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エピローグ

あれから、宮殿内は騒がしかった。 今回の誘拐事件の主犯だったカヴェンディッシュ卿は逮捕され、王室内部に他に内通者がいないかなど、事件の後処理に追われていた。 ようやく落ち着いて、日常が戻って来たのは、あの事件から二週間ほどが経ったあとだった。 三月、春の訪れを感じるすこし暖かい風が、ケンジス・ハウスの中庭をやさしく舞う。 僕達はベンチに並んで座り、アルバムを眺めていた。 カイの体には、あの事件で負った傷がまだ残っている。 ほんのり日焼けした健康的な肌に残った傷痕が、あの日の夜を忘れさせてくれない。 「まーだ気にしてんのかよ……」   僕の視線が傷痕に向かっていることに気づいたカイが、あきれた顔をする。 「僕のせいだからね」 「こんなんあと数日もすれば治る」 「……そうだといいんだけど」   カイは僕の頭を少し乱暴になでながら「男の傷は、勲章! だろ?」と茶化す。 「本当、男らしいね」 「まあな」   そう言ったカイの表情は柔らかい。 あの日から、カイはよくこういう表情をするようになった。 「へー……。ここがお前ん家の別荘か」 「そうだよ」   長期休暇で過ごす別荘での家族写真を見ながら、カイは「別荘っていうか、もはや島だろ」と独特の感想をつぶやく。 「カイは?」 「ん?」 「昔の写真、ないの?」   僕が質問をすると「母さんとの写真なら、探せばどっかにあるんじゃねえか?」とひどくどうでもよさそうに答える。 「そっか……」 「まあ、写真とか好きじゃねえからな」   僕は開いていたアルバムを閉じてカイの顔を見る。 「それじゃあ、グランパの写真は?」 「祖父さんの?」 「うん。君が尊敬するグランパの写真……僕も見てみたいな」   僕の言葉を聞いたカイは、少しだけ目を見開いたあと、目を細めて微笑んだ。 「唯一持ってきてた写真は、あのバカ達に破かれたからな」 「……そんなこともあったね」   僕が釘を刺さなかったせいで破られてしまったグランパの写真を思い出して、僕は胸が痛んだ。 「まあ、でも、他の写真は日本に行けばあると思うぜ」 「……そっか」   そう言って笑う君の笑顔は、本当に美しい。 君は本当に、グランパが大好きなんだね。 「それじゃあ今度行こうよ」 「どこに?」 「ジャパンだよ! 行ってみたい」   僕がそう提案すると「日本くらい公務でも行ってんだろ」とカイがあきれた。 「違うよ、仕事じゃない。僕が行きたいのは、カイがグランパと育った君の故郷だよ」   先ほどよりも目を見開いたカイの顔を見て、僕は思わず吹き出した。 「なんでそんな驚くのさ」 「もの好きだなってあきれてたんだよ」 「君のすべてが知りたいんだ」 「間に合ってまーす」   ああ、知ってる。 断られると思ったよ。 だけど、諦めの悪い僕はカイの手を取って、彼の手の甲に口づけをする。 「そんなこと言わないでよ。代わりに、僕のすべてを教えてあげるから」   そう言って笑った僕を、カイは少し引いた目で見ていた。 ひどいなあ、僕の渾身の口説き文句を聞いてそんな顔をするなんて。 「……バーカ」 「予想通りの返答をありがとう」   お互い予想通りの反応だったからか、僕達は思わず吹き出した。 *   「なーんかいい感じなんじゃん?」 「本当にね」 「くっ……!」   ルシアンとカイ、二人からは少し離れた位置に建っているガゼボにはエリオット、セオドア、アーサー、そして双子のルーカスとエレノアがお茶会を楽しんでいた。 「悔しいですけど、お兄様とカイは並んでいると絵になりますわね」 「なに話してるんだろー? 僕も兄様達と遊びたいなー!」 「ルーカス、待って! お邪魔虫しちゃダメだって!」   二人のそばに駆け寄ろうとするルーカスを、セオドアが呼び止める。 紅茶を楽しんでいるエリオットに「エリオット皇太子殿下……本当によろしいのですか?」とアーサーが声をかける。 「ん? なにがだい?」 「失礼ながら申し上げますが、カイは庶民……。そして男です」 「そうだね」   アーサーの言葉を肯定したエリオットにアーサーはさらに質問をする。 「由緒正しきわが国の王室に……」 「おいおい、まだそんなツンデレみたいなこと言ってんのかよ」   あきれたように笑いながらテーブルに戻って来たセオドアは「カイがぶっ倒れたって聞いた時、お前が一番取り乱してたじゃねーかよ!」と暴露する。 「な! だ、断じてそんなことはない! あいつが倒れたらルシアン殿下のご迷惑になると思っただけだ!」 「へーへー、そういうことにしておいてやるよ」 「貴様……!」   二人のやり取りを聞いていたエリオットは、お気に入りのカモミールティーを一口。 「ふふっ」   エリオットはカップをソーサーの上に置くと「そんなことを言って、君だってもう二人を認めてるんじゃないのか?」と笑う。 「うっ……!」   全てを見透かしているようなエリオットに、アーサーはなにも言い返せなかった。 「俺はね……ずっとルークに申し訳ないと思ってたんだ」   そう言うと、エリオットはルシアンとカイに視線を向ける。 「僕が病弱に生まれたばかりに、ルークには窮屈な思いをさせてきたな……って」   二人をやさしい眼差しで見つめるエリオット。 「あんな風に、一人の男として幸せそうなルークの姿を見ることができて、俺は幸せだよ」 「……同感です」 「本当ですよね」   アーサーとセオドアはエリオットの言葉に大きくうなずいた。 「さてと……。俺の仕事はこれからだ」 「……と、言いますと?」   エリオットはにっこりと微笑んだ。 「二人が見つけた還る場所を、ずっと護れるようにしないとね」   エリオットの言葉に、アーサー、そしてセオドアが静かにうなずく。 三人の視線の先では、ルシアンとカイが本当の笑顔で笑い合っていた。

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