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第20話 遅ればせながらの告白
快楽を求め合うというのは、己の痴態をさらけ出すことで、終わって冷静になってしまうと死にたくなるくらいに恥ずかしいものである。
夜であれば寝た振りなんかをすればいいかもしれないが、窓から日光の降り注ぐ真っ昼間という状況では、どういった態度を取ればいいかわからない。
正解を導き出せない童貞歴の長い俺は、ソファに全裸で寝転ぶミヒャエルから離れたところに座り、いまだ冷めやらぬ上気した顔を背けて、床に落ちていたダルマティカを拾うことしかできなかった。
「もう、服を着てしまうんですか?」
ダルマティカを頭から被る俺の腰あたりを、ミヒャエルがすすすと指でなぞってきた。
「まだ着なくてもいいのに」
囁かれながら、今度は腰に口づけられ、びくと反応してしまう。
こいつには恥ずかしさなる感情がないのだろうか。
自分ばかりが狼狽えてしまっていることが不服で非難の目を向けてやりたくとも、目を合わせること自体が恥ずかしい。
羞恥で狼狽えるなんて、俺としたことがである。魔王がこんなことで動揺するなんて馬鹿馬鹿しいどころではない。
深呼吸を繰り返し、腰のあたりを指の腹で撫でられている刺激も無視して、確認せねばならぬことを切り出すことにした。
「騎士団長様、お話したいことが……」
「二度としないなどと続けるなら、また襲いますよ」
ミヒャエルはいきなり起き上がり、後ろから抱きしめてきた。俺を引き寄せるその腕は、筋肉が引き締まり、肌は見るも滑らかで、指は剣ダコがあるというのに意外にもほっそりとして、思わず触れたくなってしまう。
いやいや、冷静になれ。何をされても無視を決め込むんだ。これじゃあまるで話が進まない。
「違います。忘れ物を受け取りに参りましたので」
「ああ。確かに僕が預かっておりますが、必要ないものなので破棄しておきます」
「破棄?」
ええ、などと生返事をしながら、ミヒャエルは首元をついばみ始めた。
どんなものであっても勝手に破棄するなよ。生涯の愛を誓い合っていたとしても別れを決意するレベルの行動だぞ。
「わたしがいるんですから、魔王の血なんて必要ありません」
頭の中で突っ込みを入れていたところ、続いて聞こえた言葉で血の気が引いた。
「受け取りたいだなんて、まさか誰かに使うおつもりなんですか?」
忘れ物って、やはり『魔王の血清』のことかよ。
中身が血液であることは見た目で気付いたとしても、誰の血であるかまで知っているのはなぜだ?
本当は正体に気づいているのだろうか?
ぞっとして、ミヒャエルの表情を窺うべく振り向いた。
「魔王の血ってなん……」
ミヒャエルは話している途中の俺の口を塞ぎ、舌を入れてきやがった。
そればかりか、服の中に手を入れて腰や腹のあたりを撫で始めてもいる。
今はそれどころじゃない。
いい加減にしろと、抵抗すべく力をかけて身体を離すと、一瞬丸い目を向けたミヒャエルは、次にやれやれというように眉尻を下げた。
「あなたがあのような密売品を購入されるとは思いませんでした……」
「密売品って」
「ええ、フランツの看守が売りさばいていたものを購入されたのでしょう?」
まさかのことだった。あの看守 は俺の血を使って、性欲だけでなく金も満たしていたとは。
驚いたが、同時に得心がいってほっとした。正体がバレていたわけではなかったらしい。ミヒャエルが知っていたのは、騎士団長として治安を取り締まる責務があったからだ。
「……僕に抱かれるためお金をかける必要なんてなかったんですよ……何度でもいつでも抱いてさしあげますから」
ほっとして、脱力していた俺に、ミヒャエルは遠慮なくちゅうちゅう吸い付いては、乳首を弄び始めた。
一つ懸念が解消したと言っても、まだ気にかかることはあるんだから、先に進めるな。
「騎士団長様、まだお話があります」
答えてくれるはずの口は、肩や腕を通ってまたも前のほうへ回ってきた。「邪魔なので」と言いながら着たばかりのダルマティカを脱がされて、乳首をぺろぺろとやりだしている。
話があるって言ってんだろうがよ。
「あの、わたしたちのことはご内密にいたしますので」
「内密に? なぜですか?」
「……騎士団長様のためです。わたしなんぞと関係を持っているのを知られたらお困りになられますでしょう」
騎士団長様のためと言いながらも俺自身のためだが、ミヒャエルにとってもアグネスにセフレがいるなんてバレたくないだろうし、そもそもが清廉実直な騎士に男の愛人がいるなんて気づかれたらまずい話だ。
俺は二度とすべきではないと考えながら、ろくな抵抗もせずにすんなりと受け入れてしまった。
もしまた襲われたとしても、抵抗する自信がない。一度もまともに抗えたことがないのだから、回数を重ねるごとに満足度の上がっている現状、拒否できる気がしないのである。
となると、アグネスを愛しているはずのミヒャエルにとって、俺はセフレ、いや性道具のごとくの存在ということなるのだろう。
舌を噛みちぎりたいほどの屈辱だが、死にたくないし拒否できないとなれば、割り切るしかない。隠し通す以外にないのである。
「まったく問題ありません」
「えっ?」
「それとも、神官が姦淫を禁じられていることを気にされていらっしゃるのですか?」
気遣ったつもりが、なんてこともないように返され、そればかりか慰めるかのごとく問い返された。
「ええ、それもありますが……」
「ですが、婚姻相手なら構わないのですよね」
「えっ……」
今度は聞き間違いかな? 婚姻相手って意味わかってないのかな?
