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エピローグ 最後の挨拶

 街にクリスマスソングが流れ、街路樹にイルミネーションが灯っている。大晦日も近くなり、どこか忙しない街角。往来ではサンタクロースのコスプレをした店員が声を上げ、駅から帰途に就く人々に次から次へとケーキの用命を尋ねていた。  今日はクリスマスイヴだ。  駅前のSC(ショッピングセンター)のクリスマスプレゼントを購入した俺は、弾む心そのままの足取りで人で溢れる駅前を抜けて、真っ直ぐに相馬のマンションに向かった。 「よく来たね、望海。そして一成に一臣も。中に入るといい。皆もう来ているよ」  相馬の出迎えを受けた俺は、一成と一臣を連れてリビングに入った。  部屋の隅に置かれた巨大なクリスマスツリーは、今日の為に相馬が買い求めてくれたものであるらしい。輝かしい光を放つツリーライトは勿論のこと、華やかなオーナメントがたっぷりと飾られている。その頂点には、精巧な細工が施されたベツレヘムの星。何でもドイツ職人が作ったものを取り寄せたそうだ。 「ほら、座ったら? 望海」 「うん、姉さん」  暫しツリーに見蕩れていると、俺を有栖が呼んだ。  七人で集まるときには当たり前となった席。窓際のソファに腰を下ろす。テーブルの上には七人で食べられるだろうかというサイズのクリスマスケーキに、丸ごと一羽を焼き上げたクリスマスターキー。そして七脚のシャンパングラスが置かれている。まだ高校生である俺たちが飲むのは当然シャンメリーだ。 「凄いね。こんなに大きなクリスマスケーキ、初めて見たよ」 「私もよ。誕生日パーティのケーキも凄かったけれど、あの時ときは参加者の数が数だったものね」  姉が単独で表に出ているときは健康的なイメージが強かった有栖は、統合を果たしてからは、清らかで、けれども妖艶さも感じられる色香を発するようになった。それが少女から大人への成長段階にあるからなのか、それとも、それが本物の園崎有栖の持つ力であるからなのか。どちらかは俺にはわからないが、中身の半分が姉だと知っていても、その美しさにドキッとすることがある。 「どうしたの? そんなに私の顔をまじまじと見て……」 「いや、やっぱりひとつになると雰囲気かわるなあって」 「それは望海もそうでしょう。小生意気さを感じようになったわよ」  けれども有栖はそれをいい変化と捉えているようだ。嫌気を感じさせない声。包み込むような眼差しが俺に向けられている。 「あなたは気の弱いところがあったからね。丁度いい感じだわ」  姉が統合を果たしたのは、今月に入ってからだった。「朝、目覚めたら、妙に身体がしっくりきたのよ。それで、ああ、私たちひとつになったんだって……」その前にあった相馬の誕生日パーティで大変な思いをしていただけに、あっさりと統合を果たしてしまったことが不思議だったのだろう。朝一でC組にやってきて首を傾げながら俺たちに報告すると、「こんなに簡単でいいのかしら?」と、釈然としない様子で自分のクラスに戻っていった。  そのぐらい相馬の誕生日パーティでの有栖は目まぐるしかった。  この頃の姉と有栖は魂が重なり合う時間が増えていたのだが、それが長続きしない状態にあった。少し重なっては離れ、どちらかが身体の中に沈んでゆく。そして少し経つとまた重なり合って、どちらかが沈んでゆく。「ずっとループコースターに乗ってるみたい」頭を押さえながら言った姉と有栖は勿論だが、雰囲気がころころ変わる有栖にフォローをする俺たちも大変な思いをしたものだ。  けれどももうそれも過ぎ去った時間だ。今の姉と有栖はすっかりひとりの有栖として安定した日々を過ごしている。 「さて、全員集まったところでパーティを始めようか」  テレビの正面席に腰を落ち着けた相馬が、シャンメリーに手を伸ばした。いよいよパーティの始まりだ。わくわくした気持ちが強いのは、城石望海にとっては三年ぶりのクリスマスパーティであるからだろう。 「誰か開けたい人はいるかい?」 「ああ、じゃあ俺がやるよ。俺、こういうの好きだし」  隣のソファに座っている眞が名乗りを上げる。 