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《番外編》戯れ言にしても趣味が悪い

「実は惚れてたんじゃないですか?」 「? 誰の話だ?」 「ルイス・アシュリー。いえ、いまはオーウェン・ロゴフと呼ぶべきなんでしたっけ」  仕事で、とある対象者の聞き取り調査を行った日の夜だった。相手は企業の社長で、接待のような形式だったから、ホテルの一室で歓談しながら酒を飲んだ。  その帰り道。タクシーの中で、眠くなってきたイツキ・カブラギは、酔いもあって、ついうっかり口を滑らせていた。  隣には、こんな時間だというのに一切の乱れがないスーツをしっかりと着込んだ上司、アーサー・デューイが座っている。 「……おもしろい考察だな。どうしてそんな考えに至ったのか、見解を聞かせてもらおうか」  堅苦しい上司は、仕事中の口調のまま静かに問い返してきた。  いつもと変わらず声は冷ややかだが、怒っている様子はない。  だからつい、イツキは調子に乗って、さらに余計なことを口に出していた。 「普段、プライベートな話題を仕事に持ち込むことはしないあなたが、命の危険を侵してまであの弟くんに嫌味を言ったのは、弟くんへの嫉妬心があったからなんじゃないですか?」 「……イツキ、きみも情報分析に関わる者なら、そんな下世話で浅はかなことはわざわざ口にしない方がいい」 「今は勤務時間外です」  赤信号で停車したタイミングで、イツキはふぁ、とあくびをもらした。  いつもだったら、上司にこんな無礼な態度は取らない。今日はめったに口にしないような変わった酒を飲まされたから、そのせいで気が緩んでいるのだ。 「性別はともかく、あなたが好きそうなタイプじゃないですか、彼」  アーサーが男に色目を使っているところは、仕事でも見た記憶がないが、アーサーがいつもにこやかに愛想を振りまいている女性は、金髪で色白で線の細い美人ばかりだ。 「確かに、顔は好みだ」  意外とあっさり肯定された。 「……セックスの相手としてはつまらなかった、というのは嘘なんじゃないですか?」 「まぁカラダは悪くはなかった、と言っておこう」 「ほら」 「しかし、終始上の空の相手を抱いていてもつまらないというのは、男として当然の話だろう?」 「……あなたが下手くそだったからではなく?」 「イツキ?」 「すみません。今のは冗談です」  はぁ、とアーサーはめんどくさそうに息を吐いた。 「本人は礼儀程度に演技しているつもりだったんだろうが、わたしは仕事柄、人の演技を見抜くのが得意だからな……それなりに丁重に扱っても、たいして気持ちよくもなさそうだし、何か考え事をしているようだったから『なにを考えている?』と聞いた。……そしたら、なんて答えたと思う?」  イツキは少し黙り込んで、考えてみた。  オーウェン・ロゴフについては、あまりよく知っているわけではない。ただ、思いつくことといえば……。 「弟のこと、ですか?」 「そうだ。そのまま、『弟のこと』と一言だけ返された」  アーサーは即答した。  すごいなぁ、オーウェン・ロゴフ。素晴らしくいい度胸だ、とイツキはひそかに感心してしまった。 「といっても、別に弟に抱かれる妄想をしていわけではなく、弟との優しい思い出の一場面の記憶を再生していただけのようだった。『まるで呪いのようだな』と言ってやったら、『いいや。あの子は僕にとって、祝福そのものだよ』と言い返された。おかげでこっちは完全に興ざめだ。わかるだろう?」 「ご愁傷様です」  一応、礼儀程度に、イツキも慰めの言葉を言ってやった。 「ただの愛情や執着とは違う……あれは、耐えがたいストレスを感じた時に、心の痛みを麻痺させるために弟のことを考えていたんだ。おそらく、わたし以外の誰かと寝る時や、人を殺す時も、そうやって現実逃避して表面上は正気のふりをしていたんだろう」  精神分析にも定評のあるアーサーの言うことだ。なるほどなぁ、とイツキは納得する。 「弟がどこかでのたれ死にしてくれていたら、あれはもっとおもしろい狂人になっただろうな。残念だ」 「悪趣味ですね」  なるほど、その狂人をからかっておもしろがっていたのに、狂気の末に弟を取り戻して感動の純愛ストーリーみたいになってしまったのがおもしろくないのか。  本当に悪趣味で、最低の男だ。  それなりに好みだった相手が、自分との行為を『耐えがたいストレス』と感じていたことを自覚できるくらいに客観的で冷静なところは、とてもこの仕事に向いている気がするけど。 「……なにを笑っているんだ、イツキ」  気づけば、くっくと喉を鳴らして笑っていた。 「いや、あなたがフラれたみたいで、とても愉快だな、と思いまして」 「わたしが本当に下手くそでなかったのかどうか確かめたいなら、このあと部屋に呼んでやってもかまわないが?」 「遠慮しておきます。あなたの顔は嫌いではないですが、僕の好みはどちらかというと、あの弟くんのような、物静かで献身的なタイプなので」 「ははっ。少しは冗談が上手くなったようじゃないか」  薄暗いタクシーの車内では、アーサーの顔はハッキリとは見えない。  見えないのに、自信たっぷりにニヤニヤしているのがよくわかる。  戯れに髪を触られそうになったが、イツキはすかさず振り払った。 「そもそも、僕はあなたの好みのタイプではないでしょう」 「確かに、顔と髪の色はわたしの好みとはかけ離れているが、脱がしてしまえばたいして気になることではあるまい。部屋を暗くしてしまえばあまり見えないし」 「最低」  節操がなさすぎる。この顔と、鍛え上げられた肉体だから女にはモテるらしいが、本当に中身はろくでもない。  オーウェン・ロゴフは、逆に男を見る目があったということだろう。 「僕も、あなたの下で働くのは耐えがたいストレスなんですが、どうしたらいいのでしょうか?」  生憎と、ストレスを誤魔化すために思い浮かべる相手もいない。 「そういうことは、もう少し一人前に仕事ができるようなってから言うことだな、イツキ」  今度は、鼻で笑われる気配があった。  ――ああ、くそ。  やっぱり、一緒に帰ろうと言われた時に、断っておけばよかった。  宿泊先に着くまで、推定であと十分。  どうか、何事もなく一人でさっさと帰してくれますように、と祈るしかない。     fin

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