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「おかえりなさい」  そう言って微笑むアクアに、レンは小さく頷く。オルキウスはにこにこと王子モードに戻っている。 「あれ……」  ふと、レンはアクアが左腕を押さえていることに気がついた。 「それ」 「ああ……。ちょっと、流されてる間にどこかにぶつかったみたいで」  アクアの袖は裂け、左腕には長い切り傷が走っていた。傷口から滲んだ血が、白い肌を細く伝っている。 「は、早く言え!」  レンは慌てて駆け寄る。しかし、はっとした。  (俺……回復魔法、使えねえ)  レンは攻撃特化だ。モンスターを一撃で倒せても、防御を張ったり回復をしたりすることはできない。  アクアの赤い血を見ながら、愕然とする。 「このくらい、大丈夫です」  そう言って笑おうとするアクアに、レンはずきりと胸が締め付けられた。 「アクア、腕を出せ」  その時、オルキウスがそっとその腕をとった。大きな手をかざすと、やわらかな白い光と共に、みるみるアクアの傷が塞がっていく。 「わ……。すごい。ありがとうございます」 「回復魔法も習得しておいて良かった」  感動するアクアに、にこりとオルキウスが笑う。  レンは俯いた。 「……どうした?」  オルキウスが覗き込んでくる。  だけど、レンはしばらく顔を上げられなかった。  ぐっと拳をきつく握りしめる。  アクアから流れる赤い血。 『攻略対象として――』 『イベントを回収して――』 『ゲームでの正解は――』 「大丈夫ですか?」  アクアが心配そうに声をかけてくる。  はっとその顔を見た。  ゲームのスチルとはもちろん違う。  人間の顔。  生きている、人だ。  レンは目をわずかに見開いた後、その赤い目を苦しげにすがめた。  (何やってんだ、俺は……)  アクアも。  オルキウスも。  アルシオンやフィン、ルカも。  名も知らない、生徒たちも。    みんな。  ここに――現実に、生きている。  ゲームの……自分の駒じゃない。 「オル。一つ頼んでもいいか」  レンはすっと顔を上げる。赤い目は鋭く光り、魔力が満ちていくのを感じる。  両手が|黒鉄《くろがね》のように鋭く硬化していく。  腰からはサメの尾ひれが生え、力強く波を起こす。  ぐぐぐ、と体が軋むように膨らみ、背びれが生える。  戦闘形態に入ったレンを見て、アクアが感嘆の声を上げる。 「すごい……」  肩をすくめたオルキウスが言う。 「アクアは任せておけ」  その言葉に、レンは頷いた。  集中して深く息をする。 「――……一気に戻る」  レンは海底に着いた両足にぐっと力を込めた。  十分力をためる。    そして――全力で跳躍した。  その瞬間、ゴウっと音を立てて激流が起こる。    オルキウスはしっかりとアクアをつかんで、流されないようにする。  ――最強のホホジロザメが通った後には、モンスターどころか海藻までも根こそぎ薙ぎ払われていた。  彗星の如くあっという間に消えてしまった男の後を、オルキウスはふっと口角を上げて見つめた。

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