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第6話 不毛なやりとり
この辺りは気候が穏やかで、一年を通して大きな気候の変化がない。
春先は雨が多いが、それを過ぎると晴れの日が多く過ごしやすい日々が続く。
サーシャが俺の診療所を訪れたのが四月の初めだった。それから一か月ほどが過ぎた五月の半ば。
相変わらずノエルは、俺の診療所を訪れては口説いてくる。
伴侶が妊娠中であるというのになぜ俺を構うのか、全然理解できない。
その日も午後の診察時間になるというのに、ノエルはやってきて今夜のディナーはどうかと誘ってきた。
「お断りいたします、ノエル様。貴方は貴族でしょう。あらぬ噂が立っては、貴方の名誉に傷がつきますから」
そう言ってみたものの、彼はそんなことを気にする様子はなかった。
ノエルはニコニコと笑い、言った。
「父も愛人がいたし、叔父にもいるんだよ。アルファとかオメガとかわかってきたのはここ十年ほどのことだけど、俺たちは本能で守らなくてはいけない存在があることを知っているんだ」
「それに俺は当てはまりませんので、どうかお帰りください」
そう冷たくあしらうと、診察室の扉が遠慮がちにそっと開き、看護師のアマンダがきょろきょろと視線を巡らせつつ言った。
「あの、先生。そろそろ診察のお時間なのですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。ノエル様はおかえりになるから」
というかさっさと帰ってくれ。
ノエルは一瞬むっとしたような顔をしたけれど、すぐに張りつけたような笑顔を浮かべ、俺に方に手を差し出しながら言った。
「また来るよ、カミル。君は俺のものだから」
そんな背筋が凍るような言葉を残し、彼は去っていった。
俺のものだって? 俺は誰のものでもないのになぜ執着するんだ。
守らなくてはならない存在だって? 俺はそんな弱いものじゃない。
悔しさと恐怖とがないまぜになった思いを抱え、俺はぎゅっと手を握って深くため息をついた。
「あの、大丈夫ですか、先生。お疲れでしたら私が今日、患者さんたちを診ますよ?」
心配げな声でアマンダが話しかけてくる。
アマンダも医術師の資格を持っている。だが彼女は自分で診療所を持つには経験不足であるため、ここれ助手をしていた。
だから彼女も患者を診ることができるが、さてどうしようか。
そこまで疲れているように見えるのか?
だが仕事をしていた方が時間が経つのが早いしその間、ノエルの事を考えなくて済む。
だから俺は首を横に振り、貼りつけた笑みを浮かべて答えた。
「あぁ、大丈夫だよ、ありがとう、アマンダ」
そう答えると、アマンダは余計不安げな顔になる。
「そうとは思えないですけど……ノエル様、しつこいですね。確か、伴侶の方は今、妊娠七カ月だと聞きました。なのになぜあのような無礼を働くのでしょうか」
なぜなのか全く心当たりがない。もしかしたら彼には俺がオメガに見えるのかもしれない。
この国では複数の伴侶を迎えることは認められていない。愛人の存在もあまりいい顔はされないものだが、金持ちや貴族の中には愛人を囲う者がいることはある程度受け入れられているのも事実だった。
だが俺には到底受け入れられない考えだ。
恋人がいるわけではないし、結婚の予定もないがノエルに囲われる気などさらさらなかった。
俺は男だ。オメガじゃない。男に好かれるなんて虫唾が走る。
俺はアマンダの問に首を傾げ、
「何でだろうね。俺にもわからないよ」
と言い、息をついた。
「ご結婚される前からですよね。私が二十一歳で学校を卒業して二年ほどになりますけど、そのころからいらしてますよね」
アマンダの言う通り、ノエルが俺に言いよるようになったのは何年も前だ。
最初は冗談かと思っていた。なのに結婚してから激化しているように思う。
「そうだね」
「お気を付けてくださいね。アルファは私たちよりずっと力も能力も、執着心も強いですから。正直、逃げるのもひとつの手だと思います」
心配げな顔で言われ、俺は頷き、パン、と大きく手を叩いた。
「わかっているよ、アマンダ。さあ時間だから診察を始めようか」
そう言って微笑みかけると、アマンダは大きく頷いた。
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