「あ、ならもう一本は俺が開けるよ」  俺は眞に続いて名乗りを上げてシャンメリーのボトルを手にした。薄桃色のシャンメリーで満たされたボトル。中には金箔が入っているようだ。スノードームの雪のようにふわとふわと揺れている。 「なら、最後の一本は私が開けましょう」  主人が名乗りを上げた以上は――と、いう訳ではなかろうが、俺の次は一臣だった。名乗りを上げるとボトルを手に取る。 「一緒に開けようよ。眞、一臣」 「ああ、勿論」 「いいですね。面白そうです」  俺たちはめいめい手にしたシャンメリーのボトルを壁に向かって突き出した。「行くよ!」俺の掛け声とともに、ポンポポンとボトルの口から弾けた音が聞こえてきた。同時に跳ね飛んだプラスチックキャップが壁にぶつかって床に転がる。それを拾いに一成と真優が立ち上がった。 「お祝いの号砲だったね。いい音だった」  ツリーの裏側に入り込んだキャップを拾い上げた真優が、ずり下がった眼鏡を押し上げて笑う。 「賑やかで楽しいクリスマスの始まりに相応しい音でしたね」  全員でのクリスマスを望んでいた一成は、この場に七人で顔を揃えることが出来たことが嬉しいようだ。しみじみと呟きながら床に転がっているふたつのプラスチックキャップを拾って歩いた。  俺を中心とする五人との関係は変わることなく続いていた。  月曜日の真優、火曜日の一臣、水曜日の相馬、木曜日の眞、金曜日の一成と、放課後を個別で俺とデートをするのも続いていたし、月に一度だけとなってしまったけれども、全員で相馬のマンションに集まって性行為(セックス)するのも相変わらずだ。  過去の望海を知らない眞と真優は、瑞樹と望海のふたりがひとつになった俺を受け入れた。基本的に受け身だった瑞樹時代の望海しか知らないふたりは俺が我儘を言うようになったことに驚いていたが、それも口付けをせがんだり、手を繋ぎたいとねだる程度の可愛いものだ。直ぐに順応すると、可愛いと言いながら口付けてくれたり、手を繋いでくれたりするようになった。  望海はさておき、瑞樹はもっと我儘放題になるんじゃないかと心配していたので、このぐらいに収まって俺としては安心する限りだ。  過去の俺の捻くれた性格を知っている一成と一臣は、当時と比べるとトーンダウンした俺の皮肉めいた物言いに、けれども懐かしさを感じるようだ。癇に障ることが起こるとつい出てしまうのだが、「望海様らしくていいと思いますよ」と、ふたりして目を細めて幸せそうに笑ってみせる。  瑞樹は自分の気の弱さを、望海は瑞樹の優し過ぎる性格を心配していたので、これもこのぐらいがいいのだろうと俺は思っている。  瑞樹と望海のどちらも取ると言った相馬は、瑞樹と望海がひとつになった俺を溺愛している。ふたりの個性が中和されて、程良い具合になったからだろう。「これ以上、悪い虫が付いては困る」と、学園にいる間中、俺を片時も傍から離そうとしない。  そのぐらい俺を愛してくれる相馬を、俺もまた愛している。  勿論、一成や一臣、眞に真優もそうだ。俺は彼らを誰がどのくらいとかではなく愛している。  始まりこそ過激な展開だったが、今の俺たちはそれぞれのペースで愛を育むようになった。デートの後に性行為(セックス)になることもあったが、全員が俺との身体の結び付きよりも心の結び付きを大事にしてくれるようになったからか。姉がお楽しみと言っていた過激な展開は今のところない。  ただ、俺は少しずつだが彼らとの性行為(セックス)を能動的に愉しむようになった。本音を言えばもっと積極的に振舞いたいのだが、彼らを驚かせてしまうと思うと、一足飛びには踏み切れなかった。これから段階を追って、少しずつ大胆に振舞っていこうと考えているところだ。そうした俺の行動が、彼らをより過激な方向に進ませる可能性はある。  けれども俺はそれを不安には感じない。  今の俺たちは精神的に強い絆で結ばれている。同意もなく性行為(セックス)をすることもない。過激な行為にしてもそうだ。俺が嫌だと言えば彼らはちゃんと引いてくれるだろう。そこの線引きが出来ていれば、あとは俺の嗜癖の問題だ。