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第6話 阿鼻叫喚の体育祭

「うわ、降ってきた」  誰かのそんな声で俺は暗い空を見上げた。  ポツっとメガネのレンズに雫が落ちてきて渋面を作る。 (ここでかよ)  これからリレーが始まるという時に。  雨脚は強まる一方だったが、流石にここまできて体育館に移動はないだろう。  応援合戦も雨の中最高潮を迎えている。  案の定このまま決行のアナウンスが入り、ピストルの合図で第一走者たちが一斉にスタートした。  トラックをひとり半周するリレーは目まぐるしく順位を変えながら進行し、あっという間に俺の前の奴がバトンを受け取り半周向こうを走り出すのが見えた。  リレーなんて慣れたものだが、やはり少しの緊張を覚える。  軽く準備運動をしてからコースに出てそいつが来るのを待つ。その間に2人俺の傍らを走り抜けていった。  うちのクラスは現時点で3位。三鷹にバトンを渡す前になんとか今の2人抜きたいところだが行けるだろうか。  そんなことを考えながら俺は前の奴からバトンをしっかりと受け取り、走り出した。  全身で雨を受けながら、先ず1人を抜き、現一位の奴との差をどんどん詰めていく。  ――行ける。  基本、三鷹以外の奴に負ける気はしなかった。  そして俺は1位に躍り出た。わっと歓声が巻き起こり、俺は束の間の1位の座に興奮を覚える。  このまま前方で待ち受ける三鷹にバトンを渡せば俺の役目を終わりだ。  三鷹が俺の方を振り返りつつ走り出す。  掛け声を合図に後ろに出された奴の手に俺は押し込むようにしてバトンを手渡した。  颯爽と走り出す三鷹。  俺は後続の奴らの邪魔にならないようトラック内に入りすぐさま三鷹を目で追った。  あいつならこのままぶっちぎり1位間違いなしだろう。そう誰もが思ったはずだ。  ――しかし。 「!?」  雨でぬかるんだ地面に足を取られたのか急に三鷹は足をもつれさせ、そのまま思い切り転倒した。  歓声が一転、大きな悲鳴に変わる。 「嘘だろ……?」  喉から小さく声が漏れていた。  あの三鷹が、あんなふうに無様に転ぶなんて。  泥だらけになってなんとか体勢を立て直そうとしている三鷹を後続の奴らが次々抜いていく。  いつも腹が立つほどに完璧で、なんでもスマートに熟すあいつのあんな惨めな姿を見るのは初めてだった。 (三鷹……?)  そのとき、なぜか先ほどの鳶田の声が蘇った。  ――ああ見えて、内心では深く傷ついてるかも。 「っ、何やってんだ蓮! 走れーーー!!」  気が付けば、俺は思いっきりそう叫んでいた。  こんなにデカい声を出すのなんてガキの頃以来で、喉がビリビリと震えた。  お陰でしっかりと届いたのだろう、三鷹の奴が驚いたようにこちらを見るのがわかった。  奴はすぐに前に向き直ると再び駆け出した。  それからの追い上げは凄かった。  先ほど抜いていった奴らを次々追い越し、そしてあいつは見事1位でゴールテープを切った。  一瞬の静寂からの凄まじい大歓声。  泥だらけになりながらも皆から、別クラスの奴らからも祝福される奴を見て、俺はふぅとため息をついた。 (ったく。驚かせやがって……)  雨のせいで大分見づらくなっていたメガネを外し、体操着で軽く水気をふき取って再度掛け直す。  ……あいつのことは気に食わないが、あいつが他の奴らに負けるのはもっと気に食わない。 (お前を負かすのはこの俺なんだからな) 「雀野!」 「へ?」  顔を上げると、今さっきまでトラックの半周向こうで皆に囲まれていた奴が目の前にいた。  近くで見ると本当に泥だらけで、あちこち血が滲んでいた。  早く救護テント行けよと思っていると案の定女子連中が心配そうにこちらに駆け寄ってくる。 「好きだ」 「……は?」  奴の口から発せられた言葉に、俺は間抜けな声を返していた。おまけにかなりの間抜け面をしていたと思う。  そんな俺をまっすぐに見つめ、三鷹は続けた。 「僕、雀野のことが好きだから。覚えておいて」  そうしてにっこりと満足げな笑みを浮かべると、奴はひょこひょこと足を引きずりながらひとり救護テントの方へと歩いていく。  残された俺は固まっていた。  ついでに周りの空気も完全にフリーズしていた。  いっそこのまま時が止まってくれればいいのにと頭の隅で思ったが、当然そんなことはなく。 「えぇーーーー!?」 「いやあああーー!!」 「うそ〜〜~~!」  ……女子たちの阿鼻叫喚で今年の体育祭は幕を閉じたのだった。

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