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【九】青羽―一番街のスターダスト④ 最終話
「はははは。すっかり尻に敷かれとるわい」
超絶イケメンが、耳を垂れてしゅんとしている横で、虎爺さんが腹を抱えている。
「それじゃ、我々は失礼します」
「お幸せに」
入れ違いに花束を抱えて訪れたのは、Bチームのリーダーだった。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ねえ、佐藤さんは本名なの?」
「いいえ、私は相沢と申します」
「おや、あんたも相沢さんかい?」
虎爺さんがピクリと反応した。
「ええ。二代目相沢です。初代は育成担当になりました」
「ほう……それじゃ三代目もいると」
「青い龍神(ブルードラゴン)は、抜かりないお方ですから」
俺と透がちんぷんかんぷんな顔をしていると、相沢さんが朗らかな笑い声を上げた。
「相沢は、スパイの通称です」
「やはりそうか……。すっかり騙されたよ。俺に気があるフリをしたのは、計算してのことか」
「敵を欺くには、まず味方から。あなたはいい男だけれど興味はないわね」
肩をすくめる相沢さんには、いつもの黒眼鏡はなかった。
「眼鏡も変装?」
「ふふ。あれはカメラ搭載型の眼鏡だから、いまは必要ないの」
「だから重そうだったのか」
「そう見えたのなら、改良が必要ね……」
「高木と抱き合っていたのは、芝居か」
透が疑問を投げかけた。
「そう。彼と情報交換していたの」
「あいつ、Bチームの女子大生とも抱き合っていたぞ」
「あれは迫られていたようですね。彼はイケメンですから」
「爽やかイケメンだよな」
「青羽!」
透がプンスカしているのが、なんだか可愛いぞ。
「子だくさん鈴木さんと山本のおばちゃんは、非常階段で何を揉めてたのかな」
スパイはどこまで探っていたのだろう。
「あの二人は、どうやら惹かれ合っているようですよ」
「ええええ~」
まさかの不倫?
「ちなみにプラトニックです。彼を励ます友人でいるつもりだったが、奥様が亡くなって交際をためらう彼に、彼女が業を煮やしたようです」
コンコン。ガチャリ。
「こんにちは」
なんと、今度はテツさんが現れた。
「今日は騒がしい日じゃな」
虎爺さんが呆れ顔だ。
「山本先生の許可が下りたら退院と聞きました。これから青羽君をお連れしたい場所があります」
「テツさん、どこに行くの?」
「山本ホスピタル医院です。奈々さんが出産後に死亡しました」
「!」
「来週会いに行こうと思っていたのに、なんで……」
※ ※ ※
その可憐な瞼や唇は閉じられ、何も語ることはない。死に装束が不憫すぎて、棺に収められた義妹を直視できなかった。
後悔する人生は送りたくない。そう決意した矢先に訪れた奈々の死。義妹は秘密の森で見つけた湖のように、静かで、清らかだった。
若い。人生に幕を下ろすには、十七歳は余りにも若すぎる――。
蓋を閉じて喉の塊を飲み込むと、白髪の医師へと頭を下げた。
「奈々がお世話になりました」
「ご愁傷様です」
ホスピスに似つかわしくない新生児室へと案内され、ガラス越しに奈々の息子と対面した。産着に包まれた小さな命は、母の死も知らずに眠っている。
『青羽兄ちゃんに、この子を育ててもらいたい』
それが彼女の遺言だった――。
看護師が赤ん坊をバスタオルで包み、抱き上げてこちらにやってくる。
「もし引き取るのでしたら『父親側からの追跡を絶つように配慮する』とあの方がおっしゃっています」
背後で相沢さんがそっと告げた。
「抱いてあげないのか」
「抱いたら、あの子が不憫で離してあげられなくなる」
この子は母親を亡くし、この星で味方がいなくなってしまった。小さな右手には苦労、左手には孤独を握りしめて生まれてきた赤ん坊の幸福は、どこにあるのだろう。
「後悔のない人生を送るんじゃなかったのか」
愛する人が翡翠の瞳に愛を滲ませ、見下ろしている。それでもまだ俺はためらった。手を伸ばせば、伴侶の人生も変えることになってしまう……。
「!」
赤毛の麗人は長い足で歩を進め、スライドドアを開けて赤ん坊を受け取ってしまった!
「うわ、軽いな……。青羽、ほら抱いてみろよ」
諦めではなく決意さえ滲む透の表情は、俺の不安を吹き飛ばしてしまった。涙でぼやけて赤ん坊の顔がよく見えない。彼は奈々に似ているのか?
「……うん!」
「名前はどうしようか」
「繁華街のネオンに霞まないような、強い名前がいいな」
透は、北欧神話に登場する『赤毛の雷神 』と同じ名前だ。赤毛の海賊が守護神なら、きっとこの子は幸せな人生を送るだろう。
俺と透と小さな赤ん坊。
息子の耳に響くのは、男たちの子守歌だ。
東北一の繁華街で、精一杯輝いて生きていこう―――。 (完)
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