気に入ればやるし、気に入らなければやらない。瑞樹と望海の長所を受け継いだ俺は、だからその点については心配していなかった。 「しかし本当に良かったよ。ふたりが統合した状態でこの日を迎えられて」  シャンパングラスを傾けながら相馬が微笑む。 「あの状態が続いたら、瑞穂も有栖も辛かっただろうからね」 「年の瀬の慌ただしい時間を、落ち着いた状態で過ごせるのは良かったですね」  相馬の言葉に、ケーキを切り分けた一成が相槌を打つ。  それぞれの目の前に配られる皿に乗ったケーキ。有名ホテルに注文(オーダー)したのだそうだ。苺に限らず、ラズベリーにブルーベリーと、フルーツがたっぷり乗ったケーキは美味しそうで、配られた皿を受け取った俺は早速一口頬張ってみた。  優しい甘さが口の中に広がる。  隣の有栖も気に入ったようだ。「美味しい」と声を上げると、「統合出来て良かったわ。こんな美味しいケーキをちゃんと味わえるのだもの。これも真優のお陰よ。あなたが案を出してくれなかったら、私たち今でもバラバラでいたのでしょうし」  花もひれ伏す笑顔を浮かべた有栖の言葉に、真優が照れ臭そうに頭を掻く。 「いやいや。僕はほら、知っている情報の中から使えそうなものを提案しただけだから……」 「それが出来るのが真優の凄いところ」  真優と肩を並べる眞が、シャンメリーを味わいながら口にする。 「私は不思議なのですが」  一成の隣でターキーを切り分けていた一臣が口にする。「何故、姉弟ふたり揃ってこの世界に転生してきたのでしょう」  クリスマスターキーの中にはたっぷりの野菜とパンを詰めるのが本場の定番だ。このターキーもそれに倣っている。作ってくれたのは相馬のお手伝いさんであるらしい。ナイフが入ると野菜が零れ出てきた。  取り分けられた皿を一臣から受け取った俺は、こちらも早速頬張った。柔らかくて美味しい。様々な野菜の味が染み出している。 「確かに」ゆったりとした所作でフォークを口元に運びながら、相馬が頷く。「元居た世界ならばまだしも、こちらは下位世界だ。ふたりで一緒にというのは何かの意志が介在したように思えるね」 「でも、そういうのって、大抵わからないまま終わるんだよね」  俺は皿をテーブルに置いて宙を仰いだ。  まだ、と言うべきか。それとも当たり前と言うべきか。俺と姉は神様には会えていない。  異世界で召喚の儀式を行った結果呼び出された――などという転生ものもあるにはあるけれども、この世界にはそんなものは当然ない。ない以上は神様、或いは世界の意志なのだろうが、それにしても平々凡々な姉弟を何故この世界に呼び込んだものか。  大体、こういった転生ものは、物語に対する知識を駆使して苦難を乗り越えるのが定石(セオリー)だ。だのに主人公に転生した瑞樹と来た日には、『秘密の花園』の物語を殆ど覚えていなかったのだ。そうである以上、瑞樹が物語の流れを変えられる筈もない。だから、俺は思うのだ。瑞樹を主人公に転生させたのは、神様が犯した大きなエラーなのではないかと。 「私は思うのだけど、神様は退屈してるんじゃないかしら」有栖がふふと笑った。「ほら、神様にとって、世界は私たちが見るノンフィクション番組のようなものでしょう。だから色んな展開を起こしたくなるのかも、って思ったりするのよ」 「傍迷惑な話ですね」一成が苦笑する。 「でも、そのお陰で僕たちは瑞樹たちに会えたんだよ」  眼鏡の奥の目を細めた真優が、眩しそうに俺と有栖を見詰めてくる。  俺は真優に微笑みかけた。照れたのだろう。緑がかった彼の瞳がしぱしぱと瞬く。  姉と有栖の統合の立役者は間違いなく真優だ。俺と姉の突飛もない話を、笑い飛ばすでもなく聞いてくれた。あそこで真優がきちんと俺たちの話を聞くという姿勢をみせていなかったら、俺たちの関係はまた違った展開を迎えていただろう。  真に賢い人間は、それがどれだけ突拍子もない話であっても、頭ごなしに否定することはないという。博覧強記な真優は、そういった意味で正しく賢者であったのだ。だから俺は真優には感謝してもしきれない。真優がいたからこそ、俺たちは今でも変わらぬ関係でいられるのだ。 