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第21話 骨の折れる説得
俺が捕らえられていたのがユーア教会だったのは幸運だった。でなければエルンストという優秀な協力者に出会えなかったのだから。
やつは味方をしてくれただけでなく、期待した以上の働きを見せてくれている。
毎日のように王城へと呼ばれていたと思いきや、ハンス以下国政を担う重臣連中の信頼を順当に勝ち得てくれていたらしく、来月には出世し、城下町フグルーアを含むリュート地区の神祇官となることが決まったのだ。スピードもさることながら、街外れのユーア教会神官長がその地位に就くなんて異例のことである。
俺の情報が大部分だったとしても、それを演出して魅せたのはエルンストの力と言えよう。
「フランツ様も城へ行かれるんですか?」
朝食を終え、自室に使わせてもらっているユーア教会の一室で外出の支度をしていたところ、ヨハネスがドアを開けて不満げな顔を覗かせてきた。
「仕方がないだろ」
「エルンストもですし、お二方がいらっしゃらないと、神官の真似事をしなきゃいけなくて怠いんですけど」
「じゃあ、出ていけばいいだろ?」
「出ていったらエルンストといつ会えるかわからないじゃないですか」
「は……なにおまえ、まさか」
「フランツ様はラスベンダーがいていいですよね。最近めっきり肌艶がいいし。……そういえば、気になってたんですけど、フランツ様のほうが受け側なんですか?」
「なっ」
「いえ、体格的にもラスベンダーのほうが入れる側っぽいし、騎士だけあってやっぱり剣を使うのかなあって」
「何を聞いてくんだよ! あいつとはなんでもない」
「いえね、俺も入れられる側なんで、仲間なのかなあって。やっぱりお尻のほうが気持ちいいですよね」
「黙れ……」
「エルンストは神官ですから、姦淫はしないでしょう?」
「知るか。俺に聞くな」
「手近にいる男といえば神官ばかりですし、だったら街の男でも探したいところなんですが」
「もう、黙ってくれまじで。聞きたくない……」
「あ、もう行かれるんですか?」
不必要な情報は遮断、そして削除が鉄則だ。部下からの相談は聞き届けるべきだが、下の話なんて親身になる必要はない。
とはいえ、ヨハネスがまさかエルンストに恋をしていたとは思わなかった。
いや、待てよ。恋なのか? ただ性欲を解消したいだけのような気もしたが。
どちらにせよ、面倒なことになるのだけは勘弁して欲しい。
今日もミヒャエルに呼ばれて王城へ行くのだが、ようやく準備が整った件について、提案するつもりでいた。
世界征服のための一歩なので、絶対に失敗したくない。ミヒャエルが乗ってくれるその自信はあるものの、いざ現地へ行ったあとにヨハネスがはっちゃけたりして、部下の誤爆ですべてが台無しになんてことになったら笑えない。
「六分も前に来てくださるとは、そんなに楽しみにしてくださっていたんですね」
王城の中の騎士団長用居室へ入った途端に、ミヒャエルから熱烈な抱擁、そして接吻を受けた。
この一ヶ月の間、エルンストが通っている影で、俺のほうもせっせと王城へ、というかミヒャエルのもとへと通っていたのである。
「二日もお会いできなかったなんて」
関係を隠したいと訴えたときは、キレられ、詰め寄られ、愛撫してはいかせる寸前で止めるという地獄を何時間も味わわされたが、そればかりは譲るわけにはいかず、断固として粘り続けた。
結局としてミヒャエルは折れてくれたわけだが、外で会えない代わりにこのように密会しなければならず、室内でいちゃいちゃのしっぱなしである。
会うたびにやりまくるって、盛っている十代みたいで死ぬほど恥ずかしい。
「ダグラス、今日はあなたにお喜びいただけるであろうものをご用意いたしました」
「なんですか?」
「焼き菓子にクリームを乗せたものです。わたしが食べさせてあげますからね」
ミヒャエルはテーブルのうえに置かれていた布を、おもむろに持ち上げた。
そこにあるものを見て、俺は思わず前のめりになり、食い入るように近づいてしまった。
「甘いものはお好きですよね?」
「はい。しかもケーキだなんて、大好物です」
ミヒャエルが用意してくれたのは、苺の乗ったショートケーキだった。
