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第7話 道野SIDE
すぐ近くから感じる熱を持った人の体温。
何かを話すわけでもするわけでもなく、ただベッドに並んで寝転んでいる。着ている服からは吉宮の匂いがしてきていて、抱きしめられてないのに包み込まれているような感覚になった。
こういう静かな状況に二人っきりになったことがないので、心臓がいつも以上に早く動いていた。こんなにも自分の心臓の音が耳に響くなんて初めてだ。あまりにも大きく聞こえてくるので、彼にも聞こえているのではと不安になる。
早く、聞かなきゃ。
今日は二人の関係性に答えを出すために来たはずだ。しかしなかなか話しを切り出す勇気が出ず、ずっと動画を見てその流れのまま体を重ね、気が付けばベッドに何をするでもなく寝転んでいる。聞くなら今しかない。
刹那、何かが手に触れた。熱を持った、温かいもの。それはすぐに去っていった。位置的に考えて、吉宮の手だ。
触れたい。彼の温かさにもう一度触れたい。
でも自分から手を握る勇気は出なくて、ただもう一度触れてくれますように、と心の中で願った。永遠とも思える時間が流れた後、また指先に熱が触れた。今回は離れていかない。やんわりと握ってくれてさえいる。その事実が何よりも嬉しかった。
どく、どく、どく……というドラマやアニメでしか聞いたことのない効果音が、頭の中でガンガン鳴り響いている。もう何回も体を重ねているはずなのに、その時以上に緊張しているのはなぜなのか。
早く聞かなくちゃという焦りからなのか、いつもの自然な流れの中で繋いだわけじゃないからなのか………どちらにせよ自分の心臓の音がうるさい。
そして気が付けば、お互いの指がしっかりと絡み合っていた。手のひら全体から伝わってくる相手の体温。すごく温かかった。
大丈夫。もしこれで終わりを告げられたとしても、この温かさを思い出せば乗り越えられる。
息を吸う─────
が、横を見た瞬間考えていた言葉が一気にとんだ。
月光に照らされて青白く輝く彼は、まるで自分が発光しているかのような美しさがあった。そして暗闇すらも吸い込んでしまいそうなその瞳は、俺のことをまっすぐと見つめていた。
「………そんなに、じーっと見ないでよ。恥ずかしいんだけど」
恥ずかしさに耐えかねて言葉にすると、「あ、ご、ごめん」と我に返ったように吉宮は言った。ちらっと横をもう一度見る。相変わらずまっすぐな視線が注がれていた。吸い込まれそうになる。
不意に彼の手が伸びてきて俺の頬を優しく撫で首筋に手を下した。無意識に声が漏れた。ゆっくりと瞼をあける。次の瞬間には、視界いっぱいに彼の顔がうつっていた。手からだけじゃなくて、唇からも熱が伝わってくる。
最初はついばむように優しく、少しずつ深く、感覚器官が混ざり合う。柔らかく湿った音。甘い香り。全てが心地よくて、ずっと触れ合っていたい。
最後に軽く唇を触れ合わせると、すっと顔を離した。
「道野、他の人の前でその表情しちゃだめだよ」
「え?」
繋いでいた手が離れた。その手が伸びてきて優しく頭を撫でた。
「おやすみ」
彼はそう言うと背を向け、寝てしまった。
*
静かな部屋に二人きり。聞こえてくるのは外にいる虫たちの声と、自分の息遣い。
チラッと視線を横に移す。大きな背中が一定の速度で上下に揺れていた。
この関係を答え合わせするために来たのに、なぜずっと聞けないのだろう。ただ一言、「俺のことをどう思ってるの?」と言えばいいだけなのに。
理由はわかってる。もし聞いて「ただの同期だよ」とか「ただのセフレだよ」と返されるのが怖いからだ。
自分も随分と欲張りになったと思う。最初はただ求められるだけで幸せだったのに、今はもっと先へと願ってしまう。でも、そろそろこのあやふやな関係に終止符を打たなくては。
「……もう寝た?」
小さく声をかける。
「うんん。起きてるよ。どうしたの?」
吉宮が体の向きを変えてこっちを見た。
「寝られなくて……恋バナでもしようよ」
「恋バナ?」
「うん、吉宮の昔話聞きたい」
「え……っ、まぁいいけど……」
戸惑いながらも了承してくれた。
「じゃあ、今まで誰かと付き合ったりした経験はある?」
「な、ないよ。年齢イコール彼女いない歴」
「そう、なんだ……」
不覚にも喜んでいる自分がいる。
「もしさ……もし誰かと付き合うならどういう人がいい?」
「え……っ」
「もしもの話。どういう人がタイプなのかなぁって」
「俺は………」
少し考えるように視線を下に落とすと、小さく「綺麗で、包容力のある人かな」と言った。
「俺、こう見えて結構おっとりというかのんびりなタイプなんだ。不器用だからさ、なんでも受け止めてくれる人がいい」
彼の口から語られる理想に自分を重ね合わせる。
俺、みんなから綺麗って言われるよ?家事だって、仕事のことだってわからないことがあったら何でも相談にのるよ?
