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エピローグ

「んっ、ねぇ、たっちゃん……みんないないけど……」  ルルは龍樹の体を押して少し距離を取った。  吸われ続けた唇が多少ヒリヒリとしている。  新幹線のホームには二人だけになっていた。 「だったら、もう少しこのままでいい……」 「ちょっと、もうやめてほしい……」  顎に手を置かれる前に顔を伏せ、ルルは龍樹から離れた。  愛情表現は嬉しいが、もう新幹線が三本は入ってきている。  いい加減場所を移動したい。 「僕たちの愛の証明だろ」 「わかってるけど、一応公共の場だから。日本だしね?」 「世界中どこだって一緒だ。愛し合う二人を番と呼んで見守る地域だってあるんだ。見守ってもらおうじゃないか」 「番……?」 「運命によって出会い、何があっても離れることのない関係だそうだ」 「運命って……たっちゃんにしては非科学的ね」  ルルは龍樹の手を握って、ホームを出ようと歩き出すが、龍樹は何かに気付いたかのように立ち止まったまま考え始めた。 「たっちゃん?」 「番……これだけ拗れているのに離れない二人は……そうか、そうかもしれない……成瀬くんだけが臣を抑えられるのも、そういうことなのか……」 「どうしたの?」  顔を覗き込んでくるルルを綺麗だと思いながら、龍樹は強く抱きしめた。 「豪、帰ったら撫でてくれ」 「え、なんで?」 「実験だ」 「……わかった……」  なんのことかは分からないが、今自分を綺麗だと思ってくれただろう龍樹に、ルルは嬉しそうに笑い返す。 「シンさん、ただいま!無事ですか?」  玄関で急いで靴を脱いで、成瀬は慌ただしくリビングに向かう。  研究所から帰ってきて数日、高瀬は自宅療養をしていた。  成瀬は仕事中、心配でしょうがなかったが、高瀬は片足で満月の世話まで完璧にこなしていた。  それでも、成瀬が帰ってくると、嬉しそうに緩慢な動きで立ち上がって抱きしめてくる。 「無事だ。何も問題はない。今日は買い物も行ってきた」 「えっ、俺が行くのに。無理しないでください」 「暇なんだ。外にくらい出させろ」  高瀬はレオニアがよく言う言葉を思い出して、苦笑する。  成瀬は特に心配性で、高瀬を重病人のように扱うから、それも仕方がない。 「ねぇ、シンさん。明日は休みです。あと、誕生日でしょ?今日はお祝いしましょ。牛肉買ってきました!」  カサリと肉屋の袋を見せて、成瀬は自慢げだ。  そんな成瀬に、高瀬は買ってきたワインのボトルを見せた。 「……すごい、ステーキにするってわかったんですか?」 「祝ってくれるって信じてたからな」  信じるという言葉が、成瀬の胸にじんわりと広がり、たまらずに高瀬を抱きしめる。  視線が絡み合えば、唇を合わせたくなったが、足元で満月がカリカリとご飯を催促してきたから二人で苦笑した。 「ケンのステーキは美味いな」 「店で食べる方が美味いですよ。今度、熊田さんのお店に行きましょ。かなでさんにも会いたいです」 「そうだな。いや、またギブスをしてると笑われそうだ」 「……確かに」  高瀬はひょこひょことソファーへ向かって、サイドテーブルにワイングラスを置いた。  両手を広げれば、成瀬が隣に来て胸の中に収まってくれる。  自然と唇が重なり、たまらずに抱き寄せればしっかりと抱きしめ返してくれた。 「耳、痛くないですか?」  高瀬のピアスに触れ、成瀬は心配そうな目を向ける。 「痛いことなんてない。ケンの愛を刻んだんだ」 「でも、穴空いてるんですよ……」 「穴か……」  成瀬の表現に思わず吹き出してしまう。  高瀬はふと真面目な顔をして、ポケットから巾着袋を取り出した。  今日はタイミングを逃さない。  成瀬の手を取り、不思議そうにしている顔を見つめて銀の指輪を薬指にはめた。  驚いた顔のまま、何も言えないで口を開けている成瀬が可愛い。 「愛してる、ケン」 「シンさん……これ……今日、シンさんの誕生日なのに……」 「ずっと渡したかったんだ。俺もケンに愛を贈りたい」  ズシっと勢いよく、それでも高瀬の足を気遣って、成瀬が胸に飛び込んできた。  言葉はない。  ただ、唇を合わせられる。  その勢いに幸せを感じながら、高瀬は応えた。  しかし、成瀬の服の中に手を忍ばせると、ゆっくりと体が離される。 「ダメですよ……足、痛めます……」 「大丈夫だ」 「ダメです。こうしてくっついているだけでも幸せでしょ?」 「…………これならどうだ」  成瀬は行為だけが欲しいわけではないと高瀬に伝えるが、高瀬は物足りなそうな顔をして、グルルと唸り、耳と尻尾を出した。 「シンさん……無理したら治りませんよ」 「無理したいんだ。ケンが欲しい……」  高瀬の金色の目が、成瀬の困ったような目を射抜く。  抵抗はできず、ゆっくりとソファーに押し倒され、興奮した虎の耳が伏せられた。 「俺は、シンさんに無理してほしくない」 「ケン……お前に触れたい。お前が欲しい。この気持ちは無理じゃない」  半獣化した高瀬の手は、普段より強く固い。  それでも優しく優しく頬を撫でてくる。  高瀬の手が、言葉が優しすぎて、成瀬は涙が出そうだった。 「シンさん……」 「求めてくれ。もう、いくらでも応えられる」  高瀬の必死な顔に、成瀬はようやく気がついた。  これが言いたくて、高瀬は研究所へ行ったのだと。  気付いて、嬉しさに胸がいっぱいになる。  破顔した顔から、涙がはじける。  伝えたい。  この胸の中の気持ちを、最大の言葉で。 「……シンさん…………愛…………」  言いかけて、首を振る。  一番伝わる言葉を選び直した。 「シンシア、Je t’aime」  高瀬の目が大きく見開かれ、一瞬固まり、すぐに泣きそうな顔で笑った。 「Je t’aime, mon mignon……」  二人の唇が重なり合い、ソファーに成瀬の体が埋まっていく。  虎の耳と尻尾が高瀬の気持ちを代弁していた。  成瀬の指先が、高瀬の耳に触れる。  銀の指輪と黒いピアスが触れ合って、キンと綺麗な音が室内に響いた。  まるで、祝福の鐘のようなその音に、満月の耳がピクリと動く。  この先何があっても、きっとまた信じられる。  そう二人は思い合った。 ー第三章 完ー

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