27 / 27
第27話
窓から早朝の白い光が、眩しいほどにまっすぐに降り注いでいる。遠くから鳥の鳴き声も聞こえる。朝だ――。
ぼんやりと目を開き、顔を横に向けると、目の前にジークの満面の笑顔があった。
「……もしかして、俺の寝顔、ずっと見てたのか……?」
リュカが掠れた声で言うと、ジークはへへへ、と嬉しそうに笑う。
「うん、見てたよ。可愛いなー、幸せだなーってね」
「まったくジークは……」
恥ずかしいやら呆れるやらだ。
溜息をついたリュカの上に、ジークが圧し掛かってくる。リュカの頬に何度もキスを落とし、ジークはもう一度「あー、幸せ」と言って横に転がった。
「夢みたいだ。これからリュカと毎日一緒のベッドで寝て、朝はおはようってキスして一緒に起きられるなんて」
「……おおげさだな」
思わず笑いが漏れ出た。
「おおげさじゃないよ。ずっと俺の夢だったんだ。リュカにもあるでしょ、大事な夢」
「夢?」
「夜に眠って見る夢じゃないよ。目を開けてみる『願望』の方の夢」
「俺か? 俺は――」
ジークに聞かれ、リュカは答えに詰まった。
自分の夢……なんだろうか。
リュカは幼いころから、ずっと立派な軍人になることが目標だった。それ以外の願望を持ったことがない。特にやりたいと思ったこともなかった。
「思いつかないな」
やっと自由になったというのに、何も浮かばない。
少し寂しく思いながらも言うと、ジークはそっと頭を撫でてくれた。
「花を育ててみるのはどうかな」
「花?」
ジークに提案され、リュカは目を瞬いた。
「あとは……そうだなあ、野菜も育ててみるのはどう?」
「……野菜」
「絵を描いてみるのもいいかも」
「俺は絵心が全然ないんだが」
リュカが困って眉を寄せると、ジークは明るく笑った。
「なんでもいいんだよ。俺たちはこれからなんでもできるんだから」
「ジーク……」
その通りだと思った。
今まではずっと、生き急いでいたのかもしれない。
整えられたまっすぐな道から逸れないように。できるだけ早く目的地に着かなくてはならないと、自分を急き立てていた。
だけどこれからはもう、ゆっくり歩いていいのだ。隣にいるジークの手を繋ぎ、道端に咲いている花を綺麗だと眺め、歩き疲れたら休みながら、舗装されていない土の大地を踏みしめて歩いていく――。
「ありがとう、ジーク」
リュカはジークの頬に手を伸ばした。すりすりと優しく撫で、そして閉ざされたままの左目の瞼にそっと触れる。
普段は眼帯で隠れているその部分。
酷い火傷を負ったジークの左目は、やはり視力が戻ることはなかった。ジークは『リュカを守った証だ』と言って笑ってくれるけど、リュカはこうして傷跡を見るたびに、やはり心が痛む。
「痛くはないか……?」
「ふふ、大丈夫だよ。リュカは心配性だな」
それでもジークは、こうして笑ってくれる。
「ジーク……愛してるよ。いつも俺はジークに救われてる」
「リュカ……」
目を細めたジークが、顔を近づけてくる。そっと唇が重なった。
「俺もリュカのこと愛してる」
二人は目を見つめ合い、微笑んだ。どちらからともなくまたキスを交わす。そして口づけがだんだんと熱を帯びようとしたとき――。
ぐう、と唸るような音が聞こえた。
「ん……?」
もう一度ぐう、と大きな音がした。ジークの腹の音だ。さっきまでの甘い雰囲気は霧散し、二人は同時に吹きだした。
「ははは、すごい音だな」
「……しょうがないだろー、昨日の昼から何も食べてないんだから!」
「そういえばそうだな。思い出したら俺も腹が減ってきた」
ジークが両手を突き出し、ううん、と背伸びをする。起き上がるのかと思いきや、腕を伸ばしてリュカのことを胸に抱き込んだ。
「起きないのか?」
「うん? 起きるよー。起きるけど……もうちょっと」
気持ちの良さそうなジークの声に、リュカは身体の力を抜き、ジークの胸に頬を押し付けた。熱い肌の向こうで、どくどくと心臓が打ち付けている。
熱い血潮が巡っていく音がする。
生きている、と強く感じる。
「なあ、リュカ。家の中に何もないから街に行こうか。最近は朝からカフェってのがやってるらしいぞ。昨日ブランから聞いた」
ジークの声は、直接胸から聞こえてくる。頬がくすぐったく、リュカはふふっと微笑んだ。
「いい案だ。帰りに買い物もしよう。食べ物と食器……」
「あと家具は欲しいよな。テーブルと椅子は必須だ」
「すぐに金がなくなりそうだ」
とリュカが言うと、確かになぁとジークは楽しそうに笑う。
「働き口見つけないとなぁ。俺片目しか見えないけど、どこかで雇ってくれるかな?」
「ジークならどこでも働けるよ。もし駄目でも俺も働くし」
「そうだな。そしたら俺は食事を作ってリュカを待とうかな」
それもいいな、とリュカは微笑みながら目を閉じた。
ジークの待つ家に帰り、一緒に作った料理を食べて。たまには喧嘩もして、仲直りをして、夜は抱き合って眠る。
そうやって毎日を、愛おしい人の隣で、ただ普通に生きていく。
そんな優しい夢を今、二人は叶え始めたところだ。
(了)
ともだちにシェアしよう!

