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第4話 双子山での日の出

 双子山は王都から北東へ三十キロメートルほどの場所にある。  騎士団二十名とミヒャエルはそれぞれの愛馬にまたがり、俺は二頭立ての簡易馬車に遠征用荷物とともに乗せられて、急ぎ足でそこを目指した。  脱獄したのが朝の早い時間だったため、日が暮れるまえには到着し、魔力が感じ取れますなどと事実をそのまま訴えながら、ミヒャエルを本物の元隠れ家へと誘導して、日が沈むまえにはあらかた確認することができた。 「出払ってしばらく経っている様子だったな」 「魔王が捕まったあと、すぐに撤退したようですね」 「ああ。となると、魔王はそれを知らずにやってきて、また別の場所へ向かったのかもしれない。……トンファー神官」  騎士団員と顔を突き合わせていたミヒャエルから呼びかけられた。輪から少し離れてところで、山登りによって疲弊した足を揉んでいたので、立ち上がり、彼のほうへ向かう。 「はい」 「あれから、魔獣の動向は感じ取れますか?」 「それが、わたしもまだ修行の身でありますので、二時間ほどしたのちに解けてしまいました。ここへたどり着いてから動いた様子はなかったので、あえて申し上げなかったのですが」 「……そうでしたか」  ミヒャエルは微笑を見せた。真面目一徹の彼の笑みは貴重といえるほど少ない。力になれなかった俺を気遣って、無理につくったのだろう。  彼の後ろで騎士団たちが野営の準備をし始めている。俺はバツの悪さを取り繕う演技をして、手伝うべく声をかけに向かった。 「トイファー神官は、お身体を休めていてください」  しかし、いまだ笑みを持続しているミヒャエルに断られてしまう。部下の体調に目を光らせるリーダーのごとく、俺のことまでも心配してくれているらしい。  全員で簡単な移動食を夕食にしたあと、俺は借り受けた一人用のテントへと入り、直後に日が沈んで変化の術が解けた。今夜はギリギリセーフである。  翌朝は日の出とともに起き、ミヒャエルたちが焚き木の周りで熟睡しているのを確認して、森の奥へと向かった。  声の届かない程度の距離を見定めて草陰へと分け入り、しゃがみ込んで姿勢を低くしたあと、伝達の魔法をかけた。 「ヨハネス」  返ってきたのは盛大ないびきだった。  舌打ちをして、何度か呼びかけるのを繰り返すと、ようやくという時間を置いて耳をつく不快な音が止まった。   『だ、誰っ』 「俺だ」 『えっ、えっ』 「……おまえの上司だ」 『上司って、まさか……フランツ様?』  捕囚されている魔王がまさかと驚いたのであろうと解釈してやることもできるが、側近であり、魔族の宰相職を担っている、いわばナンバー二のヨハネスを呼び捨てるのは魔王(おれ)以外にいない。それくらい、すぐに気づいてもらいたいものである。  寝起きでぼうっとしている様子のヨハネスに、脱獄して変化し、ミヒャエルたちとノーフの近くにいることを伝えた。 『ちょ、ちょ、ちょ、いきなりなんなんですか』 「……そういうことだから、今夜ノーフ村の奥の廃教会へユーア教会の神官長を連れてきてくれ。名はエルンストという」 『は? え?』 「頼んだぞ」 『あ、ちょ、』  ヨハネスは腕も立つし、立場だけでなく頭脳のほうも俺に次ぐレベルであり、聖女パーティたちの強敵という設定である。そのはずが、寝起きが悪いのか、驚きすぎて頭が回っていないのか、下士官のバカよりも悪い反応に辟易せざるを得ない。  寝起きの悪いやつは大嫌いである。覚醒と睡眠は瞬時に切り替えるべきであり、でなければ社畜なんて、いや魔王の仕事だってまともにできない。  俺は毒づきながらも、立ち上がり、ノーフの村のほうへ目を向けた。  あそこへ行くよう仕向けるためには、どう説得するべきか。  ここへ向かう道すがら、ユーア教会にかけた監視魔法を馬車の中でチェックしてみたところ、エルンストは信頼の足る男だと判断できた。  