41 / 41

第41話 覚悟

 町に帰ってから、俺たちはそれぞれ仕事が始まった。  俺は週四日、診療所で働き、サーシャは毎日鉱山へと向かう。  クロハは近所の人に世話を頼んでいるが、ひとりで自由に歩き回っているらしい。 「クロハは月狼なんだよな。なんで奈落にいたんだ?」  王都から帰ってきてすぐ、サーシャが尋ねるとクロハは大きく首をかしげた。 「わかんない」 「月狼はは人間と混じってるんだろ?」 「わかんないけど、俺、寝てた! 気がついたら暗いところいて、怪我して、サーシャに会った!」  そう言って、クロハは大きく尻尾を振った。  クロハは何かの理由でずっと奈落の奥で眠っていたんだろうか。いったい何百年前の話だろう。  神話によると、月狼は完全に人と同化している。  彼の仲間はどこにもいないと思うが、クロハから悲壮感はない。 「仲間に会いたいって思わないの?」  俺が言うと、クロハは不思議そうに俺たちを見る。  そして、尻尾を立てて言った。 「サーシャ、仲間! カミルも仲間! 寂しくない。仲間それしかいないけど、大丈夫!」  そう言ったクロハはなんだかうれしそうだった。  アルファやオメガが仲間に見えるって事だろうか。  よくわからないが、クロハが寂しくないのならそれでいいかと思う。  ふつうにしていたら完全に犬の子供だし。  ……待てよ、そうなるとクロハは成長するんだろうか。  大きくなったらどうなるんだ?  子犬にしか見えないクロハをじっと見つめる。  クロハはサーシャが持つ、犬用の玩具で遊んでいて、とても狼には見えなかった。  クロハの成長が楽しみなような怖いような……そんな気分だった。  互いに仕事をこなして一カ月近く過ぎたときだった。  今日は仕事が休みで、ゆっくりと過ごしていた昼のこと、クロハが言った。 「カミル! 匂い、すごい」 「……匂い?」  俺の問いかけに、クロハは大きく頷く。 「うん! オメガの匂い、いっぱいする!」  といい、なぜか尻尾を追いかけはじめた。  ということは、発情期が近い、ということだろうか。  それは妊娠していない、ということを意味する。  ほっとしたような……なんだか複雑な気持ちだった。  俺は思わず下腹部に手を当てる。  もし……発情期にサーシャと身体を重ねたら、また妊娠の恐怖を味わいことになる。  俺にはまだ覚悟がないのに。  それでも、発情期はやってきてしまう。  診療所のつてで手に入れた、オメガの抑制剤。  それを飲んでも、二日は辛いらしい。 「カミル、大丈夫?」  尻尾を追いかけていたクロハが、心配そうな声で言ってくる。  俺はクロハに視線を向け、首を横に振って言った。 「大丈夫。ありがとう、クロハ」  そう俺が言うと、クロハは大きく頷いた。  その日の夜。  仕事から帰宅したカミルは、はっとした顔をして俺を見た。 「カミル……匂いが……」  と言い、彼は口元に手を当てる。  あぁ、わかるのか。  自分では身体に兆候がないため全然わからないのに。 「発情期が近いみたいです。どうやらあの時、妊娠はしなかったみたいですね」  そう俺が告げると、サーシャはこちらにゆっくりと近づきそして、手をそっと握ってきた。 「えーと……あの、発情期の間、俺は宿をとります。だって、発情期に妊娠する可能性、高いんですよね?」  心配げな顔して、サーシャは言った。  この男は優しいな。  正式に恋人? になった今も、彼は俺と寝てはいない。  口づけや抱擁はしてもそれ以上のことをしてこなかった。 「サーシャは、子供、欲しくはないんですか?」  不思議に思い、俺は彼に問いかける。  するとサーシャはハッとした顔をしたかと思うと、みるみる紅くなっていく。 「え……そ、それは……その、欲しいですけど……でもそういうのはちゃんと、話し合って決めるものだと思うんです。産むのは俺じゃないし。俺は……支えるしかできないから」 「それは、そうですね」  本当にサーシャは誠実でいい男だな。  だから俺は一緒にいることを選んだんだけど。  普通のアルファであれば、そんなこと気にもしないだろうに。サーシャはいつまでたってもアルファらしくない。 「俺は……怖いです。妊娠するのは。子供を、産むのは。俺の魔法は遺伝するものなんです」  まだ話していなかった、治癒魔法の秘密を俺は告げる。 「い、遺伝?」  意味が分からなかったのだろうな。  サーシャが小さく首を傾げて俺を見ている。 「はい。遺伝です。子供に自然と伝わる魔法、とでも言えばいいかな。修行とかで身につくものじゃないんです。だから俺の子供は自然と、治癒魔法の継承者になってしまうんです」 「あ……」  サーシャはそう呻き、黙り込んでしまう。  だから、怖いんだ。  子供にこの「呪い」を受け継がせるのが。 「だから俺は、子供を産む覚悟できない。自分の子供に、そんな運命、背負ってほしくないから」 「カミル……もしかしてずっと、ひとりで抱えて……」  泣きそうな声で言い、サーシャは俺を抱き締めてくる。 「貴方が、背負うその運命を俺が背負うことはできないから。だから産んでなんて言えないです。だから、カミル、貴方がその気持ちになるまで俺は、発情期には家を出ます、から」 「サーシャ」  大事に思われているんだな、と思うと、変な気分だった。  治癒魔法を使うことで命を削ってきている俺を、そんな大事にしても苦しむだけ、なのに。  俺は彼の背中に手を回す。 「ありがとう、サーシャ。オメガは発情期にしか妊娠できない。だから、サーシャ」  俺はサーシャの顔をじっと見る。 「抱いて。俺は、貴方と繋がりたいから」  するとサーシャは顔を真っ赤にして、大きく頷いた。  その夜、俺は初めてサーシャの部屋で過ごした。  発情期じゃないから、身体を重ねても子供はできない。  だから繋がるための行為だ。  サーシャが繋がった時、俺のうなじに口を寄せる。 「サーシャ……?」  発情期にそこを噛んでも番にはならない。  だから今、噛んでも意味はないのだが。  それはサーシャも知っているはずだ。 「噛んでいい?」  余裕のない声で言われ、俺は頷き答えた。 「噛んで。サーシャ」  するとサーシャはがぶり、とそこを噛む。 「う……」  痛みに呻くと、その噛み痕をサーシャがぺろぺろと舐めた。まるで、犬が子供を舐めるように。 「愛してる」  そう甘い声が囁く。 「あぁ……愛してる、サーシャ」  その夜、俺たちは獣のように求めあい、共に朝を迎えた。  鳥の鳴き声が、外から聞こえる。  目覚めて目に入るのは、眠るサーシャの顔だった。  昨夜の行為が嘘のような、静かな朝。  俺はサーシャの頬にそっと触れる。  あの時、治癒魔法を使っていなかったら、彼はここにいなかった。  こんな魔法、なくなればいいと思っていたのに、今俺は揺らいでいる。  愛するものを生かすためなら俺は、容赦なく魔法を使うし、きっと命が消える寸前を目にしたら俺は迷わず魔法を使うだろう。  それでも共に生きたいと、そう思えたら。 「正式な番にしてくださいね」  そう呟き、俺は眠るサーシャの頬に口づけた。   終

ともだちにシェアしよう!