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第1話 罷免の詔と縁談
皇都の春はおとぎ話の世界である。
空は青く澄み渡り、淡い色の花があちこちに咲き乱れる。
ぽかぽかとあたたかい空気はあらゆる生命のゆりかごになり、時折吹くそよ風が人の顔を撫でてゆく。
今日という日も、まさしく皇都の春らしい最上の好天だ。
これを皮肉という人もあろうが、シャリオール・アーヴィントには自分に与えられた最後の祝福のように思えた。
天窓から差し込む陽光が、乳白色の大理石で作られた謁見の間をまぶしく照らし、神々しいほどだ。
その空間のちょうど中央部分に棒立ちになりながら、あたりをぐるりと見回す。
玉座に座った皇帝の他にいるのは、皇帝の側近達や護衛長、そして仲間のサヴァンたち。
みなシャリオールと同じように、神妙な面持ちで皇帝の言葉を待っている。
「シャリオール・アーヴィント。――今からそなたの処分を言い渡す」
威厳に満ちた声に頭を押し下げられるようにして拝聴の礼を取ると、長く伸ばした髪が肩からするりと流れ落ち、視界の両端を紗のカーテンのように覆う。
「シャリオール・アーヴィント。……そなたを皇国のサヴァンから罷免する」
「はい」
「異論はないか? 弁明でもよいのだぞ」
「いいえ。仰せのままに、陛下」
おっとりと告げると、皇帝がため息をつくのが頭上から聞こえてくる。
「まったく、そなたは昔から物わかりが良いのだったな……。シャリオール、おもてをあげよ」
「はい、陛下」
「長きにわたる皇国への献身、感謝する。今の我が国の繁栄はそなたの手柄でもあると心に刻むが良い」
「恐れ多いお言葉にございます」
「……余も、寂しくなるぞ。幼少のみぎりより、余のいちばんそばにいたのはそなたであった。至上のサヴァンを失うことになるとは、思いもせなんだ……」
皇帝は武勲で知られる名君だ。力強くはつらつとした眼差しは世を導く光そのものである。
だが、今この瞬間その瞳は暗く曇り力をなくしている。
シャリオールは皇帝を励まそうと笑いかける。
「いつでもお呼び立てくださいませ。陛下のお呼び立てとあらば、シャリオールはどんなときでも喜んではせ参じます」
皇帝は寂しげな瞳のまま、けれどシャリオールのとりなしに応えるように歯を見せて笑い返してくれる。
「そなたの言うとおりだな。余とそなたで、これからは友人になろうではないか、シャリオール」
「恐れ多いお言葉でございま……」
「――で、だな」
目の前の皇帝は腕を組みながら、力の戻った瞳でシャリオールを見据えた。シャリオールはごくりとつばを飲み込んだ。
――戦場でもそうだったが、シャリオールの主君は異様に切り替えが早い。
「……で?」
「うむ。で、なのだ。そなたにひとつ相談したいことがある」
「ご相談……、ですか?」
首をかくんと傾げ、間の抜けた顔で皇帝を見上げる。
相談と言うが、能力を失った今の自分が皇帝の力になれることなどあるのだろうか。
「いや、相談というか、提案なのだが。――そなた、許嫁はいるか? もしくは、恋人や想い人はいるのか?」
「いいえ、おりません」
「そうか! 」
瞬間、皇帝の顔がぱっと明るくなる。
「ええと……それが、どうかされましたでしょうか?」
「シャリオール、鈍いな! 縁談だ、 縁談なのだ!」
「えん……だんですか?」
「そうだ! それも、余の弟とだ!」
「おっ……?!」
思いっきり前につんのめり、体のバランスが崩れる。
規律に厳しい護衛長がこちらをにらみつけてくる。
あわてて体勢を戻すシャリオールに、皇帝は快活に笑って見せた。
「なに、男同士の縁談など、そんなに驚くことではないだろう。貴族の間ではよくあることだ。おまけに、そなたの叔父も男性婚だったのではないか?」
「そ、それは……そうなのですが……」
皇国では、男同士の婚姻は法的に認められいている。
古くは同性愛者のための制度だったが、ここ100年ほどは貴族同士が家の結びつきを強めるために行う向きが強い。
皇帝が言うように、シャリオールの叔父であるヴァンス・アーヴィントも、十数年前にルートン家の三男と婚姻している。
だが、アーヴィント家とルートン家の婚姻は、あくまで子爵家同士の婚姻であり、弱小貴族同士の連帯という意味合いが強い。
だが、今回シャリオールの眼前に突きつけられたのは皇帝の弟との婚姻だ。
単に男同士の婚姻というより、その身分差の方がよっぽど問題だと思うのだがーー。
ちら、と周囲を見回すと、他のサヴァンたちも、皇帝の側近達も皆唖然とした顔つきで二人のやりとりを見守っているようだ。
シャリオールはけほんと咳払いをした。
「あの、陛下、もったいないお話ではございますが……」
「なんだ、不満なのか? 余は、最上の案だと思うのだが」
皇帝が不思議そうな顔をする。
若くして皇国に安寧をもたらした名君は、果断に富み、統率力があるのだが、一方で思い込みも強い。
シャリオールはあわてて頭を下げた。
「不満だなんて、めっそうもございません。けれど、私と皇弟殿下では、あまりに身分の差があるのではないでしょうか? アーヴィント家は貴族とはいえ、他家に比べ歴史も浅く……」
「何を言うか! そなたのこれまでの皇国への貢献を思えば、ふさわしい縁談だと思うぞ」
真剣な眼差しに、胸がじんと熱くなる。
「陛下……」
「どうだ、考えてみる気はないか?」
そりゃあ、シャリオールには婚約者はおろか、恋人も想い人もいない。
つい先ほど職を失った己の今後や、冴えないアーヴィント家の現状を考えるのであれば、皇帝の弟との婚姻など願ってもない話のはずなのだが――。
そこまで考えを巡らせて、シャリオールはハッとした。
「陛下!」とあわてて口を開く。
「どうした、シャリオール?」
「こ、皇弟殿下のお気持ちやご事情はどうなのでしょうか? そもそも私が承諾するしないを考えることではないような気がするのですが……」
「ああ、余の弟か? 気にするでない。あれは二つ返事で了承をした」
「りょ、了承したのですか?!」
驚きのあまり素っ頓狂な声が出る。厳格な護衛長がシャリオールをもう一度にらみつけてくる。
皇帝のじきじきに推薦する縁談。そして、既に承諾したらしい皇帝の弟。
すーっと顔から血の気が引くのがわかった。
つまり――。
断る余地などはなからないではないか!
「つ」
「つ? どうした、急に固まって」
皇帝がずいと身を乗り出す。
自分のしたことが分かっているのかいないのか、その表情は無邪気な子どものようだ。
飲み下しがたい苦い丸薬を押し込むように、シャリオールはごくりと喉を上下させた。
「つ、謹んでお受けします……」
皇帝の「そうか!」という声に続いて、固唾を呑んで様子を見守っていた臣下たちのため息とも付かないため息が一斉に漏れ出した。
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