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第37話 らしくない騎士

「なぜあのようなことをなされたのですか?」  ミヒャエルは、騎士団たちを率いてその日宿泊する予定の村へ到着したあと、近場の湖畔へと俺を呼び出した。  日は沈みきり、夕食も済ませた今の時間は人気どころか動物の気配すらなく、遠くからホーホーと鳴く鳥の声や、風が揺らす木の葉の音だけが静かに響き渡っている。  あのキレっぷりでは、問答無用で詰め寄られると覚悟をしていたが、ランプもなく月明かりのみに照らされたミヒャエルの美貌は、苦悶に歪んでいた。 「……なんのことだよ」 「わたしがあなたをどれほど愛しているか、おわかりいただけてないようですね」 「……そんなの、知ってるけど」 「いいえ。おわかりいただけているのであれば、部下を身代わりに差し向けるような真似はしないはずです」    いつもならどれほど怒りに駆られていようとも、二人きりになった途端、俺を抱きしめてキスをするはずだ。  そのはずが、ミヒャエルは俺から距離をとり、手も届かない位置から微動だにしない。   「だから、なんのことかわからねえよ」 「あなたはわたしを利用されていらっしゃる。フランツは、あなたは魔王なのですから、設定で……いえ、わたしに応えてくださったのは目的のため、というのは承知しております」 「目的って世界征服のことか? それは別だ。どちらも重要だが、関係はない」 「そのお言葉、信じたいところですし、半ば信じかけてはおりましたが、演技であることは承知しております。あなたは、わたしの気持ちにお気づきになられたとき、目的のために身体を使うことを決意なされた。それ以外にわたしを受け入れてくださる理由はないからです」  まさかのことだが、気づいていたらしい。いや、俺より俺を知っているはずなのだから当然かもしれない。俺のほうも、佐倉のことがなければミヒャエルがフランツを愛している理由が納得できなかったのだから。 「利用されること自体に反感は抱いておりません。愛を返していただくというのは念願でしたから。たとえ仮初であっても、わたしにとっては同じことです。……卑怯だとの自覚はありますが、あなたの手のひらで踊るのも一興だとも考えておりました。ですがそれは、あなた自らがわたしの愛を受け止めてくださっていたからです。部下になんて任せずに」 「いや、だから俺は本気なんだって……部下には何も命じてないし」 「レーナルトがあなたに刃向かえるのですか?」 「えっ?」 「……あなたは脱獄なされてから人が変わられました。以前のあなたであれば身体は受け入れても、自らわたしを抱くようなことはなさらなかったはずです……本気で愛してくださったのではと勘違いしてしまうほど、真に迫っておられました」 「だから、勘違いじゃないって言ってんだろ」 「わたしを利用するのは構いませんが、だとしても他人を身代わにされるのは傷つきます」 「だ……それは……」 「もし、でありますが、わたしの愛を試す目的だったとしたら、その必要はありません。わたしが恐れているのは、あなたが他の男に目をくれることと、おそばにいられなくなることだけです。ですから、もしわたしに触れられることがご不快とあらば、はっきりおっしゃってください。あんな回りくどい真似などなさらずに」  殺意充満かと思いきや、悲痛なほどに顔を歪め、今にも泣き崩れそうなほど震えている。  予想外の反応すぎて、戸惑うどころではない。  理由は別としても、愛してくれているミヒャエルに対して卑劣な真似をしてしまったのは事実だ。怒るのも当然だろう。  しかし、俺に暴力を振るはずがないといえ、以前のように、愛撫をしてぎりぎりで止めるあの手法で、責められるものと考えていた。  こんなふうに、正面から言葉で責められるとは思ってもみなかった。 「本当に俺が命じたわけじゃない……だが、確かに知ってはいた」  清廉実直で、真摯な態度のミヒャエルをまえにしては、嘘をつき続けるのは心苦しい。ヨハネスが勝手にするはずがないという指摘ももっともだ。  知っていたという点は認めざるを得ないだろう。   「それで、お止めにならなかったのですね?」 「……ああ。……その、おまえの言うように、試すつもりだったってやつだ」 「次にレーナルトを差し向けたら、拷問では済ませません。殺します」 「殺すって、あいつは俺の部下で必要なやつなんだ」 「でしたら解放させておあげください。