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プロローグ

 咲玖(さく)は数の少ない街灯だけが光る夜道を必死で走りながら、頭の中でこれまでの人生を思い起こしていた。  貧しかったけれど、母さんが生きていた頃は幸せだった。  朝起きると「おはよう」と言ってくれる人がいた。もやしだけの時もあったけど、一緒にご飯を食べる人がいた。寒い時には一緒に布団に入って、温めてくれる人がいた。  丸いケーキなんて食べたことは一度もないけれど、誕生日にはコンビニでイチゴが一つだけ乗った三角のケーキを買って、お祝いをしてくれる人がいた。  そんな些細な幸せさえあれば、十分だった。  きっとこんな幸せを感じられることはもうないのだろう、そう思うと涙よりも笑いがこみ上がる。  ――結構がんばって生きてきたつもりだったけど、やっぱり“ケーキ”として生まれた時点でもう俺の人生は詰んでたんだろうな……。  走りすぎて息もできず、胃から昼に食べたなけなしのパンがせりあがってくる。雪が舞う季節だというのに、その額からは大粒の汗が流れていた。  ふらつく足を支えるため橋の欄干に手を置き、なんとか呼吸を整えようとするが、白く濁った息は視界すら塞いでいく。ただ逃げることに必死で、やみくもに走り続けたせいで自分がどこにいるのかもわからない。ふと、下を流れる名前も知らない川に目線をやると、舞い落ちる雪が吸い込まれるように真っ暗な闇へと消えていった。 「いたぞ!!」  後ろから聞こえた男の声に、咲玖は鉛のように重くなった足を必死にまた前へと進めようとするが、もうそんな体力も気力も残っていなかった。 「全く、無駄な労力をかけやがって」  咲玖と同じように息を切らす男たちに囲まれ、逃げ場をなくした咲玖は欄干によじ登り反対側に降りた。  ケーキとして生まれた咲玖の運命は、捕食者(フォーク)被食者(ケーキ)が存在するこの世界に生まれた時からもう決まっていた。  常に怯えて暮らし、捕まれば喰われる。それが咲玖(ケーキ)の運命。  ――もうそんなものには耐えられない。 「お前らに捕まるなんて絶対にご免だね。アイツに言っといてよ。俺は、お前の思い通りにはならないって」  咲玖は欄干を握っていた手を離し、舞い落ちる雪と共に暗く深い闇の中に吸い込まれていった。

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