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第23話 二人目の攻略

 翌朝、洗面を済ませるために廊下へ出ると、ライナーとヨハネスの話し声が聞こえてきた。 「お身体の調子が悪いようでしたら、ポーションを精製いたしますよ」 「いえ、特にどこにも不調はありませんが」  ライナーがヨハネスの体調を案じてくれているなんて、夏に雪が降るほどの驚きだ。アグネスたち仲間以外の他人には無関心を決め込むキャラのくせに、珍しくもまたイジドーアのような気配りを見せるとは。   「でしたら、なぜ半日も部屋にこもる必要があるのですか?」 「えっ……それは、あの、祈祷が、祈祷? 礼拝? えっと」  気配りじゃねえ。探りを入れていやがる。くそ。  しどろもどろのヨハネスをかばうべく、急いで二人のもとへ駆け寄った。 「おはようございます」 「……トイファー神官、おはようございます」 「マヌエルがなにか失礼なことでも?」 「いえ、体調をお窺いしていただけです。朝食をとりに向かうところでしたので、お誘い申し上げようとも考えておりました。不調がないのでしたら、ギースベルト神官もご一緒にいかがですか?」 「へっ? 俺、いや、わたし? えっと、わたしは……」  機転が効かなすぎる。反応してくれないほうがマシなほどひどい。   「これから朝の祈祷がありますので、わたしとともに後から参らせていただきます。お誘いくださいましてありがとうございました」 「そうですか……でしたら、わたしは不在になりますし、イジドーアは朝の鍛錬に行っておりますので、今部屋にはミヒャエルしかおりません。それでは失礼いたします」  ライナーはなにやら淡々と述べて歩き去っていった。その姿が完全に消えるのを見送ったあと、ヨハネスを叱りつけるべく部屋へと引っぱり込んだ。 「どう返せばいいかわからなくなったら、いっそのこと黙ってろ」 「……申し訳ありません」 「それと、毎夜のことなんだから、不在になる言い訳くらい考えておけよ」 「肝に銘じます」 「ったく。自分が敵の懐にいることを自覚してろよな」 「……すみません。それよりも、あのクッシュが最後に話していたやつ」 「あ?」 「もしかしてフランツ様に合図したんじゃないですか?」 「合図?」 「クッシュたちは戻らないから、今のうちにラスベンダーと、みたいな」  言われてみれば、確かにそうかもしれない。  昨夜のあれで、ミヒャエルと俺になんらかの関係があると勘づいて、ヨハネスたちのようにご機嫌を取れと言いたかったのかもしれない。  ミヒャエルが部屋に一人きりだとすると、エルンストが言っていた程度のことならできるだろう。事実いい機会と言える。  しかし、これ幸いとこの機を利用したら、空気はよくなれど、ライナーの確信を強めることにもなってしまう。    俺は考えた挙げ句に、聞かなかったことにしようと決めた。  どいつもこいつも俺を生贄のごとく扱いやがって、と頭にきたのもあるが、疑惑が確信に転じてしまうほうが困ると考えたからだ。    しかし、馬車に乗り込むとすでに手遅れだったことを知るはめになった。  いつものごとく不機嫌なミヒャエルはいいとしても、やつに対して向けられているはずの目が、すべて俺に向けられていたのである。  その非難と言ってもいい目つきは、前世のサラリーマン時代を思い出させるものだった。発売された商品のバグが俺のミスによるものだと判明したときのそれに似ており、魔王としての半生でも馴染みのあるものだった。  すべての元凶はおまえにあるとばかりの、恨みのこもった目つきである。それとは別に、おまえさえ耐えれば解決するのに、という取りすがる思いも含まれていた。  気持ちはわかるが、知ったこっちゃない。  事実すべての元凶は俺であり、何もかも俺が招いたものである。だとしても、ミヒャエルの態度はなんとも大人げなく、惚れた相手と二人きりになれないだけでキレまくるなんて、理解不能も甚だしい。  それほどまでにベタ惚れされてることが、死にたくなるほど恥ずかしいばかりか、いい加減に逃げ出したくなるほどうんざりしていたのである。  そして、六日目の朝にキセガセ村へと到着したときには、ようやく晴れ晴れと、やっとせいせいするとばかりに解放され、みな安堵の表情を浮かべていた。  さすがに騎士団長としての責務を取り戻してくれたらしいミヒャエルも、殺意や苛立ちが表から消え、騎士としての面差しに戻ってくれていた。  さすれば、みなの不満も無事収まるというもので、ローデンヴァルト捜索のほうへと意識が切り替わったようだった。 「地下にいるという話だが、付近にも隠れ家があるかもしれない」 「ああ。人手がないから慎重に捜索することにしよう」 「わたしは教会へ行かずに、あたりを見回ってくる」    宿屋のないこの村では、村長宅で厄介となる予定だ。そこへまず挨拶に行ったあと、俺とエルンスト、イジドーアとミヒャエルの四人で件の教会へと向かうことになった。ヨハネスは教会へ入ると術が解けてしまうため、馬の世話をさせるからとして残し、ライナーは日が落ちる前に外を捜索したいと訴えたので別行動となったのである。 「これはこれは、ナウマン様。