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第40話 エンディングのからくり
佐倉はゲームのメインストーリーに関してはいっさい関わっていなかった。敵キャラや魔族のことだけを担当させていたからであり、また本人も進捗はおろか必要最低限のこと以外は聞いてこようともしなかったから、そもそも興味がなかったのだと思う。
同僚と雑談をしたり、飲みに行ったりもしていないようだった。自分の担当業務に関するコミュニケーションの他は取ろうともしていなかったから、耳に入れる機会もなかったはずである。
ただ、フランツを推していたくらいだから、完成したあとにプレイくらいはしているだろう。
しているはずだが、エバーアフターモードまではしていないはずだ。おそらくだが、間違いない。なぜなら、フランツの死後のおまけなんてやるわけがないからだ。
ノーフや『魔王の血清』に関しては、宣伝にも入れていた部分なので、未プレイの者が知っていてもおかしくない。ただ、それ以外の部分は実際にプレイした者しか知り得ないことなのである。
エルンストとこれからの予定を詰め終えて雑談を始めた頃合いに、ドアがノックされた。
一時間は滞在していたため、エルンストの従者かお茶のお代わりかと思いきや、応答に入室してきたのはライナーとイジドーア、そしてミヒャエルだった。攻略対象者揃い踏みの中でハンスだけが不在なのは、王太子が一神祇官の執務室を気軽に訪問するはずがない、からではないだろう。
例の一件に関して、その証拠を現在所持しているのがエルンストであることを、どこぞから、いや泳がせていた当時の責任者から聞き出したに違いない。
「わたくしのような立場の者のもとへわざわざ皆さまがたがお出でくださるとは、いかがなされたのですか?」
「面会の申し出もなく突然お伺いしてしまって、大変申し訳ございません。ですが、居ても立ってもいられない、と申しますか、一枚の書類を拝見させていただきたく、不躾を承知で参りました」
ライナーの言葉を聞いて、俺はエルンストを見た。エルンストも俺を窺っていたようで、目が合った。
もう少し先でもと考えていたが、三人揃ってやってきてくれたのなら、タイミング的にはありだ。
いいだろう。
そう、俺はエルンストに許可をした。
頷き返したエルンストは微笑を浮かべて三人をソファへと誘導し、従者を呼んでお茶の追加と俺たちの分のお代わりを命じた。
それらが運ばれて、テーブルのうえに用意され、従者が退室するまでの間、三人は話を切り出さなかった。
そして五人だけになり、ようやくライナーが口を開いた。
「ナウマン神祇官、すでにお手元にあるものと存じますので、単刀直入に申し上げさせていただきます。われわれ三人の出生に関する証明書、国王様の署名が入った機密書類を拝見させていただけませんでしょうか」
やはりだ。
エルンストは数秒ほど間を空けてからゆっくりと頷いて、一時間前、俺に見せてくれたばかりのその書類を自身の執務机から取り出した。
「こちらにあります」
ライナーに手渡し、横に座っていたイジドーアも覗き込んだ。
二人はじっとその書類に目を注ぎ、数分ほどしたのちに、ソファの背もたれに身体をどさりと預けた。
「ということは、わたしとイジドーア、そしてミヒャエルもハンスの異母兄弟ということになるのですね」
ライナーの言葉に、エルンストは神妙な顔つきで頷いた。
「……おっしゃるとおりです」
エルンストがその顔つき同様真剣なまでの声音で答えると、イジドーアの顔には力のない笑みが浮かんだ。
「俺たちにも王位継承権があるということか」
「……それも、おっしゃるとおりです」
この『聖女の剣』は、聖女アグネスが魔王を打ち倒し、攻略対象者の誰かと結ばれることが本編のエンディングであり、国に平和をもたらせたのちに王妃となることがエバーアフターモードの役割である。
今アグネス王妃ではなく王太子妃という身分であるため、その過程にいるわけだが、そもそも攻略対象者は四人いる。
今回のルートでは、王太子であるハンスを選択したので問題なく王妃への道を進んでいるが、他の三人を選んだ場合は違う。騎士団長か魔法使い、そして戦士の妻となったとしたら、普通王妃にはなれない。
そこで無理くり考え出されたのは、彼ら四人が実は異母兄弟だった、という設定だった。
ハンスの父であった国王は、三人の母に子種を与え、非嫡出の息子を遺していた。王位継承者は一人かと思いきや三人いたのである。
もし、ハンス以外の誰かと結ばれた場合も、時間はかかるが必ず王妃となるのである。
ハンスは『魔王の血清』なくは永遠に男としての機能を果たせず、アグネスが求めなければ手に入らないそれなしでは、妃を迎えても跡取りをつくることができない。そのため、実はアグネスと結婚した相手も王位継承者であることが発覚し、国の英雄でもあるだからと、次期国王となる流れになる。
ゲームでありおまけなので、あり得ないほど無理のある話だが、現実となっている今は、その設定が生きているわけである。
「わたしたちはなぜ知らされていなかったのでしょう」
「それは、神官は姦淫してはならないという教義ゆえのことだと存じます」
