1 / 10

プロローグ 断罪イベントを避ける試み

 高熱を出した俺は気付いてしまった。  俺がいるこの世界が、姉がプレイしていたゲームの世界と似ていることに。  そんな馬鹿な、と思った。もしかしたらゲームのモデルになった世界にいるんじゃないか、とも。それだけ俺が今いる世界は、ゲームの世界に酷似していた。大企業の社長を務めているが故に多忙な父親、一流モデルとして世界中を飛び回っている母親。唸るほどある資産で何不自由なく育った俺は、親との触れ合いが少なかったからか。生まれ変わる前の俺とは似ても似つかないほど傲慢な性格だった。  城石望海(しろいしのぞみ)。  それが俺の現世での名前だ。  望海は学園恋愛ゲーム『エンジェルスフィア』の登場人物のひとり。神代学園の生徒会長で青菱財閥の御曹司、蒼井相馬(あおいそうま)に心酔するがあまり、彼と愛を育むゲームのヒロインを排除しようと手を変え品を変え悪意に満ちたイジメを繰り返すという、ちょっと……いや、かなりヤバい奴だ。  一応、望海の攻略ルートもあったらしいが、ヒロインへの当たりが強過ぎてプレイヤーの不興を買ってしまったようだ。人気投票では常に最下位。攻略ルートに入らないと、ヒロインの靴に画鋲は入れるは、教科書を切り刻むは、髪まで切り刻むはの大暴れをするのだから、そりゃあ嫌われるに決まってる。  ただ、攻略キャラのひとりだけあって、容姿だけはすごぶるいい。母親ゆずりの整った目鼻に濡れた黒髪。絹のような白い肌にほっそりとした手足。そう、望海は深窓の令息という言葉がよく似合う容姿をしていた。この顔で本当にそんな陰湿なイジメをするのかと思うほどに可愛らしいのだ。  かといって、顔で性格が相殺される訳でもない。  案の定と云うべきか、神代学園に入学したばかりの俺は、その陰湿な性格を如何なく発揮しているようだった。幸いと云うべきか、まだ相馬は生徒会長になっていない。ゲーム内では生徒会書記を務めていた俺も、まだ普通の学生をしている。ここから頑張れば挽回出来るだろう。  そう、ゲーム内の望海は最後には破滅の道を辿るのだ。  俺がヒロインをイジメるのに手足として使っていた生徒会の総務たちの内部告発により、俺は学園を退学処分になる。父親の会社は青菱財閥との取引が打ち切られ、倒産の憂き目にあった。モデルの母親は息子の不祥事を週刊誌に書き立てられたことでイメージダウン。仕事が激減したストレスから不倫の道に走り、家庭が崩壊してしまう。立腹した父親に勘当された俺はひとりで生きていかなければならなくなってしまうのだが、何せそれまで甘えた生活をしていたからか。どう金を稼げばいいかわからない。最終的にはホームレスとして生きていくことになってしまう。  そんな目には合いたくない。いや、そもそもそんな過激なイジメを俺はしたくない。だから俺は心を入れ替えて生きることを決心した。最初のうちは自分の中に他人がいるような感覚に陥ることもあったが、最近は俺の自我が確立されてきたような気がする。  元々望海は他人の前では猫を被るキャラでもある。気に入らない奴は徹底して排除しようとするが、それ以外の人間には無害を貫こうとする嫌な奴なのだ。だから相馬はゲーム内の断罪シーンまで、俺の裏の顔を知らずにいた。  だが、それが幸いした。俺が俺として自我を取り戻したことを、不審に感じる人間は一部を除いていなかったのだ。  とはいえ、何が起こるかはわからない。  ゲームの強制力。俺はそれを恐れていた。  俺の姉が読んでいた転生ものでも良くあった。転生した主人公が足掻いても、元の世界の物語通りに話が進んでいってしまう……だから俺は父親に転校出来ないか頼んでみた。物理的に学園から離れられれば、それに越したことはない。だが、無理だった。取引先の御曹司である相馬に尽くす為に学園を離れることは許さぬ――と、いうことであるらしい。なら、いっそ家を出てひとりで生きていくのはどうだろう? 俺は家から逃げ出し、住み込みで働けるところを探した。だが、これも上手くいかなかった。余りある財力で俺の居場所を突き止めた両親に連れ戻されてしまったのだ。  話はそれで終わらない。  息子の突然の奇行を両親はいたく心配したようだった。今後は逃げ出すこと罷りならんと、監視役まで付けられてしまったのだ。それが、将来俺を告発することになる生徒会総務の二人組。桜坂一成(さくらざかかずなり)橘一臣(たちばなかずおみ)だ。勿論、ふたりとも今はまだ生徒会には入っていない。  彼らは俺の父親の会社の重役の息子たちだ。  一成は料理が趣味という家庭的な一面を持つイケメンだ。外国人の母親の血を濃く受け継いでいるのか。すらりとした長身に、日本人離れした面差しをしている。はっきりとした目鼻立ちで、緩くウェーブを描く髪はクリーム色。瞳は陽の下で薄く輝くヘーゼルだ。  一成は弓道に励む黒髪黒目の純日本人的タイプのイケメンだ。一成より2センチほど身長が低いが、充分な長身。笑うとなくなる細い目が、犬のようで愛くるしい。普段弓を引いているからだろうか。指の長い骨ばった手が印象的である。  ふたりとも俺とは小学生の頃から付き合いがあり、かつての俺の本性を知っているという実に厄介な立ち位置にあるキャラたちだ。  とはいえ、まだやれることが尽きた訳ではない。この二人組の俺への信頼を回復し、ヒロインと相馬の恋を応援する立場を取れば、もしかしたら断罪イベントを回避できるのではないか? 俺は早速それを実行に移すことにした。そう、誰にでも優しく。転生前の俺が当たり前にしていたことをやればいいのだ。自我を取り戻す前の俺がやったことは消せないが、それについてはきちんと謝罪と補償をしよう。俺が排除した彼らに赦されるまで――。

ともだちにシェアしよう!