性に奔放な男があなたのおそばにいるなどと、考えるだけでおぞましい。今にも斬り掛かってやりたいくらいです」 「あいつは俺になんて興味はない。俺じゃなくて……おまえなんだ」 「それが発端ですか?」 「……そうだ。俺が提案したわけじゃない。あいつからの話で……でも……わるかった。二度とさせないようキツく言っておく」 「ええ。レーナルトだけでなく、他の誰も、二度と差し向けないでいただきたい」  俺が認めても激昂するどころか、悲しげに目を伏せているだけだ。心底参っている様子である。   「……わかった」 「ええ。でしたら、あなたのお世話はわたし一人にさせてください。目的のお手伝いもわたしがお力になりますので、他には誰も必要ありません」 「いや、だから、おまえじゃできないこともあるから、それは」 「フランツ、あなたのお力になれるのはわたしだけです。あなたがわたしにすべてをお話しくだされば済むのです」  ミヒャエルはたしなめるような声で言ってから、ゆっくりと近づいてきた。顔つきは、攻略対象者たる清廉な騎士のそれだ。  月光に輝くその美貌は、ぞくりとするほど魅惑的で、愛を覚えてしまっている俺は、なぜいつまでも抱きしめてくれないのかなどと、場違いな願望に胸をざわつかせてしまっている。 「すべて……って、えっと、今は王都に戻ってからのことしか」 「王都ですか? ハルシュッフではなく?」 「そうだ。……事前に何も頼んでない、だろ」 「そのようなこと……」  ミヒャエルの言葉が途中で切れた。言い淀むなんて珍しい。  それに、手が触れるほどの距離にまで来たというのに、手を伸ばそうとしてくれないこともだ。躊躇するような素振りもなく、ただ目の前に立っているだけなんて、今までにあっただろうか。 「……では、あなたがハルシュッフにいらした目的はなんですか?」 「目的なんて……そんなのは、おまえに会うため……だ」 「それは、う……」  まただ。口を開きかけて閉じてしまった。  いつもなら聞きたいことや言いたいことはすぐさま俺に詰め寄るし、聞いてもいない佐倉のときの記憶までもべらべらと口にするミヒャエルが、いったいどうしたというのだろう。 「……それは、嬉しい。非常に嬉しく思います」 「ああ。俺もおまえに会えて嬉しい」 「でしたら、まっすぐ会いに来てくださればよかったのに」 「……それは悪かった」  まじで調子が狂う。いつものように怒りに駆られて責めてくれたほうが、どんなに気が楽か。  仰け反るほどの勢いでキスをして、鈍い痛みがあるほど抱きしめて、人の目も気にせず服に手を入れてくるやつが、その素振りすらないなんて、戸惑うどころではない。  そもそも触れようともしないなんてことが、今までにあっただろうか。  俺を愛しているのは、俺の要素であって、俺自身ではないはずだ。ミヒャエルにとっての俺はまるでラブドールのごとくであるはずなのに。  ヨハネスの件に対して、腹が立ったというより傷ついたと言っていたから、敢えての態度なのかもしれない。かもしれないが、だとしても様子が違いすぎる。  不安か焦燥か、もやもやとした気持ちが収まらない俺は、たまらずミヒャエルの腕を掴んでぐいと引き、その唇にキスをした。  ミヒャエルは驚いたようで、肩を震わせながらも俺からのキスを受けてくれたが、呆然としているだけで抱きしめ返そうとはしてくれない。  いつもなら、俺からアクションがあれば、尻尾を振るかのごとく、飛び上がらんばかりに喜ぶはずなのに。 「もうあんなことはさせないから、だから……」  なんで俺が許しを請わなきゃならないんだ? ヨハネスが勝手にやったことだ。いや、俺も背中を押したけど、それは佐倉のせいなんだから、俺はわるくない。むしろ悩まされている側だ。  その俺が抱きしめて、キスをして、謝っている。  してこいよ。  この場でやりたいんだって服を脱がせにかかってこいよ。そうしたら俺がこんなところでやりたくないって怒鳴りつけて、でもちょっといちゃいちゃして、名残惜しくキスをして、物足りなさと無念さに苦笑しながら宿に戻る、そんな展開になる状況のはずだろ? 「ええ。あなたのおそばにいられるのであれば、それで満足です」  ミヒャエルは、ようやく笑みを見せてくれた。  俺が抱きしめて、キスをして、謝ったことで、ようやくだ。  しかし、それだけだった。  しかも、見たことのないほど、力のないものでしかなかった。

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