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第27話

 窓から早朝の白い光が、眩しいほどにまっすぐに降り注いでいる。遠くから鳥の鳴き声も聞こえる。朝だ――。  ぼんやりと目を開き、顔を横に向けると、目の前にジークの満面の笑顔があった。 「……もしかして、俺の寝顔、ずっと見てたのか……?」  リュカが掠れた声で言うと、ジークはへへへ、と嬉しそうに笑う。 「うん、見てたよ。可愛いなー、幸せだなーってね」 「まったくジークは……」  恥ずかしいやら呆れるやらだ。  溜息をついたリュカの上に、ジークが圧し掛かってくる。リュカの頬に何度もキスを落とし、ジークはもう一度「あー、幸せ」と言って横に転がった。 「夢みたいだ。これからリュカと毎日一緒のベッドで寝て、朝はおはようってキスして一緒に起きられるなんて」 「……おおげさだな」  思わず笑いが漏れ出た。 「おおげさじゃないよ。ずっと俺の夢だったんだ。リュカにもあるでしょ、大事な夢」 「夢?」 「夜に眠って見る夢じゃないよ。目を開けてみる『願望』の方の夢」 「俺か? 俺は――」  ジークに聞かれ、リュカは答えに詰まった。  自分の夢……なんだろうか。  リュカは幼いころから、ずっと立派な軍人になることが目標だった。それ以外の願望を持ったことがない。特にやりたいと思ったこともなかった。 「思いつかないな」  やっと自由になったというのに、何も浮かばない。  少し寂しく思いながらも言うと、ジークはそっと頭を撫でてくれた。 「花を育ててみるのはどうかな」 「花?」  ジークに提案され、リュカは目を瞬いた。 「あとは……そうだなあ、野菜も育ててみるのはどう?」 「……野菜」 「絵を描いてみるのもいいかも」 「俺は絵心が全然ないんだが」  リュカが困って眉を寄せると、ジークは明るく笑った。 「なんでもいいんだよ。俺たちはこれからなんでもできるんだから」 「ジーク……」  その通りだと思った。  今まではずっと、生き急いでいたのかもしれない。  整えられたまっすぐな道から逸れないように。できるだけ早く目的地に着かなくてはならないと、自分を急き立てていた。 だけどこれからはもう、ゆっくり歩いていいのだ。隣にいるジークの手を繋ぎ、道端に咲いている花を綺麗だと眺め、歩き疲れたら休みながら、舗装されていない土の大地を踏みしめて歩いていく――。 「ありがとう、ジーク」  リュカはジークの頬に手を伸ばした。すりすりと優しく撫で、そして閉ざされたままの左目の瞼にそっと触れる。  普段は眼帯で隠れているその部分。  酷い火傷を負ったジークの左目は、やはり視力が戻ることはなかった。ジークは『リュカを守った証だ』と言って笑ってくれるけど、リュカはこうして傷跡を見るたびに、やはり心が痛む。 「痛くはないか……?」 「ふふ、大丈夫だよ。リュカは心配性だな」  それでもジークは、こうして笑ってくれる。 「ジーク……愛してるよ。いつも俺はジークに救われてる」 「リュカ……」  目を細めたジークが、顔を近づけてくる。そっと唇が重なった。 「俺もリュカのこと愛してる」  二人は目を見つめ合い、微笑んだ。どちらからともなくまたキスを交わす。そして口づけがだんだんと熱を帯びようとしたとき――。  ぐう、と唸るような音が聞こえた。 「ん……?」  もう一度ぐう、と大きな音がした。ジークの腹の音だ。さっきまでの甘い雰囲気は霧散し、二人は同時に吹きだした。 「ははは、すごい音だな」 「……しょうがないだろー、昨日の昼から何も食べてないんだから!」 「そういえばそうだな。思い出したら俺も腹が減ってきた」 ジークが両手を突き出し、ううん、と背伸びをする。起き上がるのかと思いきや、腕を伸ばしてリュカのことを胸に抱き込んだ。 「起きないのか?」 「うん? 起きるよー。起きるけど……もうちょっと」  気持ちの良さそうなジークの声に、リュカは身体の力を抜き、ジークの胸に頬を押し付けた。熱い肌の向こうで、どくどくと心臓が打ち付けている。  熱い血潮が巡っていく音がする。  生きている、と強く感じる。 「なあ、リュカ。家の中に何もないから街に行こうか。最近は朝からカフェってのがやってるらしいぞ。昨日ブランから聞いた」  ジークの声は、直接胸から聞こえてくる。頬がくすぐったく、リュカはふふっと微笑んだ。 「いい案だ。帰りに買い物もしよう。食べ物と食器……」 「あと家具は欲しいよな。テーブルと椅子は必須だ」 「すぐに金がなくなりそうだ」  とリュカが言うと、確かになぁとジークは楽しそうに笑う。 「働き口見つけないとなぁ。俺片目しか見えないけど、どこかで雇ってくれるかな?」 「ジークならどこでも働けるよ。もし駄目でも俺も働くし」 「そうだな。そしたら俺は食事を作ってリュカを待とうかな」  それもいいな、とリュカは微笑みながら目を閉じた。  ジークの待つ家に帰り、一緒に作った料理を食べて。たまには喧嘩もして、仲直りをして、夜は抱き合って眠る。 そうやって毎日を、愛おしい人の隣で、ただ普通に生きていく。  そんな優しい夢を今、二人は叶え始めたところだ。              (了)

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