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第2話 魔族の隠れ家

 地下牢へと至る階段を駆け上がった俺は、半年ぶりの陽の光に目をやられて、しばし立ち眩みを起こした。  しかし、もたついているわけにはいかない。  すぐさま変化の術をかけ、さらに魔力を練り上げたあと、階上にいる衛兵へ向けて魔法弾を放った。  ぐえっという不意打ちに倒れるうめき声を耳にしつつ、そろそろ光にも慣れたであろうと目算し、薄目を広げて階上へと躍り出る。  しかし、誰もいない。  今一度と攻撃の準備をしていたものの、教会の玄関ホールには、ロマネスクな壁画が彩られ、粗雑な木製の長椅子がひとつあるだけだ。豚の隙をついて逃げ出すなどとは誰も考えつかなかったらしい。魔王が舐められたものである。 「困りますね」  突然真後ろから声が聞こえて、飛び上がりそうになった。  足音にまったく気がつかなかった。この半年で聴覚を磨いてきたとの自負は思い違いだったようだ。  振り返ってみたその先には、キャラデータそっくりの生身の人間が立っている。豪奢な刺繍と飾りのついたダルマティカ姿からして、例の神官に違いない。確か名前は…… 「……エルンスト様」  神官はひくと片眉を上げた。   「おや、わたしのことをご存知でいらっしゃいましたか」 「もちろんでございます」 「それは、なんとも光栄の至りであります」 「光栄だなどと、とんでもないことでございます」 「いえいえ、カーフセル魔王に認知していただいていたなど、光栄の他に形容できる言葉はありませんよ」    当然とばかりに気づかれている。  今俺の姿は魔王のそれではなく、変化の術で青年の姿に変えている。エンデの森はわりと物騒な部類に入るため、女性がうろつくには不自然であるし、若ければ油断を誘うことができる。そう狙いをつけたのだが、囚人服から着替える前に見つかってしまっては元も子もない。地下牢に繋がれて三カ月、俺の他に囚人のいる気配などなかったから、言い逃れる言い訳などあり得ようか。  どうすべきか逡巡していたところ、エルンストが再び口を開いた。   「変化の術をかける瞬間を見ておりました」    見破られたどころか、目撃されていたらしい。どちらにせよという問題ではあるものの、失態ではある。 「じゃあ、隠す必要はないな。死んでもらおう」    俺はエルンストに向けて手のひらを掲げ、今にも撃つぞと脅してみせた。しかし、拍子抜けすることに、エルンストは怯えもせず、やれやれといった表情を崩さない。  死が怖くないのか、魔王といえど舐めているのか。ちょっとばかりカチンときたが、撃つつもりなど端からないため、それを見透かしているのだとしたらむしろ話が早いと、怒りを収めることにした。   「責任を追求されないような処理をすれば、見逃してくれるか?」  俺が手を下ろしながら問いかけたそれに、エルンストは片眉を上げた。 「魔王だからって、殺して回るつもりはない。協力してくれるというなら人間でも助かるからな」 「協力、ですか?」 「そうだ。おまえが魔族とつるんでいることは知っている。下の者と懇意にしているくらいなら、俺ともしてくれたっていいだろう?」  エルンストは、悪徳神官という設定ゆえか、話の飲み込みが早いやつだった。  俺の提案を快諾してくれたばかりか、「そうと決まれば早めに済ませましょう」とまで言い、倉庫へと案内してくれたうえで、神官用のダルマティカを一着貸してくれた。  利さえあれば、多少立場が危うくなろうと、どうということでもないらしい。  その礼に、俺はエルンストに痛みを中和させる魔法をかけ、そのあと全力で顔面を殴り飛ばした。  衝撃で吹き飛び、後頭部と腰を強く打ち付けたことで顔をしかめた彼に、のちの回復剤としてポーションを生成し、羊皮紙に魔王のサインを施したものと合わせて手渡した。 「確かにいただきました……」  エルンストは、それらを受け取り、まるで痛むかのように頰を抑えながら立ち上がった。 「これから隠れ家へとお逃げになられると推測いたしますが、魔王の行方を探すために裏側も捜索されると思われますから、見つかるのも時間の問題かと」 「ああ。すぐに撤収させる」 「賢明なご判断です。……それではお気をつけください」  用は済んだとばかりに身を翻したエルンストを見て、ふと疑問が浮かぶ。   「隠れ家が見つかったのちに、おまえは罰を受けるのか?」  問いかけると、エルンストは足を止めて静かに振り返った。  俺に向けてきたその目は、暴力を行使すると提案したとき以上に見開かれている。   「……いいえ。どうとでもご説明することは可能ですから……」 「そうか。……感謝する」  呆けた顔が訝しげに歪んだのを見て、前世の人格が引きずられ始めている自分に気がついた。  記憶を取り戻すまえは、人間どころか部下の魔族たちにも礼など伝えたことがなかった。現世より数年ほど長く生きていたせいか、思い出したことで性格に影響をきたしているらしい。  振り返るまえに誤魔化すべく威厳をこめて睨みつけてみたが、今は儚げと言えるほどの美青年に扮しているため、それもあまり機能していないかもしれない。  