この世界で甘味は貴重なものである。魔族が口にできる人間の食事といえば庶民のおこぼれくらいなので、甘味など口にできるものではなかった。ユーア教会に住み始めた今は残飯ではない料理を食べられるし、ミヒャエルが城の料理を貢いでくれたりして、甘味も味わえるようになってはいたが、それでも焼き菓子レベルである。
クリームなんて、いくら騎士団長と言えど手に入れるには無理な代物のはずで、それこそ王太子レベルでなければ口に入れられないほどのものである。
俺が思わず生唾を飲むと、ふふ、と嬉しげな笑みが耳元に聞こえてきた。
部屋にいる間は、俺に触れていなければ落ち着かないとばかりに、常に膝のうえに乗せられているのである。恥ずかしいことこの上ないが、愛し合っている前提上、飲まねばならない羞恥である。
ミヒャエルはケーキにフォークを入れ、一口分をすくい上げたあと、それを二人羽織よろしく、俺の口元へと運んできた。
「どうぞ」
器用にもちゃんと目の前に持ってきてくれたのでぱくりと食べてみる。
「うまっ」
「お気に召してくださったようで安心いたしました」
「とても美味しいです」
「ふふ。それでは、わたしも一口いただいてみてもよろしいでしょうか」
てことは、俺が食べさせてあげる流れ? かなり恥ずいカップル仕草だけど、されたからにはしてあげるべきだよな。
「ええ。でしたら、わたしが……」
「いえ。あなたにそんなことはさせられません」
言いながら、ごく自然とも言える動作でソファのうえに寝転ばされた。
せっかく俺が意を決して食べさせてやるって言ったのに……じゃなくて、俺はあの一口でおしまい?
がっかりしていたところ、するりとダルマティカをまくりあげられ、乳首にひんやりとしたものが触れた。
「はうっ」
何?と驚く間もなく、次に熱く濡れたものがぺろりと這った。
「んあっ」
「確かに美味しいですね」
喋るミヒャエルからぺろぺろちゅうちゅうと吸い付かれている。おまえ、まさか生クリームを塗って舐めたんじゃないだろうな。
考えている間にも、またひんやりとして、次に舐められるというのを繰り返されている。さらには、喘いでしまっている俺の口に、クリームのついたミヒャエルの指が入ってきて、甘い味と刺激で下半身が反応してしまう。
これ、なんてプレイ?
「……はあ、んっ」
「んん、美味し」
今日は時間がないため、なし崩されまいとしていたのに、早業すぎる。
「もうすぐ時間が……」
「なんの時間ですか?」
「んっ、王太子殿下に拝謁する予定があります」
「ハンスに?」
いきなり声のトーンが殺伐としたそれに変わった。
嫉妬なのかわからないが、俺が他の人間──男女問わずの名前を出すと、いちいちキレ散らかしてくれるので、毎回びびって魔術を発動しそうになる。
「ええ。ナウマン神官長と……」
「わたしといるよりもナウマンたちに会いたいんですか?」
今度は殺気混じりの声だけでなく、睨みも向けられた。まじでこわいから勘弁して欲しい。
「いえ、ですから……」
説明しようとしたっていうのに、口を塞がれてしまう。いきなり濃厚に攻めてきた舌は、まだ口内に残っていたクリームを、すくい取るように蹂躙していく。
ミヒャエルとしかしたことがないため比較はできないが、キスをされるとそれだけでも気持ちがよくて、頭がふわふわとしてしまう。
高潔な騎士であるはずのこいつも、設定上一応は童貞なはずだ。
それなのに、愛撫も上手けりゃ、すぐにいかせられるし、回数を重ねるたびに満更でもなくなるのは、なぜなのかいまだにわからない。
「んっ……ちょっとやめ、お待ちください……ミヒャエルにも一緒に行ってほしいのです」
なんとか正気に戻って無理に離れたら、ようやく手を止めてくれた。
「わたしも……それは、ユーア教会で婚姻の儀をあげるためにハンスから許可を得るということですか?」
いやいや、何を言ってるんだ? 勘違いが過ぎることを問い返されて呆れてしまう。
「違います。ジュール地方へ騎士団長にもご同行していただくために、その許可をいただきたいのです」
「婚前旅行の話でしたか。でしたら気候も悪くて何も見るところのない辺鄙なジュールへ行くよりも、シュトゥーガルのほうがいいですよ。あんな片道で五日もかかるところへ向かったら、休暇は移動だけで終わってしまいますから」
