたむろしていた仲間たちの顔だ。
なにも知らずにはしゃいでいた年少組の幼い顔は、特に名残惜しく感じられた。
(あいつらを守るためなら……)
そう考えて拳を握りしめる。慣れない環境へ向かう憂鬱より、前世では知ることができなかった、子どもたちからの純粋な愛情に胸が詰まる。
親も兄弟もなく、だれからも愛されなかった前世が少しは報われるような気分だ。
(見本にならないとな)
レオとアランの顔も浮かんでくる。舎弟のように慕ってくれたふたりだからこそ、道を見誤らないようにしてやりたい。そのためには、なにを置いても金が必要だ。
その点では、前世も今世も違いはなかった。
***
領主が住むエアレント城は、町の西北に位置している。小高い山を切り開いて作られた要塞でもあり、高々とそびえる石造りの尖塔が象徴的だ。
山のふもとは堀に囲まれ、木橋を渡って城門へ向かう。守衛小屋に声をかけると、しばらく待たされた。院長は約束通りに同伴していたが、一方的な金の話を続けるばかりだ。守衛小屋のそばでも続いたが、シオンは取り合わない。
晴れた空に鳥の鳴き声が響き、城門の向こうから副官のオックスが現れる。
にこやかな一礼を向けた院長は、シオンにしか聞こえない声で言う。
「おまえは本当にかわいげのない子どもだったな。せいぜい、社会の厳しさを叩き込まれてこい」
厄介なシオンが手元から離れる喜びに声を弾ませ、この先の苦労を想像しては底意地の悪い笑みを脂ぎった頬に浮かべる。それも、オックスが目の前に立つまでのことだ。
見送りはここまでと言われ、院長は食い下がるようにくどくどと話を続けた。どれほどシオンが素晴らしい青年かと歯の浮くような台詞を並べ立てる。ほとんどは自分の手柄を誇る自慢話に過ぎない。それから泣き落としのようなことを言い出し、寄付金を増やしてくれるようにかけ合ってくれと付け加える。
わかりやすく聞き流していたオックスは、手にしたカゴを押しつけ帰り道を示した。
「これはお菓子です。子どもたちへの土産に……」
「伯爵様にご挨拶をさせていただきたかった。やはり、シオンを育てあげた私から、ひと言……」
「話が長いんだよ」
シオンは耐えきれず、ぴしゃりと言った。オックスとはすでに黙礼を交わしたあとなので、改めて挨拶はせずにさっさと城門のなかへ進む。それから、院長へ一瞥を投げた。
「あいつらのこと、よろしく頼む。特にレオとアランだ。闇ギルドに近づかせるな……」
「すでに成人している子のことまでは……」
院長はもごもごと口ごもる。オックスが見ている手前、いつものようにきつい言葉で拒絶できないのだ。シオンは胸がすく思いで、くるりときびすを返し、一本道を進んでいく。
オックスが追ってきて、城門が閉まった。
「孤児院は複雑なところだろうな」
背中から声がかかり、シオンは振り向かずに首をすくめた。
「子どもがわんさかいれば、問題だらけだよ。……土産、ありがとうございました」
そこで、足を止めて一礼する。
「無事に行き渡ったかどうか、確認させる必要がありそうだ」
本気とも冗談ともつかない生真面目な口調で言ったオックスはにこりともしない。
無表情だが、とっつきにくい印象ではなかった。
ゆるやかな坂に沿って歩く道すがらも、階段式に整備された敷地内を細やかに案内してくれる。馬場や訓練場があり、私兵団の寮も備わっている。
シオンが暮らすのも、そこになるのだろう。
「さっそくだが、皆に紹介しよう。ここで訓練しているのは、中心になる団員ばかりだ」
そう言われ、木立のあいだを縫って訓練場へ出る。ゆるやかな坂道のほかにも、ショートカットのための急坂や階段の小道が整備され、まるで迷路だ。
木々に囲まれた広場に出ると、すでに三十人ほどの男たちが集まり、無駄口も叩かずに整列していた。
着ているものはシオンと同じ質素なシャツだ。しかし、体格はまったく違う。どの肉体も見事に鍛えられ、シャツ越しにも筋骨隆々としているのがわかる。
(すげ……いかつい……)
力試しが好きなシオンはくちびるの端をにやりとさせた。そうなると居ても立ってもいられなくなるのが悪い癖だ。孤児院の院長や施設員たちから『荒くれ者の小悪党』と呼ばれる所以でもあった。どこのだれにでも突っかかり、腕っぷしを確かめてはノシてしまう。
「ようこそ、シオン」
どこからともなく聞こえた、晴れやかな声に、シオンは素早く身構えた。
立ち襟のジャケットを着た長身の男が目の前へ現れ、手指を閃かせる。居並んだ男たちは一斉に足を開き、腕を腰裏にまわす。一糸乱れぬ団体行動だ。
シオンの前に現れたのは、一度見れば忘れない、金白色の髪をした辺境伯だ。私兵団を従えるといっそう凜々しく立派に見え、シオンはじっとりと目を据わらせた。
非の打ちどころのない美丈夫だと思えば思うほど、持つべきではない対抗意識が燃えてしまう。これも前世からの習い性で、権力と名のつくものには脊髄反射の反発心を感じる。
「これからお世話になります」
表面上は従順を装い、アーレントへ向かい深く一礼をする。居並ぶ団員たちにも頭を下げた。揃いも揃って、視線が斜め上で固定され、だれとも目が合わない。
端に立つ短髪の男が一歩、前へ出てくる。すかさずオックスが対応した。
「彼が副団長のジョージ・キラントだ。団長はアーレントさまが務めていらっしゃるが、訓練などでは、彼がリーダーとなる。指示にはかならず従うように」
それとない忠告には、貧困地区出身者に対する不安が滲んでいる。団体行動には向かないと思われているのだ。
目に見えない偏見を向けられたシオンは、あごをあげた男たちへ視線を巡らせた。
(伯爵さまの前だから、あごをあげているのかと思ったけど……。孤児院出の無作法者を拒んでるのかもな)
彼らは良家の子息だ。シオンのような不良分子は制圧の対象であり、仲間になることなど想定外だろう。
(同情するよ、心から)
絶対的支配者の思いつきに振り回されている点では、彼らもシオンも同じ被害者だ。
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