「私、もうひとつ考えていることがあるのだけど」  余程、美味しかったようだ。二切れめのケーキ。フォークを動かしながら有栖が言葉を続ける。 「それはなに? 姉さん」 「私たちの魂が何処に向かうのかって話よ。ただの妄想なのだけど、考えていたら楽しくなってしまって」 「へえ、面白いことを考えるね」眞が身を乗り出した。「聞かせてよ、園崎」 「ほら、私たちは三次元の世界から二次元の世界に下りてきたでしょう。だから元々私たちの魂というのは、もっと上の次元にあったんじゃないかしらって思ったのよ。何十次元の先に生まれて、それが死ぬとひとつ下の次元に下りてくるの。これを繰り返して次元がマイナスになるまで、私たちは幾度もの生を繰り返しているのではないかしら」 「マイナスの次元世界って、無なんじゃないの?」俺は尋ねた。 「だからよ。その世界で存在することが出来れば、それはもう神様と同じ存在なんじゃないかって思ったのよ」  姉の論はこうだ。  無から有は生まれない。という科学の常識が真であるのだとしたら、俺たちの魂は最初から『在る』ということになる。それこそ全ての次元に。それが死ぬことによって、魂を構成する要素を失ってゆく。十次元的要素を失えば、俺たちの魂は九次元以下の世界にしか存在しないということなる。同様に、九次元的要素を失えば、俺たちの魂は八次元以下の世界にしか存在しなくなる。この『死=構成要素の消失』を繰り返すことで、俺たちは『無』、即ち『マイナス次元』に向かっているのではないか……。 「面白いことを考えるね」  ソファに深く身体を埋めて相馬が微笑(わら)った。哲学書などを読むこともある相馬は、概念的な思想が大好きだ。そういった下地もあって、過分にSF的要素を含んだ有栖の意見に感銘を受けるところがあったようだ。「私は君が欲しくなったよ、園崎有栖」などと恐ろしいことを口にする。 「駄目だからね」俺は即座に相馬を睨んだ。「相馬は俺のなんだから」 「あはは。そうだよ、望海。私は君のものだ。だからこれはそういった意味じゃない。来年の生徒会を構成するメンバーを考えていてね、そこに有栖が欲しいと思った。そういう意味だよ」 「生徒会」俺と有栖は同時に口にして、お互い顔を見合わせた。  ゲーム『エンジェルスフィア』を下敷きにした成人向けBL二次創作同人誌『秘密の花園』は、ラストシーンを新たな生徒会の発足で終える。とはいえ、そこはBL同人誌。作者としては、望海を中心とする男の花園にしたかったのだろう。『エンジェルスフィア』の有栖はパラメーター次第で生徒会メンバーになることもあるのだが、『秘密の花園』で有栖が生徒会のメンバーになることはない。 「わかっているよ。君たちに物語の粗筋は教えてもらっているからね。生徒会と訊いて構えてしまう気持ちは良くわかる」  俺たちの反応を予測していたようだ。相馬がゆったりと口にする。 「うん、まあ、それはね……だけど、相馬。相馬は生徒会に立候補するつもりなの? 学園でこれ以上の影響力を持ちたくない、みたいなことを前に言っていたけど……」  学園の王子様である相馬は、天下の青菱財閥の御曹司だけあって、本人が望まない場面でも力関係が発生してしまうことがあった。一介の学生として学園生活を送りたい相馬としては、こうした力関係の発生はあまり好ましい事態ではない。だから生徒会や学級委員といった権力が発生しそうな学園の組織には属さないつもりでいる――と、以前何かの折に口にしていたのだが。 「理事長の件で考えたのだよ。彼の暴走を抑えるのには、ある程度の自治権を生徒が持った方がいいのだろうとね。それを系統立てて機能させるのに、生徒会以上に適している組織はないだろう」  理事長については相馬が行動を起こしていた。  理事長の身上調査を行ったことについては伏せた上で、生徒間で『理事長と有栖の間に何らかの関係がある』と噂されていると流したのだ。鉄面皮である理事長は馬鹿々々しいと相手にしない様子であったらしいが、有栖を生徒たちの勝手な憶測に巻き込むのは避けたかったようだ。必要以上に有栖に絡んでくることはなくなったらしい。  