1 / 1

プロローグ

 神殿の塔は高く、静かだった。あまりにも静かで、そこにひとりの人間が幽閉されているとは思えないほどだった。  空に近い最上階。その石造りの部屋に、アシュレイ・エヴァルド・ヴァレシアはいた。ヴァレシア王国の第三王子であり、国に流れ込む穢れを一身に引き受ける贄として生まれた少年。  彼の存在こそが、王国の繁栄を支える楔であった。  レオンハルト・ヴァイス・グランディアは、塔の麓に立ってその高みを見上げていた。銀の鎧に夜風が触れる。地上から見上げる距離は遠く、声など届くはずもない。それでも彼は、静かに口を開いた。 「聖騎士は、守るために立つ」  それは神殿の教えではない。彼個人の、ただひとつの誓いだった。 「命を捨てることが使命ではない。殿下の隣に立ち続けること――それが、私の矜持です」  レオンハルトの呟きをかき消す風が、不意に止んだ。塔の最上階で、アシュレイがわずかに身じろぎした気配に反応する。肉眼では到底見えないはずの動きを、レオンハルトは不思議と感じ取っていた。  王子に流れ込む穢れの波動を通じて、心の眼に映る。それは悲しみでも、怒りでもなかった。ただ静かに運命を受け入れながら、なお何かを求めている――そんな色合いだった。  レオンハルトは剣の柄に指をかけ、静かに息を吐いた。王子は空に近い塔に囚われ、騎士は地に近い場所に立つ。  それでいい。それが正しい。少なくとも今は、まだ。  だが彼は知っていた。この均衡が、いつか必ず崩れることを。そして自分が、その崩壊を望んでいることさえも。運命は、すでに静かに動き始めていた。

ともだちにシェアしよう!