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第40話 気がついた

 今日は、王都に泊まって、明日、町に戻る予定だ。  ちなみにクロハはお留守番だ。  宿でサーシャに話そう。 「サーシャさんは、何かわかったことありますか?」  言いながら俺は本を閉じた。  するとサーシャは満足げに頷く。 「ええ、ここではあれなので帰りながら話しますね」  と言い、ニコニコっと笑った。  図書館をあとにして、サーシャと歩きながら話を聞く。 「月狼の多くは力が強く知恵も高くて、狼の群れを統率していたそうです」 「いつからかその中に妊娠できる種ができて、発情期になると月狼と契りを交わし子供を産んだと。そして月狼は人とも交じるようになり、姿を変えていったっていう神話でしたね」  と言ったところで、サーシャがぴたり、と止まる。  そして腕を組み、小さく呟いた。 「発情期……妊娠……」  何かに気がついたらしく、ハッとした顔で俺を見る。 「あ……発情期……オメガ……」  どうやらサーシャも気が付いたらしい。  オメガバース。  俺たちは自分ごとのはずなのに、どこか他人事として見ている節がある。  仕方ないか。  互いにそうだと知らずに、二十年以上いきてきたのだから。   そう簡単に認識を変えられるわけがない。  サーシャは、泣きそうな顔で俺を見る。  崩れるのはもう少し待ってほしい。  宿に着くまでは。 「カミルさん……俺……」  震える声でサーシャが告げる。  何が言いたいのかはよくわかる。  こんな人が多いところで話す気はないので、俺は呆然とするサーシャの腕を掴み、足早に宿へと向かった。 「カ……カミルさん」  焦る声が後ろから聞こえるが、気にせず歩き、宿に帰る。  受付で預けていた鍵を受け取り、階段をのぼって廊下を行く。  震える手でなんとか部屋の鍵を開けて中に入ると、サーシャが俺の両肩を掴んだ。  彼もまた、震えていた。  目を大きく見開いて、真っ白な顔で俺を見ている。 「俺……発情期に貴方と……」 「しましたね、セックス」  さらっとこたえると、サーシャは唇を震わせる。 「俺もすっかり抜け落ちていましたから。オメガは発情期にしか妊娠できない。だからもしかしたら……」  妊娠、しているかもしれない。  そう思うと自分がとても異質なものに思えた。 「す、す、すみません。俺……俺……全然そんなこと考えていなくて……」 「大丈夫ですよ」  そう答えたものの、全然大丈夫ではない。 「あの時は……仕方なかった。そうしないと俺は苦しい発情期を乗り越えられなかったと思うから」  自分に言い聞かせるように、俺は答える。  だが、サーシャは納得している様子はなかった。 「……俺は、貴方を守るって誓ったのに……」  そう呟いて俯いてしまう。 「サーシャ……さん?」 「俺は……すみません、カミルさん。俺は……ちゃんと貴方と向き合いたいと思っていて……でもずっと答えを先延ばしにしていて」  震える声で言い、俺の肩を掴む手に力がこもる。  そしてばっと顔を上げたかと思うと、泣きそうな顔で言った。 「愛おしいと思っているのに、いつも違う形になってしまって」  愛おしい?  頭の中で繰り返し、反芻する。 「サ……サーシャさん?」  そんな事、言われたことがないからどうしたらいいのかわからず、内心焦り出す。  わかっていたことなのに……ユリシール王国を出る前に、リュートの家で口づけを交わした時点で気がついていたことなのに。   なんで俺はこんな混乱をしているんだ?  サーシャが俺の肩から手を離したかと思うと背中に手を回し、抱き寄せてくる。 「何があっても俺は貴方を守りたい。どんな未来があっても俺は……貴方と共にいたいと、思っています」 「あ……」  まるで結婚の誓いじゃないか。  あまりにも遠回しな表現で、一瞬悩んでしまう。 「ど、どんな未来がって……」 「え、えーと……カミルさんが妊娠してもしていなくてもその……俺は……貴方を愛するしそれに……」  と言って、サーシャは黙り込んでしまう。  これは、きっと今サーシャは真っ赤な顔をしているだろう。  俺はゆっくりとサーシャの背中に手を回す。  どんな未来があっても、共にいたい。  その言葉は俺の心を揺さぶるには充分なものだった。 「サーシャさん」 「は、はい」  返事をしてサーシャの声が裏返って震えている。 「俺は……貴方を騙してきました。治癒魔法はないと言っていましたが、あれは……」  こんな場面で言うのは卑怯だと思いながら、俺は真実を告げる。 「嘘です」 「う……嘘?」 「はい。俺がノエルや、がけ崩れのけが人……貴方を助けた魔法は、治癒魔法です」  言いながら俺は、サーシャを抱き締める腕に力を込める。  だって、嘘をついてきた後ろめたさで顔を見られないから。 「な……なんで……」  サーシャの動揺が見える。  でもサーシャは俺を離しはしなかった。 「それは……魔法は魔力を代償にしますが、治癒魔法は違うんです。治癒魔法は命を……削る魔法だから。だから俺の祖父や父は、二十代で亡くなりました」  言えてほっとしたが、同時に言ってよかったのか、という後悔も生まれる。  だってそれは、共に生きたとしても俺の方が早く死ぬ可能性が高いから。 「そ、それじゃあ……」 「俺はきっと長くは生きられないです。それでも一緒に……」 「当たり前じゃないですか!」  そう言って、サーシャは俺の顔を見る。  真っ赤な顔で、今にも泣きそうな目をして。 「サーシャ……さん」 「それでも俺は貴方といます。命の火が消えるまで、ずっと」  まっすぐに告げるサーシャに、俺は微笑み言った。 「ありがとう、サーシャさん」 「カミル……」  切なく、熱い声が俺を呼ぶ。  その声に、俺の胸が高鳴るのを感じた。  どちらかとも顔が近づく。  そして、唇が触れた。  触れるだけではない、深い口づけ。  どれほど長く、どれほどの回数、したかもわからない。  唇が離れたとき、俺は大きく息を吐き、サーシャの胸に顔を埋めた。 「カミル、愛しています」  その言葉に、心臓が大きく音をたてた。 「サーシャ……」  顔を上げ、俺は彼の顔を見つめる。  震える唇で、俺もそれに答える。 「俺も……好き、ですよ、サーシャ」  言いながら笑うと、サーシャはほっとしたような顔をして、俺に再び口づけた。

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