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高校最後の夏。

蝉の鳴き声が甲子園に響く。 照りつける日差しの中、藍沢陽彩(あいざわひいろ)はキャッチャーマスクを外し、大きく息を吐いた。 スコアボードには2ー2。 九回裏、ツーアウト満塁。 甲子園決勝。あと一歩で優勝。あと一歩で、高校野球が終わる。 『高校野球史に残る黄金バッテリー、朝倉凜(あさくらりん)・藍沢陽彩。三年間、この二人が築き上げてきた物語も、いよいよ最後の一球を迎えます』 実況がそう伝える。 陽彩はゆっくりとマスクを被り直した。 視線の先には、マウンドに立つ凜。汗ひとつ気にする様子もなく、静かに陽彩を見つめている。 相変わらずの無表情。けれど、凜の目だけは陽彩のミットだけを捉えていた。 陽彩は小さく口元を緩めた。 「任せろって顔だね」 右手を股の間へ滑らせ、静かにサインを送る。 凜は一度だけ頷いた。それだけで十分だった。 セットポジションへ入る。球場中の視線が、マウンドへと集まった。 『さあ、運命の一球です!』 実況の声が響く。 陽彩はミットをわずかに動かした。 (ここは、真っ直ぐ) 凜なら応えてくれる。そう信じる理由なんて、もう数え切れないほどあった。 高校に入学してから三年間。どんな場面でも、凜はミットを裏切らなかった。だから今日も大丈夫。 陽彩は力強くミットを構える。 「来い」 その瞬間。 凜の右腕が鋭く振り抜かれた。 白球は糸を引くように一直線に伸び、吸い込まれるようにミットへ収まった。 「ストライク!」 乾いた捕球音が球場に響き渡る。 審判の右腕が高々と上がった。 「ゲームセット!」 一拍遅れて、甲子園が割れんばかりの歓声に包まれる。 『決まったぁぁぁ!! 朝倉凜、空振り三振!高校野球最強と呼ばれた黄金バッテリーが、最後の夏を制しました!!』 ベンチを飛び出した仲間たちが一斉にマウンドへ駆け出す。 陽彩はキャッチャーマスクを外すと、無意識に笑みがこぼれた。 「よしっ!!!!」 そう呟いた次の瞬間には、もう走り出していた。向かう先はただ一人。 凜のいるマウンドだった。 「凜! ナイスピッチング」 勢いよく飛びつこうとした瞬間、ぐいっと胸元を押さえられる。 「汗」 短い一言。 「ええ? そっち?」 陽彩は思わず頬を膨らませる。 「優勝したんだから、普通ハグでしょ」 「しない」 相変わらずの無表情。けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。 「笑った?」 「笑ってない」 「笑ったでしょ!」 二人のやり取りを見たチームメイトたちが、一斉にマウンドへ駆け寄る。 「おめでとうー!」 「優勝だー!」 気付けば二人は仲間たちにもみくちゃにされ、その歓声は甲子園中へ響き渡っていた。

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