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第18話 あの日の風景

「……」 「……」  黙って三鷹の後をついて行く。  奴はこちらを見ようともしない。  訊きたいことはたくさんあったが、その背中が俺を拒否しているように思えて話しかけられずにいた。  しばらく無言で歩いて、その行き先に思い当たる。 (もしかして……)  そして思った通り、三鷹が足を踏み入れたのは数日前にも訪れたあの神社だった。  あの時の賑やかさが嘘のように静謐な雰囲気を纏った神社の長い階段を上っていく。 「あのお祭りの日」 「え?」  やっと口を開いた三鷹の背中を見上げる。 「本当は、あんな話するつもりなかったんだ」  こちらを見ずに奴は続ける。 「本当はね、もっと違う話がしたかったんだよ」  そうして漸く奴が足を止めたのは、あの思い出の遊具があった場所だった。 「ここでね、僕は君に背中を押してもらったんだ」 「え?」  それでも奴は視線は合わさず、穏やかな口調で言った。 「僕が、君を好きになったのもこの場所なんだよ」  一陣の風が吹いて、ざぁっと緑の天井がざわめいた。  それを見上げながら三鷹は続ける。 「転校してきたばかりで緊張していた僕に、一番に話しかけてきてくれたのは雀野だった。仲間に入れてくれたのも、お祭りに誘ってくれたのも全部、全部雀野だった」 「……」 「明るくて、優しくて、一緒にいると楽しくて、あの頃の僕にとって君は太陽みたいに眩しい存在だったんだ」  そんな恥ずかしい台詞にじわりと顔が熱を持つ。 「だから僕、ここで雀野に言ったんだよ。『僕、ちゅんのみたいになりたい』って」  ――僕、ちゅんのみたいになりたい!  そんな甲高い声が聞こえて、あのときのこの場所の風景が目の前に蘇った。  引っ越してきたばかりの頃の三鷹は、今とはまるで別人のようだった。  いつも下を向いていて、おどおどと自信無さげで、話しかけるとすぐに顔を真っ赤にしていた。  そんな三鷹を俺は夏祭りに誘った。ほぼ無理やりだったと思う。  そしてここで、この場所で、ブランコに座った三鷹は……蓮はボソッと言ったのだ。 「ちゅんのはいいなぁ」 「え?」  隣でブランコを漕いでいた俺がそちらを振り向くと、蓮は思い切るように言った。 「僕、ちゅんのみたいになりたい」 「俺みたいに?」  訊き返すと、蓮は顔を真っ赤にして「うん!」と勢いよく頷いた。 「ちゅんのみたいに、明るくてカッコ良くて皆に優しい人気者になりたい!」  それを聞いてまんざらでもなかった俺は、ブランコを勢いよく漕ぎながら照れ隠しに言ったのだ。 「やめろよ。俺みたいにとか。蓮は蓮のままでいいじゃんか」 「え?」  蓮が、呆けたように俺を見ていた。 「お前いつも下向いてるから分かりにくいけど普通にいい顔してるし、優しいし。だからさ、もっと笑えばいいんじゃないか?」 「笑う?」 「そ。こうやって笑っとけばさ、相手も笑ってくれるだろ?」  そう言って、にーっと笑う。 「ほら、蓮もやってみ?」 「えっ……と、こう?」  そのぎこちない笑顔を見て、俺は思いっきり変顔を作る。 「こうだよ、こう」 「ぷっ、あははっ! なにその顔、変だよちゅんの!」 「そうそれ! その顔!」 「え?」  パチパチと目を瞬いた蓮に俺は言う。 「いつもその笑顔でいたらいいじゃん。そしたらお前、俺なんかよりすぐ人気者になれんじゃね?」 「……!」  俺を見る蓮の目が、星空のようにキラキラと輝いて見えた。 「あのときから、僕は君に夢中になった」  いつの間にか、その目があの時のようにまっすぐに俺を見ていた。 「君に言われた通りたくさん笑うように努力したら、本当に友達が増えて。すごく嬉しかったのに、なぜか君だけが僕から離れて行ってしまった」  寂し気なその笑顔を見て、ズキリと胸が痛む。  その頃俺は、こいつの人気にただ嫉妬していたのだ。  偉そうに笑えと言っておいて、なんて自分勝手なのだろう。  自分の性格の悪さも、全部こいつのせいにして……。  なのに、こんな俺を見る目に責める色はなくて。 「悲しくて、鴨下さんに嫉妬して、僕は君に酷いことをしてしまった。そのことをずっとずっと後悔していて……でも君から向けられる視線が嬉しくて、見てもらいたくて、僕はもっともっと努力するようになった」 「……」 「だから、今の僕があるのは全部君のお蔭なんだ」  くしゃりとその笑顔が泣きそうに歪む。 「本当にありがとう。雀野」  言いたかった言葉があるはずなのに、喉に何かつかえてしまったように声が出なかった。  その間に視線はまた逸らされて、それを寂しく思った。 「それをね、言いたかったんだ。……でも、もう本当に終わりにするから。諦めるから。これまで気色悪い思いをさせて、本当にごめん」 「そんなふうに思ってねーよ」  やっと声が出た。随分と掠れてしまっていたけれど。  そこはしっかりと否定したかったから。  その目がもう一度俺を見て、それを嬉しく思った。 「そんなふうに思ってたら会いになんて来ねーし。こんなとこまでついて来ねぇだろうよ」 「え……?」 「なんだよ、先に謝りやがって、謝りたかったのはこっちだっつーの」  戸惑っている様子の奴を前に、俺は思い切って頭を下げる。 「これまで酷いことをたくさん言って悪かった。ガキの頃からお前をたくさん傷つけて、本当にごめん」 「……雀野?」 「許して欲しいとは言わない。でも、言わせてくれ」  顔を上げて、もう一度その瞳を見つめる。 「俺、お前が好きみたいなんだ」

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