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第5話 ノーフの村
ノーフの村は双子山と呼ばれる二つの山に囲まれた人口千五百人ほどの規模の村で、もともとは山向こうに住むノフェラストフ伯爵の領地であった。
大規模な農奴解放が行われたとき、借地料を払いながら住み続けることを選択した村人たちは、現在農耕にくわえて畜産もしながら、人口を賄えるだけの収穫を維持し、不自由なく暮らしていた。
しかし、エバーアフターモードに突入すると、そんな平和が突如一変してしまう仕組みになっている。
干ばつに竜巻、家畜の病気やそれにまつわる住民同士のいさかいなど、あちこちで問題が起きるようプログラムされており、そこへ攻略対象者と結婚した聖女が、国を隅々見て回るという名目で訪れて、村の問題を解決するというクエストが始まるのだ。
攻略対象者であるミヒャエルを連れて訪れ、先にクエストを完了させてやれば、聖女の信用に陰が出る。それを目的としてこの地へと誘導したのだが、なぜか道案内など不要のごとく、ミヒャエルはまっすぐノーフの村へとたどり着いた。
窮状を中央に訴えることができず困っていたという設定上、ミヒャエルも当然知らないことになっている。
雨というか滝とも言える状態の豪雨の中を進んでいたため、会話もままならない状態であったうえに、道順は一本道だったから聞く必要がなかったのかもしれない。
「まあ、王都の騎士団様?」
雨戸まで閉ざされた家屋を通り抜けていく道中、声をかけてくれる家があった。
「いかがされたのですか? どうぞこちらへいらして」
うら若く、可愛らしい顔立ちをしている彼女は、ユリアーネ・ザイフェルトと名乗った。
年老いた父親と二人暮らしのようで、困っている騎士団を見逃せないと言って、自宅へと招き入れてくれた。
本来であれば、もう数百メートルほど進んだ先に村長の家があり、そこで村の窮状を聞いて力になる流れになっている。
ここで足止めを食らわなければ、滞在の言い訳をする必要はないのにと不満だったが、ユリアーネは濡れ鼠の俺たちを甲斐甲斐しく世話してくれて、上着を干し、火がはぜる暖炉の前に座らせてくれたばかりか、温かいお茶をふるまってくれたことで、冷え切った身体を休ませることができた。
「お父さん、そんな愚痴のようなことを騎士団長様におっしゃってはいけません」
ユリアーネが父親をたしなめたのは、ミヒャエルが礼にと振る舞った酒が進んだことで、ザイフェルト氏が、村の窮状をミヒャエルに話して聞かせてくれていたからだった。
ラッキーである。年老いたその父親は、紙を丸めてのばしたほど皺だらけなうえに、倒れるのではと心配なほど背筋も丸まっていたが、喋りはしっかりとしていた。必要な分のクエスト内容をすべて説明してくれるほど、しゃきっとしていてくれたのである。
「わたしどもがここを訪れたことこそが、神のお導きかもしれません。できることがありましたら、お力になりたいと思います」
「しかし、貴殿は騎士団長であろう? 王都にいなければならない立場なんじゃ。ここの問題は一昼夜でなんとかできる程度じゃありゃせん」
「ええ。ですから数週間ほど滞在して、われわれで可能なことはお力にならせていただき、できないことは中央へお伝えするべく調査をさせていただきたいと思います」
ミヒャエルはまんまとその気になってくれている。ほくそ笑むどころではない。
ガタイのいい騎士二十人と、すらりと背の高い騎士団長、そして細身で小柄ながら俺までもが入ると、この傾きかけた家は混雑したバスのごとくに狭苦しくなったが、アルコールによる体温の上昇で、部屋はますます温まり、空気も和やかで、意外と悪くない雰囲気である。
俺は不満も吹き飛び、順調にことが進んでご満悦状態だった。
「そんな……お仕事は大丈夫なんですか?」
ミヒャエルに、ユリアーネが心配げな顔でお茶のお代わりを差し出した。
「ええ。もちろんです。国王様の目が届かないところで国民が困っていたなどと、見過ごすことはできません」
「でしたら、明日村長さんのところへ行って、騎士団さまがたが滞在できる場として、うちの裏手にある空き家を使わせていただけるようお願いしてみましょう」
ユリアーネは頬を赤くし、期待に目を輝かせている。ミヒャエルは男の俺でも目にすれば気分がよくなるほどの美貌である。乙女ゲームのメインキャラクターなので当然だが、寡黙であまり笑みを見せない彼は、微笑でもかなりのパンチ力がある。
「トイファー神官は、どう思われますか?」
「へっ?」
いきなりミヒャエルから話を振られた。しかもなぜか笑みを浮かべたままだ。
「……教会が見捨てられているなど、黙って見過ごせる問題ではないと思いますが」
窮状の中で、ザイフェルト氏はこの村には教会がないという話もしていた。
アルカディアーヤは宗教国家であり、国民が通える場所に必ず教会を設置し、神官を置かなければならないという国法がある。
しかしこの村では以前いた神官が死んで以来、後任は現れず、村人たちは導き手を失って礼拝などの習慣も廃れてしまった。徐々に教会は使われなくなり次第に朽ち果て、今ではどこにあるかもわからなくなっているという現状なのである。
「え、ええ。おっしゃるとおりです。なんとしてでも見つけ出して、修繕したほうがいいと思います」
俺の言葉に、ミヒャエルはさらに笑みを大きくした。こんなにも輝くような笑顔を見せるのは、愛する聖女を前にしたときくらいではだろうか。ミヒャエルのほうもよほど機嫌がいいらしい。