勿論、俺が目の敵にされることもなくなった。気が緩むと注意をされることはあるが、そのぐらいだ。  徐々に以前の雰囲気を取り戻しつつある理事長に、生徒たちも強気な意見を収めつつある。このままいけば、来年辺りにはどちらも落ち着くことだろう。だから特に急いで生徒会を理事長に対抗する組織に作り変える必要はないのだが、相馬は自身の思い付きが面白くなってしまったようだ。「とはいえ、私は会長にはなりたくないからね。だから誰か適当な人材がいないかと考えていたところだったんだ」と、自身が影の黒幕(フィクサー)に収まるような言葉を吐く。 「待って頂戴」珍しくも有栖が慌てた様子をみせた。「私にやれとは言わないわよね、相馬様?」 「十年ぶりの特待生、園崎有栖。君以外に相応しい人材もいないと思うがね」 「総務とかならまだしも会長? 外部入学組なのよ、私。そんなには支持を集められないわ」 「そうだろうかね。君には陰でFC(ファンクラブ)が出来ているとも聞くよ」 「学園の王子様が良く仰いますこと!」  どちらも引く気をみせないふたりに俺たちは笑った。  蒼井相馬と園崎有栖。女子生徒と男子生徒にカリスマ的な人気を誇るふたりが、どちらも学園の顔である生徒会長の座を嫌がっているのが単純に面白い。でもまあ、それでいいのかも知れない。彼らを侍らせていると一部の生徒から反感を買っている俺としては、この上更に彼らの人気が高まるような事態になるのは避けたくもある。そもそも相馬は俺のものだしね。 「まあ、ゆっくり考えてくれ。次の生徒会選挙までは半年以上ある。君の能力的に誰かは推薦するだろうしね。今から心構えをしておくのも悪くないと思うよ」  俺たちの反応を見て、引き際を悟ったようだ。相馬が話を終わらせた。  一瞬、座が静まり返る。 「あ、そうだ。プレゼントがあるんだよ」  俺はそろそろ頃合いだろうとソファを立ちあがった。ここに来るまで一成と一臣に持たせていた荷物――ソファの脇に置いておいた大きな紙袋を開いて、ラッピングされた六つのプレゼントを取り出す。  どれも両腕に抱えられる大きさだ。  俺はそれをひとつずつ全員に配って歩いた。朝から夕方まで時間をかけて吟味したプレゼント。中にはこれからの季節を過ごすのに最適なセーターが折り畳まれて入っている。勿論、全員のサイズは事前に調査済みだ。それぞれに似合いそうなセーターを探して歩くのは大変だったが、それだけに俺としてはいいプレゼントになったと思っている。  思惑通りと言うべきか。凝ったアラン模様のセーターは、一同を驚かせたようだ。「こんなにいいセーター、貰っていいの?」真優が声を上げる。「参ったなあ。僕、この程度しか用意してないんだけど」  形や大きさからして絶対書籍に違いない。六つの包みを取り出した真優に、隣の眞が「俺はこれ」と、それよりひと回り小さな包みを六つ取り出した。  俺はふたりから受け取ったプレゼントを開けた。俺が好きな作家の最新刊と俺の姿が描かれた小さなカンバス。どちらもふたりの気持ちが感じられる素敵なプレゼントだ。特に眞の絵は、以前描いた絵とはまた雰囲気が異なっていて俺の目を開かせた。  瑞樹と望海が統合した今の俺は、眞にはこんな風に映っているのだ。それがわかったことが素直に嬉しい。 「素敵な絵ね。ちょっと照れ臭いけれど、大事にするわ」  それぞれの好みを反映した書籍に、それぞれが描かれたカンバス。彼ららしいプレゼントに温かな空気が辺りを包み込む 「こうなると瑞樹の絵が見られないのが残念だね。一成と一臣も見ていないのだろう?」 「そうなのですよ、相馬様」一成が残念そうに眉を歪める。「私たちは外で待たされていましたので」 「一度ぐらいは目にしたかったですね……」  恐らく、その筆致から瑞樹の絵を想像しようとしているのだ。一臣が自分の絵を食い入るように見詰めながら口にした。 「私にも見せてはもらえないの?」 「あれは俺だけのものだから」  眞がきっぱりと有栖の願いを断ると、肩をそびやかした有栖がソファを立った。 「次は私ね。真優のお陰で丁度いいプレゼントになったと思うの」  手のひらに乗るぐらいの大きさの包みは軽い。  