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空くんの声

「おはよう、空くん。弦くんが来ましたよ?」 ドアを2回ノックして、少しおどけながらドアの背にもたれかかる。 中の音をじっと探っていると、ベッドが少しギシッと軋む音がして、前と同じように、壁の向こうにトンと誰かがもたれかかるような気配がした。 なんや、これ…… こないだドアが開いた時もめちゃくちゃ嬉しかったけど、メッセージのやり取りをするようになって、少しずつ仲良くなって。俺が来たのがわかると、こうしてドアのすぐ近くまで寄ってきてくれる。 顔は見えへんのに、なんだか無性にドキドキする。俺にだけ特別な何かを許してくれているみたいで。 「メッセージで送ったお酒、昨日兄貴の幼馴染のもとちゃんが持ってきてくれてな? 一緒に美味しいフルーツジュースも持ってきてくれたんよ。これはリンゴジュースで、こっちはみかんジュースやって。あとで野中さんに渡しておくから、お昼ご飯の時、出してもらいな?お酒も冷やしてもろとくから、1人の時にでもゆっくりどうぞ」 そこにいる確かな気配が嬉しくて、今日は一段と気持ちが弾む。あの日、激しく拒絶されて虚しかった時のことが嘘みたいに、自然と笑顔が止まらへん。 「あ! そうや。今日実は、俺の弟も来てんねん。洸って名前でな、空くんと同じ年齢か、洸の方がちょっと上なんかな? 美容師見習いでさ、最近ちょこちょこカットもやってて……。あ、良かったら呼んでこよか? 俺より歳近いし、話合うかもしれんし!」 今の、少し柔らかくなっている空くんやったら、新しい風として俺のバディを呼ぶのもありかもしれん。 そう思いついて、その場を立とうとした、その瞬間。 ブブッ、と手の中のスマホが短く震えた。 『げんがいい』 「はうあ……っ! なんて尊い……!!」 あまりの破壊力に、思わず廊下で大声が漏れた。 なんやこれ、心臓に悪い。洸が俺の事褒めてくれたり、健気に頼ってくれたりした時の、あの感動で心が震える感覚に似た最上級が襲ってきた。 その時──微かに、本当に微かやけど。 ドアの数センチの隙間から、 「……ははっ」 という、甘くて楽しそうな笑い声が聞こえた気がした。 え? 今の、空くんの声……!? 俺が空くんの生の声を聞くのは、これで2回目や。初めて会った夜は消え入りそうな弱々しい声やったのに、今度は、俺のリアクションを面白がってくれたような、楽しそうな笑い声。 顔も見たことがない。正面でちゃんと話したこともない。なのに、胸の奥がキュンと甘酸っぱく締め付けられる。 「……ほんまに、無理やったら全然ええねんけど。ほんまは、な……。出来たら、空くんの顔見て話したいな」 願うように、ドアの木目にそっと手のひらを当てて、そこにいるはずの空くんに伝える。 あかんよな、こんな偶然で近寄ってきただけの、ただのお節介な隣人の言うことなんて、聞いてくれるわけないよな──。 俺の願いを聞き入れてくれるかのように、又スマホがブブッと震える。 『兄貴に頼まれたん?』 画面に表示された文字に、俺は少し背筋を伸ばした。ドアの向こうに真っ直ぐ届くように、芯のある声で言葉を紡ぐ。 「……違うよ。クッション返しに来てくれた時、野中さんと偶然空くんのお話になって。……俺が、空くんと話したいなって思ったから来た。今日も、俺自身の意思で来た」 初めは、ただのミッションであり、お節介やったかもしれん。だけど今は、ほんまに、純粋に空くんと友達になりたいと思ってる。 その時、カチャリと静かな金属音が響いた。 鍵が開く音。そして、ゆっくりと、そっとドアの隙間が広がっていく。 嘘やろ……ほんまに開いた……! カーテンを閉め切った薄暗い部屋の空気。数センチの隙間からは中の様子はほとんど確認できひん。やけど、すぐそこに空くんの気配がする。 「……こんにちは」 突然のことに何を言っていいのかわからず、とりあえず、5センチも開いていないその隙間に向かって、お昼の挨拶をしてみる。 「……ふふっ、こんにちは」 少し機嫌の良さそうな、柔らかい空くんの声が返ってきた。 よしきた!!あー! もう! たまらん!! ガッツポーズをしながら、グッと堪える。俺、今嬉すぎてして小躍りしそう!! 「空くん……こんにちは!」 感動で少し涙が出そうになるのを堪えて、もう一度勢いよく挨拶を返したら、 「なんで2回目?」 と、またふふっと楽しそうに空くんが笑った。 どうしよう、突然の奇跡に頭が追いつかへん。とりあえず何を話す? 映画の話? それとも『ONE PIECE』の話が良いか!? 俺がパニックになっていると、ドアの向こうからポツリと呟きが零れた。

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