神祇官となられる前のお忙しい時期に、このような田舎にまでご足労いただきまして、心より感謝申し上げます」  恭しく招き入れてくれたのは教会を治めるバルテン神官長だ。  田舎の弱小教会といえど付近一帯の十の村を担当しているそこは、規模としては田舎に相応しくないほどのもので、神官は五名も在任し、見習い神官が三名と、他に下働きの下男や女中など、計十三名もが暮らしている。  しかし、担当地区は人口が少ない代わりに距離が離れているという難があり、出向くたびに時間や手間がかかってしまうため、人手は足りていない現状らしい。気候も不安定なこの村は、土地も肥沃とはいえない有り様で、教会自体も慎ましいどころではない困窮した生活を強いられていた。  そんな教会からしてみれば、王都の神祇官となるエルンストの訪問は、天界からの使いのごとくの機会なのである。   「お話は伺いました。それだけでも援助するには申し分ないほどなのですが、もしよろしければ、実際に目でも確認させていただければ、理解も深まるものと思います」 「承知いたしました。必要なところはすべてご案内いたします」 「ありがとうございます。でしたら、まずは教会の内部のほうを」 「かしこまりました。どうぞこちらへ……」  バルテンの案内を受けて、俺たちは揃って教会の中を見学させてもらった。  エルンストと俺がバルテンの後に続き、イジドーアが俺たちの護衛という名目でお供についている。ミヒャエルはそこから敢えて遅れをとりつつ、細かく捜索の目を光らせているようだった。  ルクルー教会には、メインの礼拝堂とは別に、礼拝室なるところがある。その小部屋は、十人も入れば埋まるほどの広さでしかないが、簡素ながらもステンドグラスが装飾されており、幻想的な雰囲気を帯びていた。  バルテンは、誰もいないような口ぶりで俺たちを案内したのだが、そこには祈りを捧げている一人の神官の姿があった。 「あ、フィッシャーの礼拝時間だったな。これは失礼した」    声をかけられて立ち上がった神官は、年の頃四十を過ぎているとは思えないほどの美貌を持った女神官だった。 「バルテン様……あら、お客様でいらっしゃいますか?」  「お客様どころか神の使者のような御方だ。来月リュート地区の神祇官となられるナウマン様と騎士団長のラスベンダー様だ」 「神祇官様と、騎士団長様?」 「それに、魔王を打ち倒したパーティの一人、ヴォーリッツ様もいらっしゃる」  エレオノーラはイジドーアに目を向けて、そのかわいらしいとも言えるくりくりとした目を、さらに大きく見開いた。  「イジドーア・ヴォーリッツと申します」  自分を見て視線が止まったことに戸惑ったらしいイジドーアが、気恥ずかしげに自己紹介をした。   「大変失礼いたしました。わたしはエレオノーラ・フィッシャーと申します」 「いえ、失礼したのはこちらです。お祈りの最中お邪魔をしてしまったようですね。わたしどものことはお気になさらず、どうぞお続けください」 「滅相もありません。地下室の掃除をする予定もありますので、すぐに失礼いたします」 「地下室の掃除、ですか?」    頭を下げ、足早に出ていこうとしたエレオノーラを、イジドーアが呼び止めた。 「……ええ」 「それは、定期的になされるものなのですか?」 「ええ……定期的にと申しますか、食品庫となっておりますので、害虫がいた場合に駆除しなければなりません。そのためですので」 「その掃除に、わたしもご同行してもよろしいでしょうか」 「いえ、お客様をそのような場所へは……」 「わたしたちは視察のために来ております。ですので、念のためにでも確認をさせていただけたらありがたいのです。ナウマン神官長をお連れするには問題があるかと存じますが、わたしでしたらいかがでしょう。それと、お手伝いをさせていただければ、旅でなまった身体もほぐれますし、その点でもありがたく思います」  エレオノーラは困った顔をし、上司であるバルテンを窺い見た。  バルテンも困惑していたようだが、エルンストが『是非お願いします』と付け加えたのを聞いて、許可を出してくれた。  それに対しイジドーアは、まさかこんな簡単に事が運ぶとは思わなかったと言わんばかりに目を丸くした。  噂では、ローデンヴァルトが潜伏している場所はこの教会の地下となっている。  案内の途中で地下へ続く階段に通りかかったときも、イジドーアは声をかけたのだが、ただの倉庫でしかなく見るものもないからと、やんわり断られていた。  そのはずが、あっさりと許可が出て驚いたのだろう。  しかし実際のところは、ローデンヴァルトなどいないうえに、断り文句は事実なのである。 「では、お言葉に甘えさせていただきます」 「はい。何か必要な道具がありますか?」 「ええ。水を汲みに行かなければなりません」 「承知いたしました」  イジドーアとエレオノーラは、二人会話を進めながら礼拝室を後にしていった。  この教会へ来た目的とは、罪人を探すためでも困窮した教会の現状を視察することでもなく、俺の世界征服のためである。  その目的のため、達成すべく事が動き出したのは、今まさにこの瞬間からだった。

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