何が入っているのだろう? 俺は包みを解いた。刺繍糸で編まれた帯のようなハンドメイド作品が数点入っている。幾何学的な模様が美しいが、何であるのかはさっぱりわからない。俺たちが首を傾げていると、ふふ。と、有栖が微笑(わら)った。 「最近、マクラメ編みに凝っていてね。栞を編んでみたの。真優のプレゼントに挟んでもらえると嬉しいわ」 「へえ。器用だね、姉さん。凄く可愛いし、綺麗だよ、これ」 「嬉しいよ、園崎さん。僕、幾つあっても足りないからさ。大事に使わせてもらうね」  手作りの温もりが感じられるプレゼントに、胸がじんわり熱くなる。  前世での姉は器用な割には面倒臭がりで、ハンドメイドとは縁がなかった。やっても編み物で小物を編む程度。有栖とひとつになったからというのもあるだろうが、それがこうして自分の作品をプレゼントするようになった。嬉しくない筈がない。 「可愛いなあ」  俺は手のひらに乗せた栞をしみじみ眺めた。姉から手作りのプレゼンを貰う日が来るなんて思ってもみなかった。そのまま、早速、真優に貰った書籍に挟み込む。栞がセットになった書籍は、まるで最初からそういったプレゼントだったようだ。 「次は私たちの番ですね」一成と一臣が腰を上げる。  ふたりで相談して決めたようだ。ひとつひとつ袋になった包みを配って歩いている。「どうぞ、望海様」一臣に渡された包みは有栖からのプレゼントよりも更に小さかった。触ってみると指輪(リング)の感触がある。まさかと思いながら包みの口を開くと、シンプルな甲丸型の指輪(リング)が転がり出てきた。 「有栖様だけ別のものになってしまうのですが、普段使い出来そうなものを選びましたので」  少し申し訳なさそうに一臣が有栖にも包みを渡す。  どうやら俺たち六人には同じタイプの指輪(リング)を、有栖には指輪とネックレスとイヤリングの三点セットを渡したようだ。「皆でお揃いの指輪にしたかったのです」はにかんだ笑みを浮かべながら一成が指輪を嵌めた手を俺に見せてくる。 「嬉しいよ。ありがとう」  俺は左手の薬指に指輪を嵌めた。一成も一臣も俺に指輪を買ってくれたことがあるからだろう。誂えたようにサイズがぴったりだ。 「後で六人で手の写真を撮りたいね」  自分の指に嵌めた指輪をしげしげと眺めながら相馬が呟く。 「そうだね。姉さんにシャッターを切ってもらおうよ」  俺の言葉に深く頷いた相馬がソファを立った。「最後は私だね。今、持って来るよ」寝室に隠してあるようだ。悪戯めいた表情を浮かべてリビングを出てゆく。 「誰に何をあげるか考えるのは楽しかったよ」  少しして戻ってきた相馬のには、大小様々な包みが提げられていた。 「望海にはこれを。私だと思って抱いて寝てくれると嬉しいよ」  俺に相馬が渡してきたのは一番大きな包みだった。両手で抱えると腕が少し余るくらいの大きさ。何だろう? 俺は期待に胸を膨らませながら包みを開けた。そして、意外なプレゼントに目を開いた。相馬の髪の色と同じ色をした薄茶色のテディベア。よくよく見ると顔も似ている気がする。  あの相馬がこれを買った。  大人びた相馬からの愛らしいプレゼントに俺は笑った。「ありがとう、相馬。抱いて寝るよ」離れて寝なければならない夜の寂しさを埋めるのに丁度いいサイズ。抱き心地もばっちりだ。  俺は早速膝の上にテディベアを載せた。名前はソーマにしよう。相馬には内緒でそう決める。 「有栖にはこれを。パーティに出るときにでも着るといい」  有栖に渡されたのは、白いショールとセットになったアリスブルーのカクテルドレスだった。  良家の子息子女も多い神代学園では、フォーマルな格好を求められるイベントが幾つかある。勿論、学生にとっての正装である制服で出席してもいいのだが、そうした生徒は一握りだ。そう言った意味で、一般家庭育ちの有栖を気にかけたのだろう。名前に掛けた色にしている辺り、相馬の遊び心が窺える。 「一臣にはこれを。弓道用の消耗品とどちらにするか悩んだのだがね。君はこういった賑やかな場所が好きだろう。望海と一緒に行くといい」  一臣に渡されたのは遊園地のフリーパス二枚組だった。  