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第21話 いつから俺を
「あ、電気、そこ」
性急に靴を脱ぎながら、先に佐野の家の中に入った伊坂に電気のスイッチのありかを教える。
「つけるのか」
「いや、つけなくとも……。って、うわ」
玄関の床に足をかけた瞬間に、ぐいと体を引き寄せられる。
軽く身じろぐと、シャツ同士がこすれる音がする。
「ちょっと待てよっ……、んんっ」
「待たない」
ほとんど力づくで腕の中に引き入れられ、頭の後ろを抱え込むようにして深く口づけられた。
「んーっ、んん!」
あまりの長さに息苦しくなって、伊坂の胸を押し返して、無理やり唇を引き剥がす。
「伊坂ちゃん、長いってぇ……」
蕩けたような声で力無く抗議するも、伊坂は何食わぬ顔で「寝室はどこだ」と耳元で囁いてくる。
伊坂の手を引いて、二階の寝室へと連れて行く。
ドアを開けるとまた深く口付けられた。
──郵便室に伊坂を呼び出したのが約一時間前。
そしてその伊坂とまさか、自分の寝室にいるなんて。
あまりのスピーディな展開に佐野の頭はついてゆけなくなる。
郵便室でのあのキスのあと、なんとか理性を総動員してその場を去った。だが、それでも我慢ができず、家に来るよう誘ったのは佐野だった。
「伊坂ちゃん、するの?」
当たり前のようにベットに押し倒され、おずおずと佐野が尋ねると、伊坂はこくりと頷いた。
「佐野が嫌じゃないなら」
「嫌じゃ……ない」
しつこく口元にキスを繰り返してから、ふいに伊坂の手がシャツの裾に入り込んでくる。
肌をなぞるように指が動き、胸のあたりを触られると思わず腰が浮きそうになる。
「あっ……、伊坂ちゃん、待てって」
「気持ちいいのか?」
「ん、いいっ……けど、心の準備がっ……。あっ」
胸の飾りを攻められると、みっともない声が出て、羞恥で顔が赤くなる。
「佐野……」
耳元で名前を呼ばれると、背筋がぞくりとした。
脚の中心がおかしなほど熱を持ちはじめ、無意識に両脚を擦り合わせるような仕草をした。
おもむろに伊坂が手を下の方に伸ばしてくる。
「待っ……。やめろっ……てば、ぁ」
ズボンの上から股間をまさぐられ、硬くなったそこを手のひらで包み込むように触られる。
少しのキスと愛撫でこんなになるなんて──。頼むからもう見ないでくれと叫び出したくなった。
「伊坂ちゃん、自分でするからっ……」
「なんでだ」
「まじでやばいから、あっ」
ベルトをガチャリと外され、流れるようにファスナーを下される。
解放されたそこに手を差し入れられると、喉の奥から声にならない声が出た。
仕事で散々見ていた伊坂の形の良い手が、自分のものに触れている。
それだけで脳が沸騰しそうになる。
「伊坂ちゃんのも触っていい……?」
そう聞いて、伊坂の脚の間にも手を延ばすと、そこはすっかりガチガチになっていた。
「伊坂ちゃんも、硬くなってんじゃん」
かすれた声でそう言って笑うと、伊坂がぐいと左の眉をあげて、佐野に口づけた。
お互い限界は近いはずなのに、愛撫もキスも張り合うように続く。
「もー無理だって……」
はあと息を漏らして伊坂の指をじぶんの後ろへ導いた。長く太い指が佐野の中にゆっくりと侵入してくる。
「んんっ……」
指が増やされるごとに、高まる期待感と苦しさで、呼吸がどんどん荒くなる。
──早く、欲しい。
伊坂の手が、佐野の頬にそっと触れる。
「大丈夫か」
その指を物欲しげにねぶりながら、潤んだ瞳で伊坂を見つめた。
「早く……いれていいから」
「っ……」
伊坂が衝動を堪えるように唇を噛み、乱暴な手つきでゴムの封を切った。
待ち遠しい気持ちで、伊坂の腰のあたりを軽く撫でる。
「早く……」
そのまま伊坂の腕を引いて、自分の胸元にその体を倒れ込ませる。
「さっきまで待てと言ったのはお前だろう……」
荒い吐息で伊坂が文句を垂れる。
「今はいーんだよ、伊坂ちゃんのおバカ」
そう言って口づけようとした瞬間、伊坂のペニスがぐっと挿入され、首の後ろから痺れるような快楽に襲われた。
「ああっ……、いさか、ぁっ」
勢いをつけたその動きに、全身が翻弄されていく。
身体中がぐずぐずになるような快感で、思考すらままならない。伊坂も苦しげに時折息を漏らしながらも、佐野の中にいるそれは硬度を増していくばかりだ。
「伊坂ちゃん、俺ぇ、もうむり……っ」
すがるように首に腕を回す。
伊坂は獰猛な瞳で佐野のことを見つめた後に、佐野のペニスに手を延ばした。
「んあっ」
「……いくぞ」
そのまま器用に佐野の陰茎を刺激しながら、律動を深めてくる。
内側からの刺激と外側からの愛撫に耐えきれず、あっという間に絶頂に至り、佐野はそのまま意識を手放した。
「伊坂ちゃん、シャワー、おつかれえ……」
ベッドでうつ伏せになりながら、だらりと腕を延ばして手を振ってみる。
改めて、伊坂が自分の寝室にいるのは変な感じがする。
