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第8話 真夏日

「今、女子どもの間では雀鷹か鷹雀かで二分してるみたいだぞ」 「たかすず……? なんだそれ」  体育館入口の段差に腰掛け、単語帳片手に菓子パンを頬張りながら俺は首を傾げた。  梅雨に入り、最近は屋上が使えず専らこの場所で雨音を聞きながら鳶田と昼休みを過ごしている。 「分かりやすく言うと、お前と三鷹、どっちが女役かってことだな」 「はぁ!?」 「ちなみにそこに俺が入って三角関係ってのもアリらしい」 「はぁ……どうなってんだよ女子の頭の中はよ」  俺は呆れ果てて再び手元の単語帳に目を落とした。  しかし、そこでふと気づく。 「てか、お前それどこ情報だよ」  三鷹の噂といい、女子の間の流行といい、いつもどこからか情報を得てくる鳶田。  だがこいつが学校で俺以外の奴と話しているところをほとんど見たことがない。  今更ながら不思議に思って訊くと鳶田は平然と答えた。 「主に妹から情報」 「あぁ、妹……は!? ちょっと待て、お前の妹確かまだ中学だったよな!?」 「そ。中学の方までお前らの噂は広まってるってこと」 「……最っ悪だ……」  中高一貫校のこの学校に鳶田の妹がいるのは聞いていたけれど、まさかそこまで俺たちの話が広まっているなんて……。  メガネを外し眉間を押さえていると、鳶田がそんな俺の顔を覗き込んできた。 「それよりお前クマ凄いけど、ちゃんと寝てる?」 「毎日3時間は寝るようにしてる」 「いやいや、少ないだろ!」 「あんな宣戦布告されて、今度こそ負けるわけにいかねぇだろーが」  期末テストまであと1週間。  三鷹も俺のことを意識しているとわかった今、本気で負けるわけにはいかなくなった。 「なんとしても、今回は俺が1位をとる」  宣言して単語帳に目を落とすと隣で鳶田が大きな溜息をついた。 「倒れても知らねーからな」 「そんなヤワじゃねーよ」  ――あれから、三鷹からは特に何のアクションもない。  たまに視線を感じることはあっても基本気付かないふりをしているし、表面上は以前と変わらない日常が戻っていた。  ただ知っておいて欲しかった、と奴は言った。 (それで俺が絆されるとでも思ったのか?)  あり得ない。  完全なる戦略ミス。  ざまぁみろだ。  どうせもう嫌っていることは知られているのだ。徹底的に嫌ってやろうと決めた。  その上で、次こそはあいつに勝ってやろうと俺はいつも以上に闘志を燃やしていたのだった。  ――しかし。  それは期末テストを3日後に控えた、梅雨の合間の真夏日だった。  4時間目の体育の授業、俺たちのクラスは体育館でバレーボールの練習試合をしていた。  窓はどこも全開で風が通るにしてもムシムシとうだるような暑さで、全身が火照って仕方なかった。 (あー、早く教室戻って内職してー)  内職、無論テスト勉強のことだ。  一分一秒だって惜しい今の俺にとって、体育の授業ほど面倒で無駄に思える授業はなかった。 (初日コミュ英と古典だったよな、そろそろ完璧にしとかねーと) 「雀野頼む!」 「へ?」  誰かの声でハッと我に返ったときには遅かった。  気づけば白く大きなボールが眼前に迫っていて。  バンっ!  俺は顔面でバレーボールを受け止めるハメになった。  目の前がブラックアウトし頭がぐらりと揺れる。 (や、べ……)  そのまま俺は床に倒れ込んだ。 「キャーー!」 「大丈夫か!?」 「――!」  悲鳴や慌てた声、バタバタと皆が集まってくる足音が遠く聞こえる。 「雀野!?」  そんな中最後にはっきりと聞こえたのは、あいつの……三鷹の声だった。  そこで、俺は意識を手放した。   *** 「ちゅんの!」  子供特有の甲高い声が耳に響いた。 (誰だ……?)  ――いや、知っている。  酷く懐かしいこの声は。 「ちゅんのはいいなぁ」  ……そうだ。  これは小学生の頃のあいつの声だ。 「僕、ちゅんのみたいになりたい」 「俺みたいに?」  訊き返すと、あいつは「うん!」と勢いよく頷いた。 「ちゅんのみたいに、明るくてカッコ良くて皆に優しい人気者になりたい!」  そんなふうに言われて嬉しくて、でも少し恥ずかしくて。  ――俺はあのとき、あいつになんて答えたのだったか……?   *** 「――」 「――!」  誰かの言い合うような声が聞こえて、俺の意識はゆっくりと浮上していった。 「……とにかく、これ以上あんま刺激すんなよ」  鳶田の声だ。  いつも飄々としているあいつが何やら珍しく怒っているようだ。 「俺にとっては大事なダチなんだからな」 「……わかってるよ」  続いて聞こえてきたのは三鷹の声――。 (……三鷹!?)  一気に覚醒し、俺は目をかっぴらいた。  まず視界に飛び込んできたのは白い天井。次に白いカーテン。  そして自分が白いベッドに寝かされていることに気付いた。 (そうか、俺ぶっ倒れて……)  瞬間病院かと思ったが、窓から校舎が見えてここが保健室だとわかり少しだけほっとする。  だがすぐに先ほどの出来事が蘇り、俺は両手で顔を覆った。  ボールを顔面に食らってぶっ倒れるなんて、マジで格好悪すぎる。  穴があったら入りたい。そのままいっそ埋まってしまいたい。  と、そのとき足音が近づいてきて俺はとっさに寝返りを打ってそちらに背を向けた。  カーテンが開けられてじっと息をひそめていると、ベッドの足元が揺れて誰かがそこに腰掛けたのがわかった。 (鳶田か? それとも) 「ちゅんの、起きてる?」 (お前かよっ)

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