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第17話 最後の意味
なんだよ。
なんだよ、それ。
(留学って、どういうことだよ)
走りながら、あいつの言葉が耳に蘇る。
『諦めるから、最後の我儘。……ダメかな?』
最後って、そういう意味かよ……!
全力で走って辿り着いたのは、あいつが住んでいるタワーマンションだ。
小学生の頃、何度か入った覚えのある玄関ホールに久しぶりに入り、呼吸を整えてから記憶にある部屋番号を押し、呼び出しボタンを押す。
少しして、「はい?」と怪訝そうな女性の声が聞こえてきた。おそらくはあいつのお母さん。
制服を着ているとはいえ、いきなり知らない奴が訪ねてきて不審がるのは当然だ。
俺はすぐにカメラに向かって口を開く。
「あの、俺、三鷹……蓮くんと同じクラスの雀野です。蓮くんは今」
居ますか? と続けようとして。
『え!? 真央くん!? やだ〜久しぶりねー! 全然わからなかったわー!』
そんなバカデカい声が玄関ホールに響き渡りびっくりする。
『ごめんなさいね~、蓮、今出かけちゃってていないのよ』
それを聞いて少しホッとする。
既に海外に行ってしまったわけではないらしい。
それならまた来ますと答えようとして。
『もうすぐ帰ってくると思うから、上がって待ってて』
「えっ」
言うなり横の自動ドアが開いて慌てる。
瞬間迷ったが、ここまで来たのだと覚悟を決める。
俺はカメラに向かって一礼し、少しの緊張を覚えながら数年ぶりにこのマンションに足を踏み入れた。
エレベーターに乗りながら昔を思い出す。
初めてここに来たのは確かあいつが転校してきたばかりの頃、友達数人でお邪魔したのだ。
そのときも三鷹のお母さんは俺たちを歓迎してくれた。越してきてすぐに息子が友達を連れてきたことを喜んでいるように見えた。
「いらっしゃい。どうぞ」
「お邪魔します。突然すみません」
そう言って部屋に上がらせてもらう。
三鷹のお母さんはあいつによく似ていて綺麗で優しいお母さんという印象があったが、今もその印象は変わっていなかった。
「いいのよ。真央くんならいつでも大歓迎。でも本当に久しぶりね~。蓮の口から真央くんの話はよく出るんだけどね」
そう言って三鷹の母親はふふと上品に笑った。
どういう顔をしていいかわからず、とりあえず愛想笑いを浮かべる。
「この間も体育祭で大活躍だったんでしょ? 勉強も出来てスポーツも出来てほんと凄いわぁ」
「いえ、み……蓮くんだって大活躍でしたし」
(てか、あいつ親に喋りすぎだろ)
祭りの話といい、これまでもずっとそうだったのだろうか。
だとしたら、かなり恥ずかしい。
ここで待っていてと広い居間に通されて、俺はソファの端っこに座った。
(やっぱ、すげぇ景色)
この部屋から見える景色が絶景で、昔、友達皆で窓の前に集まり「すげー!」と騒いだことを思い出す。
今は残念ながら曇り空で、絶景とは言い難いけれど。
「麦茶でいい?」
「あ、すみません」
全力で走ってきて喉は乾いていたので有難くいただくことにした。
「この間、蓮と一緒に夏祭り行ったんでしょう?」
キッチンからそんな声が聞こえてきてギクリとする。
「あ、はい」
「あの子真央くんと一緒に行くんだって本当に楽しみにしててね。ふふ、昔っからあの子ほんと真央くんが大好きなのよ」
あははと愛想笑いを続けながら、内心顔が赤くなってしまわないよう必死だった。
麦茶がテーブルに出され、お礼を言って早速一口飲んだときだ。
急に、お母さんの顔が曇った。
「でもね、最近ちょっと元気がなくて。学校も休んじゃってね。まぁ、環境も変わるし色々と準備もあるから仕方ないんだけど、ちょっと心配でね」
お母さんは俺が留学のことを三鷹から聞いていると思っているのだろう。
なんと答えようか逡巡していると。
「でもこうしてまた真央くんが来てくれて良かったわ」
「え?」
「あの子のこと、よろしくね」
「あ、……はい」
よろしくの意味はわかりかねたけれど、視線を落とし俺はしっかりと頷いた。
そんなときだった。
ガチャっと玄関でドアの開く音がして、「ただいま」とあいつの声が聞こえてきた。
お母さんがそれを迎えに行って、嬉しそうに言う。
「おかえりなさい。お友達が来てるわよ」
「友達?」
そして、居間に現れた三鷹は自宅のソファに座る俺を見て大きく目を見開いた。
「雀野……」
「お邪魔してます」
そう言うと、三鷹は戸惑うように一度目を泳がせてから諦めたように俺と視線を合わせた。
「びっくりした。どうしたの、急に」
そのぎこちない笑みをまっすぐに見返して、俺は答える。
「話があって」
「……そっか。僕の部屋今散らかってるし、外でもいい?」
「あぁ」
俺は出してもらった麦茶を一気に飲み干して改めてお礼を言った。
三鷹のお母さんは「いってらっしゃい」と俺たちを笑顔で送り出してくれた。
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