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第22話 不機嫌あらわな騎士

 俺の望みは、もう一度世界を征服をして、魔族たちと人間を共存させることである。  正体を隠して攻略対象者たちに近づくのは危険極まりないが、やつらの懐に入れば最短を辿ることができる。  ミヒャエルからの愛に応えたのは利用するためであり、騙し討ちのような真似をしたのも目的のためだった。  ただ、さすがに多少の後ろめたさはある。  結果的に俺の計画どおりに進んでくれたので、ミヒャエルをなだめてやれるのなら、できる限りのことはしてやりたい。その気持ちはあるのだが…… 「は? こんなところで何十分も休憩する必要なんてないだろ。馬は元気だし道もいい。このまま順調に行けば日が暮れる前に宿のある村にまでたどり着ける」 「ああ。しかし飲水が心もとないから、沢でも探して……」 「水なら、もう汲んできた」  ミヒャエルは、馬車の道中で休憩を取ったタイミングを見計らって、俺と二人きりになるべくどこぞの物陰へ連れ込もうと画策していた。  しかし、仕切り屋のイジドーアは正論でそれを引き止め、他人に無関心であるはずのライアーが珍しくもお節介な真似をしたせいで、叶わずじまいに終わった。  天気がよく快適な気温だったこともあり、馬も疲労を見せず、旅程は順調過ぎるほどだった。  村にたどり着き、宿をとることになっても、部屋割りは当然とばかりにパーティの三人と、同じ教会の神官たちでまとまることになり、否応もない。  今、宿に荷物を置いたあと村長のところへ挨拶に行くために六人で歩いていたのだが、以前としてミヒャエルは殺気立っている。  約束と違うなどと詰め寄ろうとしないのは、誰にも気づかれないようにと頼んだ俺に、承諾してくれた手前があるからだろう。  そのように実直にも気遣ってくれて、馬車で俺が離れた席に座っても、強引に隣へ来るようなことはしない。  ありがたくはあり、なんとか慰めてやりたい気持ちは強くなっている。  ただ、下手なことをして関係を気づかれてしまうほうが怖いので、結局のところは放置するしかない状況が続いていた。    「あいつは何を苛ついてるんだ?」 「イジドーア、無視しておけ」 「無視って言っても、あんなんじゃいざってときに連携を取りづらいだろ」 「だったらわたしたちだけで組めばいい」 「そんなことしたら怪我人が出るかもしれない」 「ミヒャエルは神官たちを命に変えても守るはずだ」 「は……まあ、神祇官がいるから、してもらわなきゃ困ることだが」    ミヒャエルから遅れてイジドーアとライナーが並んで歩いていて、俺を含む神官トリオはさらに十メートルほど後ろについている。 「フランツ様が抜いておあげになれば一発で機嫌が直るんじゃないですか?」 「ああっ?」 「ええ、ヨハネスの言うとおりです。何か用事でもつけてどこかで済ませてきてください」 「おま、神官のくせに何を言いやがる?」 「悪徳神官とやらなので、倫理観のほうもですよ。ですが愛は神も推奨している高尚なものですから」 「……俺とミヒャエルはなんでもない」 「まだそんなこと言ってるんですか? さすがに無理がありますよ」 「ええ。ヴォーリッツたちが気づくのも時間の問題でしょう」 「うそ?」 「そうですよ。それにこのままだと、俺らのまえでフランツ様に飛びかかるかもしれませんよ」  それはさすがにまずい。気遣ってくれているからと安心しているそれが、油断となってしまっては手遅れになりかねない。 「目の前にいるのにやれないってのは、離れているよりもつらいんですよ」  ヨハネスがしみじみと言った。エルンストに気がある様子のこいつが言うと、なんとも説得力がありやがる。 「抱きしめておあげになって、愛を囁くだけでも十分心が休まると思いますよ」  なにやら穏やかにエルンストが助言めいたことを言ってくれた。それくらいならできるかもしれない。数分でも二人きりになればいいのだから。  村長宅での挨拶を終えて再び宿へと戻ってきた。  宿屋の一階には飯屋があり、村人たちが訪れるそこで、宿泊客も食事をとることができる。  食事を終えたあと、念のため付近を捜索すると言ったイジドーアを見て、これだと思いつき俺は立ち上がった。 「でしたらわたしもご同行いたします」  「トイファー神官が?」 「ええ。多少は魔法も使えますし、足手まといになることはないと思います」 「いいえ。危険です。観光じゃないんですから」  しかし、ライナーから冷ややかにも一蹴されてしまう。  ミヒャエルも俺の意図に気づいたらしく、久しぶりに笑みを見せたというのに、一転して顔が曇ってしまった。   「ええ。ですがわたしも一応は魔法を使えますので、二人組で二手に分かれたら効率がいいかと」 「おお、トイファー神官は勇気がおありの方だ。ローデンヴァルトが潜んでいるとは思えませんが、何があっても俺が全力でお守りしましょう」 「いえ、わたしは騎士だん……」 「気概のある男は大好きです。その意気は俺が買いますよ」  イジドーアは、がはは、と豪快に笑いながら俺の肩を抱き、飯屋の出口へと連れて行かれてしまった。  浮き浮きとした様子のイジドーアは、あの物凄い殺気を感じないのだろうか。  いや、感じて気づかれたりでもしたらむしろ困るのだが、結局のところせっかくのチャンスが水泡に帰してしまった。   「北のほうを見てみましょう。