「でしたら、あなたとわたしが愛し合っていることを表に出しても、なんの問題もありません」
「それは……御冗談ですか?」
「冗談であって欲しいのですか?」
突然物凄い殺気が放たれた。それまで部屋がピンクに染まるかのごとく甘ったるい雰囲気だったのに、空気が張り詰め、急に冷え冷えとしだした。
「冗談ではないとおっしゃられるのであれば、騎士団長様は……」
「ええ。あなたを愛しております。あなたもそうであるとお見受けしていたのですが、まさか身体だけ受け入れて心は別にあるとでもおっしゃられるのですか?」
セフレや性道具どころか本気だったのかよ。
しかも、騎士団長という立場でありながら、同性の恋人を隠しもせず堂々と表に出すなんて……嘘だろ?
そもそも俺に惚れていること自体が信じられないというのに。
見た目は一応美青年に設定してあるが、ミヒャエルのほうがイケメンだし、魅力も比較にならないほどある。単なるモブレベルの神官に愛を誓っていい男じゃない。
「えっと……」
「わたしは、あなたのすべてを愛しています。どんなあなたでも……」
まっすぐ俺の目を見てそう言ったミヒャエルは、まさしく俺の設定した清廉で実直な騎士の顔だった。
攻略対象者の中で一番人気であるミヒャエルは、寡黙ながらも真面目で、恋心を表に出さず、影ながら守ってくれる奥ゆかしさが美貌との相乗効果で受けたのである。俺はもともとミヒャエルが一番のお気に入りだったので、人気が出たときにはほくそ笑んだものだが、その当人に主人公のごとく愛を告げられるとは夢にも思わなかった。
思わなかったが、現世の魔王としてその事実は、利用できるかもしれない、と考えながら思いついた。
騎士団長という立場であるミヒャエルは、有事には衛兵にさえも命じることができる。王太子夫妻とは懇意の中で、国民からの信頼も厚い。
ヨハネスの言うように、むしろ落としておくべき存在である。関係は解消すべきとばかり考えていたが、彼の愛情を引き付けておけば、世界征服に利用できる。邪魔にはならないどころか惚れさせておけば、味方にすらなってくれるかもしれない。
「わたしも、騎士団長様を愛しております」
「本当ですか?」
「もちろんです。他のかたには触られるのも嫌です」
数十分前に宣言しろと詰め寄られたことを思い出し、喜ばせるべく試しに言ってみたら、めちゃくちゃ嬉しそうに顔を輝かせた。
熱烈に目を潤ませるミヒャエルもいいが、恥ずかしげに喜ぶのもかわいい。
「はあ、言葉で言われるとたまらないな」
吐息混じりに言ったミヒャエルは、真夏の太陽に照らされたアイスのように顔を蕩けさせた。
「愛しています。フ……ダグラス」
そして抱きしめられ、キスをされた。
利用するためだとしても愛されて悪い気はしない、というか俺も浮き浮きしているかもしれない。
恋人なんて生まれて初めてだし、しかも相手はもともと気に入っていたキャラだ。不快なことはしないし、むしろ気持ちよくしてくれるのである。
「わたしも、愛しております」
「ああ、たまらない。好きです。好き……」
ミヒャエルはそのあとも俺を抱きしめて撫で回しながら、堰を切ったかのように「好き」だの「愛している」だのと繰り返している。
つーか、そんなに愛しているというなら、先に犯すのは順序としておかしくないか? 身体目的だと思われても仕方がないぞ。
童貞どころか恋人すらいたことのない俺が言うのも何だが、恋愛下手かよ。
呆れつつも、懸念ごとが二つも解消されただけでなく、世界征服への展望も開けてにやけてしまう俺は、じゃれつく愛玩犬のごとくのミヒャエルを、ちょっとかわいいと思ってしまっていた。
これからどんな未来が待ち受けているか知らなかったから、そのときはまだそんな余裕を持っていられたのである。
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