魔王の脱獄について切らぬ存ぜぬを決め込み、どこぞから聞きつけたのか俺が適当にでっち上げた話に合わせて、飛翔魔獣の鳴き声がすぐ近くで聞こえたなどとまで答えてくれていたのである。  人間側の協力者は一人必要だったところに、小規模とはいえ教会を治める神官長という地位は、利用価値が高い。あいつを利用できれば、世界征服は想定以上に早く進めることができる。 「トイファー神官?」  突然の呼びかける声に、俺は肩を震わせた。  すぐさま振り返ると、ほっとした顔のミヒャエルと目がかち合った。 「……おはようございます」 「お早いですね」 「ええ。慣れぬ旅にお腹を壊してしまったようで……」  朝の早い時間に見られないようコソコソと草陰に隠れているなんて、もよおしたという理由以外に思いつかない。   「それは大変ですね。薬草がありますがお渡ししましょうか?」 「……ええ。いただけるのであれば、ありがたいです」  そんな薄っすら不審な理由でも、ミヒャエルは心からの同情を示してくれた。さすがは清廉実直な騎士である。  ミヒャエルとともに馬車へと戻ると、すでに騎士団たちも起きており、馬に水をやったり朝食の準備をしていた。思ったよりも騎士団たちの朝は早いらしい。 「食事を終えたらすぐに出発するから、支度は済ませておけ」 「はっ!」  おいおい、まさか。   「ラスベンダー騎士団長、出発とはどちらへ?」 「王都へ戻ります」 「……探索は続けないのですか?」 「ええ。隠れ家が撤収されたとなれば、この地に魔王がいる可能性は低いと考えられます。すぐに王城へ報告し、宰相から次の指示を仰がねばなりません」    こいつは、やばいな。昼くらいまではまだ山を探索するものと考えていた。  魔力はもう追えていないと伝えてしまったし、縁もゆかりも無いこの地に引き止め置く理由なんてない。  朝食の乾パンを急いで口に詰め込むミヒャエルを見つめながら、いっそ強硬手段に出るかと思いつく。 「なんだか、天気が崩れそうですね」    雲一つない空を見上げた俺は、そこへありったけの雨雲を召喚すべく魔法をかけた。騎士たちが俺の声につられて天を仰いだとき、ぽつりと雨が落ち、ごろごろという雷音が轟いた。 「雨?」 「まさか」 「急げ」  ごろごろごろ。  無駄な努力を進める騎士たちの耳にはどう響いているか。俺の耳には、安堵の調べとして聞こえている。  途端にかっと稲妻が走り、進行方向に雨が降り始めた。 国中、いや国外のものも合わせて、可能な限りの雨雲を召喚したからか、あたりは朝とは思えぬほど薄暗くなってきている。  よしよし。にやける口元を、まるで不安に襲われているかのごとくの演技で抑えている間にも、雨足は強まり、ばらばらとした音がザーと間断のない音へと変化していく。 「一気にきたな」  雨を避けるべく木の下に集まった騎士団たちにも、無意味なごとくの大粒の雫がしたたり落ち、もはやずぶ濡れと言っていいほど衣服の色を濃く変えていた。 「近くにノーフという村がありますよ」  きょろきょろとしていたミヒャエルに、俺は憔悴した演技で近づいた。 「ノーフ? 村なんかが近くにありましたか?」 「ええ。山沿いに東に進むと、小規模ながらもあります。宿屋などはないと思いますが、厩舎で雨宿りくらいはさせていただけるのではないでしょうか」 「確かにこの豪雨では馬もへばってしまう。野営も無理ですし、お世話になれるか伺ってみたほうがよさそうですね」    会話の声も、わめくほどの声量でなければならなくなっていた。  雨はみるみる強まっており、ぐずぐずしていたら道はぬかるむどころか川に見えかねないほど溜まり始めている。  ミヒャエルは決めたらすぐとばかりに馬にまたがり、道順を教えて欲しいからと俺を後ろに乗せ、自分たちに続くよう馬上の部下たちに命じて駆け出した。

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