伊坂は「ああ」と返事をすると、佐野の横にどさりと腰を下ろした。
「寝ないのか」
「待ってたんだよー。一緒に寝ようぜ」
そう言って伊坂の腕を引っ張ると、意外にもあっさりとベッドの中に体を滑り込ませてくる。
狭いセミダブルのベッドに二人並んで横になると、佐野はなんだかおかしくなってきて笑い声を漏らした。
「なんだ」
「いやぁ、なんか変な感じだなぁって。伊坂ちゃんと俺がこんな関係になるなんて」
「そうか」
意を決して、伊坂の方へと寝返りを打つ。
郵便室からずっと気になっていたことがあるのだ。
「なあ、伊坂ちゃんっていつから俺のこと好きなの? ってか、ゲイだったの?」
伊坂が佐野を横目でじとりと見つめてくる。
そんなこと知ってどうするとでも言いたいのだろうが、これだけは譲れない。恋人がいつから自分のことを好きだったかなんて、知りたくない奴がいるだろうか。いや、いない。
「なー、教えてよ」
伊坂は軽くため息をついて、諦めたように口を開く。
「研修の時からだ」
「おお、じゃあ俺と同じかも。篠原さんには感謝──」
「違う。一番最初の研修だ」
「へ?」
一番最初──というと、新入社員研修のことだろうか。
ギョッとして声を上げる。
「えっ、てことは五年前からってこと?!」
「そうだ」
予想外に年季の入った片思いだったことに驚く。てっきり、佐野と同じようにここ最近の出来事で惹かれるようになったのかと思っていたのに。
「な、なんか、きっかけとかあんの?」
「はっきりはない。佐野は、目立っていたから。いつの間にか目で追うようになった」
「早く言ってくれよー……、っていうか、わかりづらあ……」
当初のあの冷淡な態度は何だったのだと言いたくなる。
おまけに、ついこの間までこちらは伊坂への片恋を抱えたまま、この会社を悲痛な思いで立ち去ろうとしたいたのに。
改めて、短気を起こさなくてよかった。
「会社辞めなくてよかった、まじで」
ボソリとそうつぶやくと、伊坂が怒ったようにこちらを見た。
「なんだよ、伊坂ちゃん」
「……お前も常川も、口ばっかりだ」
「え……?」
どうして、今常川の話が出てくるのだろう。
伊坂は吐き出すように言う。
「三十年、一緒だと言ったのはお前たち」
「三十年……?」
とっさに言われた言葉にうろたえ、佐野は思考を巡らす。
三十年一緒って──?
「そうだ。三十年以上この会社で働くんだと。学生の時よりずっと長く付き合うことになるんだと、だから友達になろうと言ったんだ。……研修の時に、お前と常川が」
ふいに淡い記憶が蘇る。
研修のクラスが同じなのに、ちっとも周囲と打ち解けようとしない伊坂を見かねて、常川と佐野が声をかけたのだ。
常川は「友達になろう」が口癖のガキみたいな男で、伊坂にもそう声をかけたのだ。そのうえ、あの頃は会社員人生がおよそ三十年以上も続くものだということが信じられなくて、やたらと同期たちと「これが三十年つ続くんだってよ?」とふざけて言いあっていた。
きっと、そんな調子で伊坂に「三十年いっしょだぞ」などと言ったに違いない。
「覚えていないのか」
「いや、言ったような気はする……」
伊坂は、ふと目線を外して、どこか遠いところを見るような顔をした。
「同期はただ同時期に入社しただけの奴らだと思っていた。もしかしたら、三十年も一緒にいることになるなんて、考えもしなかったから、妙に記憶に残っている。嬉しかったとも、違うんだが……。伝わるか?」
伊坂が自信なさげに眉を少し下げる。
「うん、大丈夫。わかるよ」
伊坂のいうことは不思議なほどによく理解できた。
佐野も会社という場所が、自分の人生を何十年も送る場所だと気がついたのは、入社してからだった。
三十年も、自分がいていい場所があるなんて。それはなんともいえない、不思議な気持ちだった。
佐野はゲイだから結婚はできない。友人関係は流動的で、家族ももうバラバラだ。
無機質な場所のように捉えていた会社が、その瞬間色を持ち始めた。
せっかく自分を選んでくれた十月電気のために頑張りたいとそう思った。
けれど、だんだんと少なくなっていく同期や、次々に他者へ流れていく社員を見るうちに、いつしかそういう気持ちには蓋をするようになった。常川のことや、それ以外のことでも、十月電気にはがっかりさせられることもたくさんある。
──けれど。
「十月には、いい会社になってほしいよな」
ぽつりと佐野がつぶやくと、伊坂が「ああ」と頷いた。
今川の言うように、例え十月電気が沈みゆく船だとしても。
藤田や篠原のような上司がいて、にしのような先輩がいて、伊坂のような同期がいる。
親しい人たちの顔を思い浮かべると、急速に眠気が襲ってきた。
「おれ、十月に入ってよかったなぁ」
「もう寝ろ」
「伊坂ちゃんみたいなやつに会えたし……」
「……俺もだ」
低く甘い囁きを聞きながら、深い眠りに落ちた。
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