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第1話 吉宮SIDE

最初は酔った勢いだった。 「金玉キラキラ金曜日飲み会」などというふざけたグループチャットに招待され、ほぼ強制的に飲みの場へと引っ張り出された。 大きなプロジェクトがひと段落し、みな久しぶりの飲み会だったせいで、お酒のペースが早かった。 俺、吉宮海里(よしみやかいり)は同期を横目に焼き鳥をつまんでいた。酒は好きだが、横でべろべろに酔っ払っている同期を見て、それに便乗する気にはなれずにいる。 欲求不満だったのか何なのか分からないが、隣に座っている勝原牧人(かつはらまさと)という男は何ともデリカシーのない会話をし始めた。 大学からの同級生ではあるが、彼が一度酔っ払い始めると誰にも止めることはできず、ただ昔からの友人として見守るしかない。 普段は真面目でいいやつなのだが、酔うと人が変わったようにセクハラ紛いなことを男女問わずに聞き始める。聞いた本人は翌日には忘れてしまうのだからいい迷惑だ。 「なぁ、俺ずっと思ってたんだけど、(のぞみ)のことなら抱けるわ」 希は同期の中で一番美人と呼ばれている人だ。フルネームは道野(どうの)希。 最初にこの名前を聞くと、きっと全員が女性を想像するだろう。しかし実際には男で、しかも見た目もぱっとみ女と見間違えるほど中性的な顔立ちをしているものだから紛らわしい。 部署が違うため直接の接点はないが、俺の所属する部署にも噂が流れてくるほど超が付く有名人だった。 そんな社内一美人と噂される道野本人を目の前にして、牧人はさらに言葉を続ける。 「なぁ、お前らはどう思う?」 向かいに座っている他の同期たちに呼びかける。彼らも相当酔っているようで、「おう!いけるいける!」「そこらの女より良い体してそう!」などと言い始める。 おいおい、本人が録音でもしてて警察に突き出したら、ただごとですまないんじゃ……などと冷や汗をかきながら彼の方を盗み見る。 しかし話のネタのされている当の本人はさして興味はないのか、余裕の笑みを浮かべながらジョッキをあおっていた。 「海里はどうよ」 「はぁ……!?」 いきなり肩を組まれる。 まさか自分に話が振られるとは思わず、危うく焼き鳥の串をスーツに落としそうになった。汚れなくてよかった、などと安心している暇はない。 俺の返答を待たんと、キラキラした瞳で見つめてくる同期たち。この危機的状況からどう逃げ出そうかと思考を巡らせたが、みんなの期待の眼差しから逃れることはできなかった。 「あ……うん、抱けるかな」 そう言った瞬間、湧き上がる面々。 「かぁ〜!」 「社内一イケメンと謳われる吉宮さまもそう思われますか!」 「よ! 美男美女お似合いだぞ!」 ありがたいことに容姿には恵まれていた。幼少期から整った顔立ちのおかげで、先生からいい成績をもらいやすかったり近所のおばさんからお菓子をもらったりなど、得をする人生を送って来た。 しかし得以上に損をすることの方が多く、俺はさしてこの容姿が好きではない。 先生に気に入られていたのも性的対象としてお気に入り認定されていたのであって、わざわざ二人っきりの教室に呼び出されて胸を押し付けられたことがある。 もしかしたらこれに興奮する男もいるのかもしれないが、女性に大して興味のない俺はただ逃げ出した。 社会人になってからもこの見た目のせいで女性から声をかけられることも少なくなく、その度に申し訳ない気持ちで誘いを断っていた。 しかし、だからといってあの発言はどうなのか。よく知らない男に「抱ける」などと言われ喜ぶはずがない。恐る恐る道野の方を見ると、困ったように眉間に皺を寄せて笑っていた。 自分の発言が恥ずかしく、また申し訳なくなってしまい、酒をあおるように喉へ流し込んだ。 * 「は……?」 道野が俺の家のベッドで寝ている。 何が起こっているのか分からず、ズキズキとする頭を押さえながら思い出そうとする。 おぼろげながらも、徐々に記憶がよみがえってきた。 帰り際、躓きかけた道野を助け、そのまま流れで一緒にタクシーに乗ることになったのだ。無神経な発言に一方的に気まずくなっていたが、その後、車内で彼は寝てしまった。 家まで送ってあげようとしたが、住所がわからず、仕方なく俺の家に連れて帰り、ベッドに横にしてあげたのだ。 そこまで思い出すのと、彼が目を覚ますのとが同時だった。 「ここは……」 「俺の家だよ」 「ふふ、いい匂いするねー」 お酒が回ってふわふわとした口調。いつも高嶺の花のように澄ましているものだから、もっと高貴な人だとばかり思っていた。しかし目の前で綿菓子のようにニコニコ微笑む表情は、今まで出会ったどんな人よりも可愛いと思った。 不覚ながらもどきどきと心臓が鳴りだす。 男に可愛いなんてどうかしてる。 目を覚ますために立ち上がった。 「水、持ってくるね」 「待って」 部屋を出ようとすると、ベッドから腕が伸びてきて俺のスーツを掴んだ。 「……居酒屋で話してたのって、本当?」 「え?」 「………俺を抱けるって話」 上目づかいで俺を見上げる道野。水分を含んで揺らいでいる瞳に言葉が詰まった。 「俺……みんなから美人で女とよく間違われるけど、ちゃんと男だよ?身長高いし、声低いし、骨格だって女の人と比べたらガッチリしてるし……みんな嘘ばっかり」 その言葉は鋭いカタチを持っていて、彼が自分自身を傷つけているように見えた。頭で考えるよりも先に、口が動いていた。 「俺、道野のこと抱けるよ」 「……優しいね。俺に気使って……」 「使ってなんかない。本心だよ。う、嘘だと思うなら試してみる?」 「え………?」 形の良い唇に自分のを触れ合わせる。ファーストキスだった。 上手くできなくて歯と歯が当たる。 「ふふ、下手くそ」 ぬるっと何かが口の中に入ってきた。 道野の舌だ。俺の歯をなぞるように右から左、下から上へと動く。 酒の味がした。 お互い酔ってる。全ては酒のせい。酔った勢い。 俺は考えるのを放棄して、ただ初めて触れ合う他人の体温に気持ちよさを感じていた。

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