「……旅行ではなく仕事です」
「仕事?」
「はい。そこにローデンヴァルトが潜伏しているという噂を聞きつけたので」
「ローデンヴァルト?」
突然騎士としての声に変わった。脅したり甘い声を出したり忙しいやつだな。
呆れつつも、そんなミヒャエルを愛らしく感じ始めている自分もいて、なんとも複雑である。
「ジュールにあるキセガセという村でローデンヴァルトがよく目撃されているそうなんです。教会の地下に人を集めているという噂で、そこを拠点にしているのかもしれません」
「つまり、ナウマンも、というのはジュールへも同行するということですか?」
「ええ、情報はナウマンが掴んだものですから」
「それは面白くありませんね。噂レベルということは、騎士団は出動させずに聞き込みをするだけですよね」
「はい。ですからヴォーリッツ様もご一緒していただければと考えております」
「イジドーアですか……でしたら、ナウマンとイジドーアに行かせてわたしたちは朗報を待つことにいたしましょう」
「それでは意味が……いえ、騎士団長こそ行かねばならない事案だと思いますが」
「……いくらあなたが一緒だとしても、往復に十日もかかる道中、ナウマンがいては触れることができませんし、村についてもあなたに近づけないなんて耐えられません」
「ですが、ずっとおそばにおりますから」
「田舎の宿屋なんて壁が薄くて声を出せませんよ」
やれないから行かないなんてまじかよ。二週間以上そばにいるなんて聞いたら、飛びつかんばかりに喜んでくれると思っていたのに。
「たまには、外で、というのも楽しいかもしれません」
くそ。こんなことを言わなければならないとは。
「フラ……ダグラスはそういった興味もあるんですか? でしたら旅の休憩中も……宿屋で声を殺してとか? それは……いいですね」
まばゆいばかりの美貌でエロい算段をするのはやめて欲しい。
「ええ、ですからミヒャエルも是非一緒にジュールへ行っていただきたいのですが」
「そういうことなら喜んでお受けいたします。仕事でしたら何泊しても構いませんし、あなたのおそばにいられるのであれば婚前旅行と変わりません」
いや、まるで違うだろうと思いつつ、もう一押ししてやれと考えて、ミヒャエルの耳元へすり寄ってみた。
「四人にしたのも、三人ですと部屋が一つになってしまうとの危惧からです」
恥ずかしげに囁いてみたところ、ミヒャエルは感激したとばかりに力を込めて俺を抱きしめ、キスの雨を降らせてきた。
さらには、よほど期待をそそられたのか、いちゃいちゃするでもなく、「時間は大丈夫ですか?」と気にかけてくれて、無事謁見に間に合うことができた。
彼はさすが実直な男だけあり、一度した約束は必ず守ってくれる。
ジュールへ行くためにミヒャエルと俺とエルンスト、そしてイジドーアが向かうことは滞りなく決定された。
そこに、ローデンヴァルトがいるという噂も嘘ではない。
ただ、その噂は俺が流したもので、実はまるで正反対の地方に潜んでいることを掴んでいる事実は、口にしなかった。
そのうえ、大罪人がいるかもしれない土地へ調査に向かうために、騎士団は行かずとも騎士団長と戦士だけの戦力では心許ないという理由で、ライナーも同行することになったのは、ハンスの指示である。
さらには、神官長であり、いまや国政にも携わるエルンストの世話係として、ヨハネスもついていくというのも、出発直前に決められたことだった。俺の指示でエルンストがそう誘導すべく進言したわけであるが、この時点では決定されていなかったのだから、言えなかったのも仕方がない。
翌朝、旅のメンバーが六人になったことを知ったときのミヒャエルの顔は忘れられない。
覚悟はしていたとはいえ、悪鬼のごとくの形相は夢に出てきそうなほど恐ろしかった。
その気持ちはわかる。約束と違うじゃないかという怒りは当然だろう。
だとしても、仕方がないことなのだから我慢してもらわなければならない。
俺にとって最も重要なものは世界征服だ。愛してくれているミヒャエルを騙すような真似をしても、優先させなければならないことなのである。
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