まあ、いいや。  威厳とは、演出ではなく実力や結果から生じるものだ。  そう考えることにして、俺は教会の裏口を出て、すぐ目の前にある草むらを分け入った。  一見ただの草木でしかないそこは、探索してみると【先へ進みますか】という選択肢が出現する。  ヒントがあるわけではなく、やたらめったらに探索すれば出る仕掛けなのである。  歩みを進めながら、振り返ってみた。  追っ手のないところを見るに、エルンストは事実助けになってくれたらしい。  とはいえ、彼は見逃すどころか、幇助までしたのだから、逃亡を訴えたところで今さらではある。  俺は考えて、エルンストがどう対処するかを把握しておくことに決め、監視魔法を教会にかけた。効力は数時間程度だが、一時間でもお釣りがくる。  サブキャラである彼は細かいとろこまで性格や背景を練っていない。ただ「悪徳神官」とあるように、ストーリー上は捕縛対象となっている。そのため、正義を取るより、利益を取る人間であると推測できる。さきほど協力してくれたように、これからもと期待してのことだった。  魔法がかかったことを確認したあと歩みを進めるべく振り返り、草をかき分けて小川に出た。岩場に目をやり、洞窟の入り口を探す。  それはすぐに見つかった。中へ入ると日の光が届かず、途端に暗くなる。それと同時に変化の術が解け、俺は本来の魔王フランツの姿へと戻った。  変化の術は、陽の光の下でしか機能しないため、日の入り後はもちろん、光の届かぬ地下や洞窟内へと至れば解けてしまう。  しばらく歩いたのち、ほんのりと灯りが見え、その発光源であろう松明の横に、魔族の歩哨の姿があった。 「魔王様!」  俺は動揺に足が一瞬止まりそうになりながら、無理に足を動かした。  魔族なので部下なのだが、見慣れぬ化物を目にして驚いてしまった。二足歩行の獣型のそいつは、牙が口からはみ出るほど大きく、角と羽があり、どす黒い鱗に覆われた、いわゆる悪魔のような見た目をしている。  側にはべらせるには知能の高い人型の魔族に限っていたため、いくら同じ魔族といえど獣型は見慣れておらず、前世で制作していたときも、こういった下級レベルの敵は、設定事項もシンプルで目にする機会が少なかった。   「ここに士官は?」 「あ……えっと、エペギュウス中尉がいらっしゃいます。ただいまお呼び致します」 「いや、俺が行く。ここはすぐに見つかるから、撤退の準備を進めてくれ」 「えっ?」 「俺が脱獄したってことは、逃亡先を探されるに決まってるだろ」  歩哨からの返事が聞こえず、顔を見るとぽかんと呆けた顔を向けていた。「とにかく、ここを開けろ」と怒鳴ると、ようやく「はっ」と声を裏返しながら反応を返した。  いくらなんでも察しが悪けりゃ反応も鈍い。  しかし、魔族の知能を低く設定したのは、他でもない俺だ。会話はできるし、必要最低限の行動はできても、いわゆる雑魚なので思考力は低い。  その裏設定を思い出したことで、普段気にもしていなかった下級魔族たちが全員このレベルであることを改めて知り、肩を落とした。  世界征服を目指すことに決めた今、倒されるべくの存在でいてもらっては困る。組織の改革だけでなく、教育もし直さなければならない。  俺はすべき事項の多さにうんざりしつつ、頭の隅にタスクとしてメモに取りながら、歩哨に促されて奥へと進んだ。  歩哨は、おもむろにゴゴゴンゴン・ゴンゴゴンなどと奇怪なリズムでドアをノックした。  なんだこいつ、と考えるまでもなく、暗号に違いないと推測する。  表情の読めない部下の顔を見ながら数秒ほど待ったあと、ようやく開けられたドアの向こうを見て、やはりとため息をつく。  部屋の中は、合図を耳にして待機の数秒で片付けましたという有り様だった。 「エペギュウス中尉……」 「な、んで魔王様が」  歩哨の呼びかけにあわあわと狼狽した様子で答えた魔族は、エペギュウス中尉だろう。さすがに下位でも士官だけあり、俺と同様に人型である。  人間と異なる点は、耳が尖り、やや犬歯が鋭く、悪魔のような尻尾があるだけだ。他には、金やオレンジといったカラフルな髪の色をした人間たちとは違い、魔族は揃って髪が黒く、肌が雪のように白い。そして人間よりも小柄である。  それは、魔王の俺も例外ではないのだが、獣型の魔族と違って、魔法を主に用いる人型はフィジカルが不要だからという名目で、実のところ人間と見分けがつきやすいようにという利便(デザイン)性ゆえだった。 「ここには、何人魔族が詰めている?」 「あ、えっと……今は五名ほど……」  エペギュウス中尉がきょろきょろと見渡して述べたのは、この場にいる人数だった。  だめだこりゃ。下士官でもこれか。自分の指揮する部下の人数を把握していないとは。呆れるあまり叱りつけてやりたくなったが、今はそんな場合ではない。 「とりあえず、ここは捨てる。最大限必要なものだけを持って逃げるぞ。裏口はあるんだろうな?」 「いえ、入ってきたところです」  まじかよ。  俺は何度目かもわからないため息をつきながら、来た道を再び戻ることになった。

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