身体を動かすのが好きな一臣は、俺とのデートでもそういった場所を良く選ぶ。例えばバッティングセンターだったり、スカッシュコートだったり。それをきちんと把握していたようだ。こういうのをぽんと渡せる相馬の度量の大きさを、俺は素直に凄いと思う。 「一成にはこれを。君の持ちレシピのひとつにして欲しい。これからも研鑽を積むという意味でも励みになると思うよ」  一成に渡されたのは、相馬の行きつけのレストランのシェフに書いてもらったという店の看板メニューのレシピだった。  相馬が行きつけにするぐらいなのだから、店もシェフも超一流である。そこから手書きのレシピが貰えるとは思っていなかったのだろう。予想だに付かなかったプレゼントに感動した一成は、レシピを握り締めて涙を堪えていた。 「真優にはこれを。ありきたりな本は君はもう読破してしまっているだろう。だからとても選べなくてね。私の趣味が出た選書だが受け取って欲しい」  真優に渡されたのは、言語学の学術書が二冊とラテン語とドイツ語の辞書がそれぞれ一冊ずつ。  読書=ことば。その発想が概念的な思想を好む相馬らしい。真優も気に入ったようだ。ことばをもっと深く追求したいと思ってたんだ。と、口にしながら大事そうにその本を膝の上に置いた。 「眞にはこれを。君にはやはりこういったものの方が喜ばれるんじゃないかと思ってね」  眞に渡されたのはリキテックスプライムの二十四色セット。最上位ランクのアクリル絵の具のプレゼントは眞を激しく喜ばせた。どのくらい喜んだかというと、身を乗り出して本当に貰っていいのかを何度も聞くぐらいだった。 「あー、楽しかった。やっぱりクリスマスの楽しみってプレゼントだよね」  俺は皿に残っているケーキを口元に運んだ。  プレゼントを渡し合っている内に大分時間が過ぎてしまったようだ。気付けばもう二十一時を回ろうとしている。俺たちだけなら全員で泊まってゆくところだが、有栖が居る以上はそうもいかない。俺たちは相馬の希望を叶えるべく、指輪を嵌めた手を寄せ合った。有栖にシャッターを切ってもらう。 「これは私のスマートフォンの待ち受けにするよ」  いつもより人間味の感じられる相馬の笑顔。幸福そうな彼の表情に見蕩れつつ、俺たちは全員で手分けをしてリビングを片付けた。 「楽しかったよ、相馬」 「冬休みは長いからね。また皆を招くよ」  また会えるとわかっていても、別れは寂しい。俺は相馬と軽く抱き合ってから、相馬のマンションを辞した。階下に下り、エントランスで方向の異なる眞と真優とも別れる。街路樹に灯るクリスマスイルミネーション。眩い光が行き先を照らし出す中、俺と有栖と一成と一臣、四人で帰途に就く。 「そういえば、望海。あなた小説を書いているって、眞に聞いたのだけど」 「うん。真優が文才があるから何か書いてみればって言うからさ。でも難しいね。一日に千字くらいしか書けないや……」  ぽつりぽつりと会話を交わしながら、長い道のりを歩んでゆく。 「何を書いているのですか?」 「それは完成してからのお楽しみ」 「読ませてはいただけるのですよね、望海様」 「うん。完成したらね」  詩を好んで読む望海は自らも詩を書いた。対して瑞樹は論理的な推理小説を好む性質だ。そのふたりの性質が合わさった結果、何故か文才が生まれてしまったらしい。俺は作文で賞を取ってしまった。その作品を読んだ真優の強い勧めに従って、授業の合間の暇潰しに少しずつ書き進めている物語。  それがこの作品だと知ったら、一成と一臣はどういった顔をするのだろうか?  そう、俺は自分の身に起きた出来事を記録がてら小説にすることにした。この世界で藤村瑞樹としての自我を取り戻したところから、城石望海との統合を果たすところまで……だから聞くよ。どうだっただろう、俺が体験した未曽有の珍事は。これが事実なのだから、事実は小説より奇なりだとは思わないかな。  さて、そろそろ筆を置く時間だ。  じゃあね、読者の皆さん。いつか君たちがこの世界に転生するのを待ってるよ。

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