小さい村ですからすぐに済みます」  宿屋を出たあと、右手を進み始めたイジドーアと並んで歩いている。 「承知いたしました」 「そういえばライナーが言ってましたね。神官が神の加護に守られていると」 「……ええ」 「神官ながらも魔術を身につけるなんて、努力をなされていらっしゃるんですね」 「いえ、家族が魔族に殺されて、それで……」  ミヒャエルにもしたトイファーの設定(つくり話)を話したら、さらに関心を買ったらしく、あれこれと楽しげに話しかけてくるようになった。  そんなイジドーアと会話をしていたら、敵ではなく攻略対象者(わが子)として見えてきて、なんとも言えぬ感慨が湧き、俺のほうも楽しみ始めていた。 「そうなんですよ、鍛えればいいというものではなく、ちゃんと頭を使って順序立てて鍛錬しないと機能しません」 「肉や魚などを多めに取らなければならないんですよね」 「おっしゃるとおりです。鍛えても食事が足りなければ肉がつきませんから」 「そう言ったことを賄ってくださる方はいらっしゃるんですか?」 「……ええ、お恥ずかしながらまだ両親と暮らしておりますから、してもらっているという状況です」 「家督を継がれるのですか?」 「いえ、末息子のうえに養子なので出ていかねばなりません。ですが、一人暮らしとなるとそういった細々とした家事ができるか不安で」 「差し出がましいことではありますが、ヴォーリッツ様であれば、女中なりをお雇いできるのでは?」 「はい。皆はそうやって独立しておりますが、わたしは他人が家にいるというのはどうも落ち着かない性分でして。実家の使用人たちは生まれた頃から世話になっているんで、まだいいのですが」 「でしたらやはり、奥様など……あ、それこそ差し出がましいことでした。申し訳ありません」 「いえいえ、年齢的にもそろそろ身を固めねばならない年ですので、当然すべき話です……なんですが、恋愛というものはどうも苦手で」  当然のことながら、会って間もない神官にアグネスへの想いを吐露するはずがない。そう思っていたのだが、考えていた以上に心を開いてくれたようで、誰か叶わぬ相手を想っているという話はしてくれた。  諦めてはいるから、ただ陰ながらに想っているだけではあるものの、他の人に目が向くこともなく、見合いなどをする気も起きないのだと言う。  ミヒャエルの機嫌を直すはずが、イジドーアと数時間ほど食後の散歩をしただけになってしまったが、意外にも実のある時間だった。  しかしながら、成果にほくそ笑みつつ宿に戻ったところ、ミヒャエルの機嫌は悪化どころじゃなかった。   「どこまで行っていたんだ?」  俺たちが帰るなり、ミヒャエルはイジドーアを壁に押しつけて、脅すかのごとく詰め寄り始めた。 「どこって、北から東のほうを見て回っていただけだ」 「それに三時間もかかるか?」 「かかるだろ。おまえらはいつ戻ったんだ?」 「一時間で済む」 「一時間? ちゃんと確認したんだろうな?」 「俺が見逃すとでも?」  ヤンキーじゃなくてヤクザだこれ。暴行ではなく殺害の意志を感じる。 「……なんだよ」    突然不可解にも殺意を向けられては、イジドーアが苛立つのも無理はない。  こんな宿屋で血を見るような事態になってはならないと焦り、ミヒャエルをなだめるべく近づいた。 「騎士団長……」 「イジドーアと何をしていたんですか?」  あ、俺にも殺意が向いている。しかも問答無用なほどのキレっぷりだ。  この状況ではいちゃいちゃして気を逸らすこともできない。言い聞かせるしかないとなると、めんどくさくなってきた。 「ヴォーリッツ様がおっしゃられていたとおりです。では、おやすみなさい」 「トイファー神官?」  うるせえ。追ってくんな。  部屋のまえまですがるかのごとく追ってくるミヒャエルを振り払い、中に入って鍵を閉めた。 「おかえりなさい。どうしたんですか?」  ヨハネスとエルンストはカードで遊んでいたらしく、勢いよく部屋に入ってきた俺に、きょとんとした顔を揃って向けてきた。 「トイファー神官」  ミヒャエルの呼びかける声が聞こえてきた。部屋に入っても諦めてくれないらしい。   「フランツ様……」 「名前を呼ぶな」 「……失礼しました」 「トイファー神官、お話したいことがあるんです」  しかも、だ。まだ誰も寝静まっていないこんな時間だっていうのに、憚らずでかい声を出すなんてバカじゃないだろうか。 「トイファー神官、ドアを開けてください」 「……ラスベンダーに呼ばれていますよ」 「それがなんだ」 「開けてあげたほうがいいんじゃないですか?」 「ええ。騎士団長もそろそろ限界のようですし」 「嫌だ……」 「いい加減、相手してあげたらどうですか? ちょちょいと抜いてあげるだけでいいんですよ」 「ざけんな。そんなことするか!」 「……なんなら俺らの部屋使ってもいいですし。俺は透過術で姿を消しますから」 「ええ。わたしは一時間ほど散歩をして参ります」  味方であるはずの二人が、敵に自分の身を差し出せと訴えてきやがる。  反論すらも面倒になった俺は、すべてを無視して寝台にもぐりこみ頭から布団をかぶった。呼びかけるミヒャエルの声はやむことを知らず、しつこさに辟易してしまうほど続いている。  無視を決め込んだことで、さすがに諦めてくれたものの、去ったあともいまだ呼ばれているような気がして、その夜はまるで寝た気がしなかった。

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