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第73話 最終章(5)

「やばいっ、白蛇に連絡するの忘れてた!」  満足感を誘う疲労感に、ウトウトし始めた黒龍は我に返り上半身を起こす。世羅も眠りかけていたようで、寝ぼけ眼で黒龍に視線を向けた。  とにかく早く無事を知らせなくてはとメールを送る。  そして、返事が来ると安堵のため息を漏らした。 「なぁ、レン……隊長は知っているのか?」  世羅が生きているとレンが知っているとはとても思えなかった。世羅も上半身を起こし黒龍と視線を合わせる。 「まず、龍一と接触してからと考えていた。いずれ蓮には俺から知らせるから、黙っていてほしい」  黒龍は頷くしかなかった。世羅がそう言うなら、そうするのが一番いいような気がしたからだ。 「奇妙に思うかもしれないが、俺は公安部諜報部員の周藤仁を捨てた。全員を騙す必要があったんだ。身内だとしても。だから蓮にも伝えてない」 「志野……は?」 「志野も同じだ。志野も公安から逃れるために黒木寿志を捨てた。今はスイスに住んでいる。俺は……香港にいる」 「名前は?」 「ジン・カーフェイ」 「仁……ジンは、そのまま使ったんだな」  なぜだか、世羅が仁の名を持ち続けていたことにほっとする。 「たまたまだがな。その名の男と俺の年齢が近かったから入れ替わっただけだ。本人は病気で亡くなった。今俺はイギリス香港生まれだ」 「仁、俺は仁が生きていてくれただけで十分だ。仁……」  意を決して世羅と視線を合わせる。真摯な瞳に、黒龍は見惚れてしまいそうになる。 「俺と、生きてくれるんだろう?」  世羅が微笑む。 「ああ、もちろん。日本には当分足を運べないが……香港で、一緒に暮らしたい。いいか?」  黒龍は笑顔で頷いた。  そして世羅に抱き着く。愛おしくてたまらなく欲しくなる。 「ああ、香港に連れて行ってくれ。そこを拠点に仕事する。でもその前にレン隊長には連絡してくれよ」  体を離し世羅の顔を見上げると、眩しいほどの微笑みに圧倒される。初めてだと思う。こんな風に笑う世羅を、初めて見る。  しがらみをすべて捨て去り。そして自由になった。本当にそうだろうか? という疑念はあるものの、世羅の解放された笑みを見ただけで、黒龍は嬉しくなった。 「あんたのそんな笑顔、初めて見たよ」 「ああ、俺はもう過去を捨てた。一つだけ言っておきたい。俺は父を殺してはいない。それをさせまいと……、父は全ての責任を取って自殺した」  詳しい説明など要らなかった。それだけで黒龍は全てを察した。世羅が父親を殺したのではなくて本気で安堵した。そして、自分もそうしなかったことにも……。世羅は父親を殺すなと何度も黒龍に諭した。その気持ちが今明確に伝わってくる。  また、男惚れさせられた。  世羅と言う男がどんな人生を送ってきたのかを感じるたびに黒龍は恋に落ちる。 「仁、はっきり言っておきたい」  黒龍はふたたび世羅の瞳を真剣に見つめた。 「なんだ?」  達観した男の視線に黒龍は魅入られる。 「以前、忠誠を誓えと言われて……俺は……できないと言った……」  世羅が首を横に振って、黒龍をなだめるように髪を撫でる。それを黒龍は阻止した。 「聞いてくれ。俺はトゥルー・ブルーに忠誠を誓っている。これは揺るぎない、命の忠誠だ。仲間を守り抜き、裏切らない。俺は仁に忠誠を誓う。それとは違う、愛と言う名の忠誠だ。一生。仁だけを愛し、護り、信じる。俺は仁に忠誠を誓う。仁も誓ってくれ」  瞠目し大きく見開かれた瞳がキラキラと輝いている。 「ああ、俺も誓う。愛と言う名の忠誠を、龍一に。一生、お前を愛し、護り、信じる。ただ一人の俺の男だ」  全てを約束したも同然だ。二人の未来は共にあると――。  愛と言う名の忠誠は何よりも尊い――。そう感じた通り、これからの人生は仁と共にあることに、やっと現実味が持ち始めた。  キラキラと夕刻の陽ざしが差し込み部屋をオレンジ色に照らしていた。温かい日差しの中で黒龍は愛しい男の視線を受け止めた。 Kiss Of Life 起死回生 愛と云う名の忠誠 ―fin―

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