「だから、異母兄弟などいてはならない、ということでしょうか」
「おっしゃるとおりです」
「でしたらなぜこのように国王様の署名入証明書が遺されているのでしょう」
「ご推察されていらっしゃると存じますが、ハンス王太子殿下以外に嫡子がいらっしゃらない現状ですので、もし、跡継ぎができなかったら、というその可能性を考慮してのことだと存じます」
この事実は、ハンス以外が選ばれた場合のみ知らされることになっていた。
なぜなら、最高神官長という責務を熱心に務めているハンスは、前国王である父を心から尊敬し、生真面目でかつ信心深い性格だからだ。
神官は結婚することは可能だが、姦淫してはならないという戒めは一般の信者の比ではない。生涯妻は一人だけであることはもちろん、死別しても再婚はおろか浮気なんて持ってのほかなのである。
そのため、父である前国王は、母である王妃以外に関係を持ってはならなかった。
この事実を知ったのちに、とても国王としての任を負うことができないほど、壊れてしまうのも無理からぬことなのである。
アグネスを王妃にするためとはいえ、王太子の精神をずたぼろにするこんな設定は哀れなものである。
ただ、そこはゲームの都合ゆえのことなので、後に回復するばかりか、王太子という足かせがなくなったことにより、ハンスにはむしろ幸福な未来が待っている。
「では、わたしの母が彼女であることは……事実なのですね」
ライナーにとっては、ハンス以上に酷な事実に直面することとなってしまった。
信心深いライナーは、忠誠を誓っていた前国王の不義を知ったばかりか、その母が人格的に受け入れがたい相手だったことも同時に知ったのである。
ギルベルタ・シュトライヒという名のポーション中毒者は、もともとこの王城で女中として働いていた。
前国王の目に留まり、王妃の目を盗んで関係を持ったのちに妊娠したギルベルトは、口止め料をたっぷりもらったうえで国境の街ハルシュッフへと秘匿されたのだが、ライナーを孤児院に捨て、豪勢にも金を使い果たしたあと、貧困に喘ぐこととなった。国王のお手つきである事実を吹聴したところで、余所に実子などいるはずがないのだから、誰がこんな女をと信じてもらえず、身を持ち崩していた。
ライナールートだった場合は、哀れなる彼女を救い、過去を赦すことで神の教えを体現し、国王兼最高神官長としての自負が芽生えるという流れだった。
しかし、今回はヨハネスの命によって動いた魔族が、彼女にポーションを渡したことで、あのような事態に変わってしまった。本来のストーリーではない方向へ彼女を誘惑してしまったのだが、性格的にはその素養があったことは残念ながら事実である。
「そのようだな。エレオノーラ様も……彼女も俺の母であるのは間違いないようだ」
イジドーアの母であるエレオノーラ・フィッシャーは、もともと王妃ともなれるほどの名門公爵家の令嬢だった。そのはずが、国王から手籠めにされ、果ては子を身籠ってしまったことで、結婚できない身体となってしまった。恨みに恨んでいたエレオノーラだったが、幼少期より姉のように慕ったいた元侍女が、結婚したのちにその話を聞きつけ、息子を養子に迎えてくれると申し出てくれたのである。安心できる彼女ならと息子を託し、自らは俗世を捨て神官になるべく宣誓をしたのだった。
エレオノーラは、イジドーアが自身の息子であることは知っており、立派に育った息子が、魔王を倒し国を救う英雄にまでなったことを、陰ながら誇りに思っていた。
その息子があの日ルクルー教会へとやってきたことは、彼女の平穏な生活を一変する出来事となった。
本来であれば、アグネスと結婚し、母を探して親子関係を取り戻すだけの話で、最高神官長となるイジドーアにとって神官である母は敬い慕う存在となるはずだった。
そのはずが、恋にやぶれ傷心だったイジドーアは、愛したアグネスとそっくりだったエレオノーラに一目惚れしてしまったのである。設定としては、恋愛に疎いイジドーアにとって、乳児期を共に過ごした母の面影があるアグネスに惚れるという流れなのだが、今回は思慕を募らせたアグネスに似た母へと思いを寄せてしまったのである。
悩みに悩んだエレオノーラは、イジドーアの育ての母である元侍女やバルテンから背中を押されて、会合を機にフグルーアへと上り、息子に母であることを打ち明けた。
そのことでイジドーアは、前国王への不信の念と、二度目の失恋という苦い思いを噛みしめることとなってしまった。
ハンスには相談できないからと、ライナーとミヒャエルが帰って来るまで待ち、戻ってすぐ彼らにその話をして、三人で今日、確認すべくエルンストの元へとやってきたのである。
「まさか国王様が父上だったとは」
「ああ。証明書を見ても信じられない」
「……最高神官長ともあろうお方だ」
「ハンスには伝えないほうがいい」
「……そうだな。戦友が血を分けた兄弟であったことは喜ぶべきことだが、ハンスが知ったらどうなるか」
ライナーとイジドーアは、王位継承者であることを知った喜びなどいっさいないという様子で、それぞれ別の意味で肩を落としながら、エルンストの執務室を後にした。
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