「吉宮……目、閉じて」
「え、なんで?」
「どうしてもなの。そうやって見られると、恥ずかしくて言えなくなっちゃいそうだから」
「わ、わかった……」
まだ困惑している表情をしていたが、素直に目をつぶってくれた。
大丈夫。もしこれでこの関係が終わったとしても、後悔はない。
喉がキツくしまって声が出なくなりそうになるのをなんとか抑え込み、一言一言、言葉を紡いでいった。
「俺ね、吉宮にすごく感謝してるの。こうやって隣にいてくれて……このまま時間が止まっちゃえばいいのにって思うくらい吉宮と一緒にいる時間が幸せ。だからね、はっきりと俺たちの関係を改めた方がいいと思うの。この先もいい関係性でいるために」
「……っ」
「好き」って言ったら驚くかな?少しは喜んでくれるかな?なんて言うかな?わからないけど、勇気を出して言うしかない。想いを伝えて後悔することなんてないはずだ。
例え返ってきた答えが自分の望んでいたものじゃないとしても、この「セフレ」という関係が終わるのが、早いか遅いかだけの違い。
「吉宮、俺………吉宮のことが……」
「待って」
突如、言葉をさえぎられた。
横を見ると、暗闇中でも鋭く光る吉宮の瞳があった。真っ直ぐ俺のことを見ている。
「俺、終わりたくない」
「え?」
「離れたくない、終わりにしたくない。フラれても俺諦め悪いから、ずっと道野のこと追いかけ回すよ。次の部署移動願いで同じ部署になるように届出提出するよ?振り向かれなくても、ウザがられても、好きになってくれるまで諦めないよ。お願い、終わりにしようなんて言わないで……」
吉宮の頬を一粒の涙がツーっと流れていった。
言葉の衝撃と彼の涙で頭が何も考えられない。
離れたくない、ということは一緒にいたい。
終わりにしたくない、ということはこのままでいたい。
好きになってくれるまで諦めない、ということは、それはもう………
「え……俺のこと好きだったの?」
「好きだよ。ずっとずっと好きだった。気づいたら好きだったよ」
「そう、だったの……?」
これまで押さえ込んでいたものが一気に溢れ出してきて、それが涙となって頬を濡らしていった。
「え、道野……?」
急に泣き出した俺を見て、不安そうに顔を寄せてきた。
「なんか……勝手に涙が………」
大きくて、温かいものに包み込まれた。
何度も嗅いだ匂い。好きな匂い。ずっと嗅いでいたい匂い。
彼のパジャマをぎゅっと掴み、肩に額を寄せた。
「好き……」
「え?」
「吉宮のことが好き……ずっと、好きだった。吉宮に抱かれる前からずっと……」
「ええええっ!?」
道野が驚いたようにベッドに立ち上がった。数秒間口をあんぐりと開け、瞬きもせず俺を見る。
「まじ……?」
「まじ」
そう言った瞬間、彼の体重が一気に全身へ乗っかってくる。
「ちょ、重い……っ」
「俺のこと好きだったの?」
「そうだよ」
「なん、だ……だったら、もっと前に気持ち伝えとけばよかった……半年間ずっと道野の本心が分からないまま一緒にいたけど……もう何やってたんだろう、俺」
「お互い様だよ。俺もずっと気持ちを聞かないまま一緒にいたから。ふふ、ホント何やってたんだろうね、俺ら。お互い両想いだったのに怖気付いてさ……」
「まじか……じゃあ」
「じゃあ」と言いながら、吉宮は体を離した。
「俺の彼氏になってくれますか?」
ずっと聞きたかった言葉。言いたかった言葉。
何度も頭の中で想像していた言葉が、空気を震わせ、音となって耳に届いてきた。手で涙をぬぐい、大きく息を吸う。
「吉宮の彼氏になりたいし、なって欲しいです……っ」
自然と、お互いの顔が近づいた。唇が触れ合う。どっちも泣いているせいで、唇が濡れていたが、すぐに溶け合いながら熱を帯びていった。体が幸せで満たされていく。
ふと、壁の時計が見えた。
最初はどこかのおとぎ話のように、十二時になると消えていた。でも気がつけば日付を超えるまで一緒にいるようになり、二時になり、そして今は四時を回っている。きっとこれから先は、もっと長い時間を一緒に過ごしていくんだろう。時間を刻む時計に囚われていたが、やっと解放される。
これからは、「いつ」っていう時間も、「なんで」っていう理由も、関係なく君を大切にしたいし、君から大切にされたい。
あの日、「抱ける」と言った彼に、今日も俺は抱かれて眠る。
あの頃はただの同期で、今は恋人として。
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