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プロローグ.空き教室

 冬の冷たい空気が、制服から露わになった肌に突き刺さる。  日頃使われることもなく埃っぽいこの教室に、重なった衣擦れの音が満ちる。 「あっ待って……」  古びた机の上に座る女子生徒が、くすぐったそうに身をよじった。 「(れん)、ここじゃダメだってぇ」 「別にいいじゃん」  そう言いながら蓮が彼女の首元に顔を埋めると、彼女は楽しそうにくすくすと笑う。  蓮の手の動きに呼応するように溢れる女の子の甘い声は、おもむろに響いた扉の開く音にかき消された。  蓮が顔を向けると、1人の男子生徒が扉に手をかけた体勢のまま固まっていた。 「…………ごめん」  こちらが何かを言う前に、男子生徒は無表情のままそれだけを残して扉を閉める。  遠ざかっていく足音を聞きながら、蓮の腕の中にいる女の子が困ったように眉を下げた。 「(まき)ちゃんに見られちゃったぁ」 「牧ちゃん?」 「牧叶多(かなた)。うちのクラスの優等生くん」  先程の男子生徒を思い浮かべ、蓮はわずかに顔をしかめる。  染めたことの無さそうな黒髪に、きっちり上まで留められていた学ラン。確かに『優等生』と言う言葉がよく似合う男だった。  自分とは、何もかもが正反対な存在。 「……先生にチクられるかな」  ぽつりと呟いた蓮の首元に、笑みを浮かべた女の子がそっと腕を回す。 「牧ちゃん優しいから、頼めば秘密にしてくれるよぉ」 「ふーん……」  閉じた扉に目を向けていた蓮を、彼女が続きをせがむように引き寄せた。  彼女の纏う甘い香りが蓮の思考を塗り替える。欲望のまま、蓮は艶やかなその唇にキスをした。 ―― 「牧ちゃんっている?」  翌日。  蓮は早々に牧叶多のいるクラスを訪ねた。  クラスメイトに呼ばれ、不思議そうな顔をした叶多が廊下に佇む蓮の元へと歩いて来る。 「何?」  自分よりも背の高い金髪の見知らぬ男を前にしても、叶多は怖気付くことも無くにこやかに蓮を見つめた。  情事を目撃したあの無表情の男と同一人物のはずなのに、雰囲気がまるで違う。  小さな違和感を感じながらも、蓮は口を開いた。 「昨日のさ、ちょっと誰にも言わないでほしいんだけど」 「昨日の……? あぁ、あれね」  一瞬だけ考える素振りを見せた叶多は、すぐに合点がいったのか小さく頷いた。 「言わないよ」  あまりにもあっけらかんとした叶多の様子に、かえって蓮の方が訝しんでしまう。 「本当に?」 「うん」  もう少し戸惑ったり怖がるかと踏んでいたばかりに、叶多の全く意に介さない態度は蓮にとってひどく拍子抜けするものだった。  とは言え言質が取れた以上、蓮にはもう彼を引き止める理由は無い。 「……じゃあ、いいけど」 「そう」  にこりと笑って、叶多は教室へと踵を返した。  教室の中に入るなり、彼は早速クラスメイトから声をかけられていた。 「牧ちゃん、この問題教えてよ」 「はいはい」  突然にも関わらず、叶多は嫌な顔をすることなく穏やかに応対している。  にこにこ優しい優等生。噂に違わぬ彼の立ち居振る舞いに、蓮はそっと溜息をついた。 (……オレが苦手なタイプだわ)  内心でそう毒づきながら、蓮は背を向けてその場を後にした。  

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