「神官様もこうおっしゃられておりますから、やはり教会がなければいけません。習慣がなくなると行動も忘れてしまうものです。教会というのは、神父の住居というだけでなく、信仰を思い出させる場所でもあるのです」
「そうじゃのう。国の騎士団長様がそこまでおっしゃるのなら、ユリアーネ、明日はその旨しっかり村長に伝えてやりなさい」
「ええ。教会のことも、村長さんならご存知かもしれないわ」
ユリアーネに、ミヒャエルはにこにこと、「是非ともご挨拶にお伺いさせてください」と返した。
それを見て、俺はもしかしてと勘付いた。
ミヒャエルがご機嫌なのは、ユリアーネのせいではないだろうか。
真面目一徹で、人生で初めて恋心を抱いた聖女アグネスは、仲間の妻となってしまった。三ヶ月しか経っていない今はまだ傷心の時期かもしれないが、だからといって一目惚れしないということはあるまい。
モブキャラなくせに、妙に可愛らしい顔立ちのこのユリアーネは、もしかしたらあぶれた攻略対象者たちの相手となるキャラなのかもしれない。俺はエバーアフターモードに限り、詳細を知らないため、攻略対象者たちのその後には詳しくないのである。
そうこうしているうちに、いつの間にやら雨は止んでおり、外は晴れ渡っていた。もともとこの土地は干ばつに悩むほど乾燥しており、ザイフェルト氏の家は丘陵した場所にあったため、雨水は、思っていた以上にはけていた。
泊まっていきなさいというありがたいお言葉をいただいても物理的に不可能だった俺たちは、外の草地でテントを張らせてもらうことになった。
俺は、またもや疲労が激しかったという演技をして、日の入り前にテントへ下がり、今夜も術が解けるまえに姿を隠すことができた。
そして真夜中になり、みなが寝静まったころを見計らって、山の方を目指すべくひっそりと抜け出した。
雲一つない夜だったが、新月だったせいで、あたりは墨を垂らしたように暗く、俺は魔法の暗視能力を使って低空を飛翔しながら移動した。
たどり着いたそこには、ゲーム画面どおりではあるものの、リアルで見るとおぞましいほど不気味に朽ちている教会があった。
降り立った俺は、空中に火を召喚してあたりを明るくしながら、見渡し、そして呼びかけた。
「ヨハネス」
小声でもいやに響いたその声で、教会の手前の草むらから、ぴょこりと頭が突き出てきた。
「ようやくのお出ましですか」
俺の生命が助かったことで、ほっとしているかと思いきや、不満げに苛立ちを表に出している。
「いきなり文句か?」
「こんなに待たせるなら先におっしゃってくださいよ。今夜だなんて大雑把過ぎます。呼び出すのなら正確に何時なのかをおっしゃっていただかないと」
怠惰で無気力なくせに、待たされることは不愉快らしい。今は仕事も与えておらず、魔王の隠し財産から金を使い放題であるからニートと言っていい。そのうえでこんな態度をとりやがるとは、痛めつけてやりたくなる。
しかし、真夜中のこんな場所で仕置など目立つような真似をしては見つかりかねない。俺は苛立ちを飲み込んで、ヨハネスの隣に姿を現したエルンストのほうへ目を向けた。
「エルンスト、わざわざ来てもらって悪かったな」
「魔王が謝罪ですか?」
訝しげな表情を向けたエルンストを見て、俺は唖然とした。
こいつら、魔王を前に恐れるとか怯むとか、そういった畏怖の感情はないのか?
あっと驚く間もなく殺してやることができるし、それをわからないほどバカではないはずだが、肝が座り過ぎている。
「……おまえを呼びつけたのには理由がある」
「ええ。そうでしょう。人目のないところでするなら、殺すか頼み事以外にないでしょう」
「口の減らないやつだな」
「この時間ですから、眠いだけです。早いところ用件をおっしゃってください」
確かに俺も眠い。エルンストの言う通りだと舌打ちをしながら、俺は頼みたかったことの詳細を説明した。
「まさか、魔王からそのようなご提案をいただけるとは思っても見ませんでした」
「……力になってくれるか?」
「お答えするまでもないでしょう。下手を打てば面倒なことになりかねない話ですが、それを覚悟したとしても、利点のほうが多い、と判断できます」
「ではおまえに一任する。俺と連絡を取り合うときはヨハネスを通してくれ」
「わたしが何をするって? 神官の下働きですか?」
当のヨハネスがまさかという声をあげた。俺は部下を睨みつけ、威厳を見せるために声を一段低くした。
「俺が捕まって以来ろくに働いていなかっただろ?」
「そんなことはありません。隠れ家を移転したり、編成を立て直したり、魔王様の代理として大変な日々を送っておりました」
事実だとしても、ふんぞり返って命令しただけであることは聞くまでもなく想像できる。
呆れつつも、魔族の中で一番まともなのがこいつしかいないため、選り好みはできないのである。
「じゃあ、その大変な日々から開放してやるから、俺の代理業務などをせず、エルンストのそばについていろ。まさに下働きとしてな」
「ええー」
「それが、魔族の復興に今最も必要なことなんだ。魔王の仕事以上にな」
未だぶちぶちと文句を垂れていたヨハネスだが、一発攻撃魔法で脅しをかけると、恐れをなした様子でしぶしぶ承知した。
ナンバー二があの体たらくでは先が思いやられる。
俺は二人を見送りながら、これからのことを考えて、何度も出てくるため息を止めることができなかった。
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