42 / 44

第42話 執着の形

 考えている間にも、以前と同じようにミヒャエルの唇が俺の耳から首筋へと這っていく。 「ご不快ではないのですね?」  不快だったら突き飛ばしている。愛する振りをしなくてもいいと言うからには、ただそばにいればいいわけで、ミヒャエルのほうから俺を避けていたほどなのだから、無理に受け入れなくてもいいはずだ。 「……嫌だなんて一度も言ったことない……だろ」  嫌だけど、嫌じゃない。  嫌である理由は、俺自身を見てくれていないからだ。  キスはして欲しいし、会えば喜び勇んで抱きしめて欲しい。人形のごとく見られていることは不愉快でも、だからといって触れようとしてこないのも嫌だ。面倒くさい自覚はあるが、仕方がない。 「では、耐えた甲斐があったということですね」  俺の腕を愛おしげについばんでいたミヒャエルが、顔をあげて俺の目をじっと見つめてきた。  見て、次にふっと笑みをこぼした。  嬉しげに、たまらないというようにこぼしたその笑みは、この一週間目にしていなかった、見たかった笑みだ。  バカ野郎。そんな顔を見せてんじゃねえよ。しかも、こんな俺の顔を見て微笑むなんて、頭にくるし、なによりも恥ずかしい。 「……もういいから、続けろ」  いつまでも脱がせてくれないダルマティカを自ら脱いで、下着だけになった。  顔が熱い。身体も熱い。自分でもわかるほど手が震えている。 「仰せのままに」  抱きしめて、俺をソファに横たわらせた。強引さのかけらもなく、優しい手つきで、それが無性に恥ずかしく、顔を隠さずにはいられない。無理やり、抵抗する暇もないくらいに荒々しくしてくれたら、おそらく赤くなってしまっているだろうこの顔を隠さないでも済むのに。 「ん……っ」  欲しかった刺激が肌を襲う。ミヒャエルのほっそりとした指が、おれの胸のうえで踊っている。柔らかな唇が肩から腕へ進み、くすぐったいような、気持ち良いようなその刺激に、頭がびりびりとし、身体が反応してしまう。   「お気に召してくださって嬉しく思います」 「……おまえ以外に知らないから、んっ……気に入ったとか、そんなのわかんねえよ」 「ええ。あなたは、誰からも愛されたことがなかったとおっしゃっておりました。恋人はいたことがなく、友人も少ないとぼやいていらした。それを聞いて、もしかしたらわたしの愛を受け止めてくださるかもしれないと、身勝手にも希望を抱いておりました」 「んっ……ふっ」 「ですが、以前のわたしはそれをお伝えすることができませんでした。勇気を持てなかったのは不覚の至りです。あなたに受け入れてもらえないかもしれないと恐れて、お伝えすることができませんでした」 「散々伝えてんじゃねえか。嫌っていうほど伝わってるっつーの」 「ええ。同じ後悔はしないと決めたからです。あなたを手に入れるためならどのようなことでもしようと決意いたしました。嘘をついても、演技をしても、知らぬふりをしても、どのような手段を使っても、あなたを手に入れたかった」  何を言っているんだ?  嘘や演技って、素っ気なくして俺の気持ちを試したことを指しているのか?  実直な騎士の性格からしてみれば、あの程度でも気が咎めるのだろうか。 「あなたはわたしのものです。ようやくわたしのものにできたのです」  唇を重ね、舌を入れてくる。舌を絡めながら、ミヒャエルは器用にも制服のボタンを外して、脱いでいく。シャツから覗くその肌を見て、自分が自分じゃないくらい、期待に胸が躍ってしまった。  俺を人形のように思っていることが許せないと憤慨したところで、結局は己の欲望にかなわない。いや、俺のツボを俺以上に知っているミヒャエルにかかれば、仕方がないことかもしれない。  求めてしまうのも、気持ちよさに喘ぐのも、身体の反応で、感情は別にあるのだから。 「仕事ばかりなされて、娯楽を楽しむ時間はなかったとおっしゃっておられましたね。責任感が強く、部下のミスは自らが被り、功績は過度なほどに讃えられるあなたは、自身のことはおろそかにするばかり。それでも、仕事に生きがいを持って日々励まれていらした。そんなあなたを最初は純粋に尊敬しておりました。ですが、お慕いする気持ちは募り、かなわないとわかっていても愛を抱かずにはいられませんでした」  肌を合わせ、焦らすほど優しい手つきで触れてくるミヒャエルは、何やらぼそぼそと囁いている。  俺はそれを耳にしながらも、いつもは真っ先に触れてくるであろう敏感な部分を避けていることに、なぜなのかとそちらのほうに気を取られてしまう。 「あなたのことはすべて覚えております。幼い頃から真面目に勉学に励んでいらっしゃったのに、ご両親が共働きで、下のご兄弟の面倒を見なければならないからと、友人づきあいをする時間はなかったとおっしゃられていた。そんなあなたが唯一余暇として楽しまれていらっしゃったのがゲームであり、オンラインであれば人と繋がれて、ネットの向こうに友人もつくることができるとおっしゃられて、それが制作会社に就職されるきっかけとなったと、お伺いしたことがあります」  何を、言っているんだろう。さっきからべらべらと、指の動きよりも舌のほうが回っている。 「あなたは、清廉で実直な方です。生真面目で優しく、面倒見がよくてたまにお節介なところもある。それに、わざとつっけんどんな態度を取られる。いわゆるツンデレな面もあります。攻略対象者たちの性格は、すべてあなたの性質が反映されていらっしゃいます」  ミヒャエルの言葉が理解できない。何の話をしているのかがわからない。 「自覚されていらっしゃいましたか? あなたのその性格は、会社の中では利用され見下される性質となってしまっておりました。蹴落とすための踏み台、もしくは舐めた態度を取っても叱られない上司だと思われていらした。あなたが激務をこなしていらっしゃった後ろで、あいつらは給料に見合わないほど仕事をしていなかった。……ご存知なかったでしょう?」  激務の後ろで……佐倉は、おまえはいつもオフィスにいたじゃないか。他は……他のやつらは、って何の話だ?   「ご存知でしたら、あのように部下を思いやって、早く帰そうとなされたり、無理に仕事を引き受けたりはされなかったでしょう。あなたは、地上に降りた天使のように素敵な方です。愛さずにはいられないほどの方です」  部下? 仕事?   「あなたが亡くなられた原因は、不摂生ではなく過労死なのです。『聖女の剣』が奪われたショックは引き金となっただけです」  こいつ、本当に何を言っているんだ? 俺は、フランツは生きている。死んでなんていない。 「わたしは、あなたのことだけを愛しております。他の誰も愛したことはありません。あなたがいなくなってしまった世界でなんて生きていたくない。意味がないのです。だから、わたしも後を追いました。肉体のある世界で結ばれなかったとしても、天界で魂が結ばれたらいいと考えました。あなたが他の誰にも取られないよう、すぐに後を追いました」  後を追ったって、追いかけてきたってことだろ? 誰が誰のことを? 俺のことをミヒャエルが……いや、佐倉が? 「攻略対象者たちはあなたの内面が反映されておりましたが、わたしはフランツにあなたのお姿を投影いたしました。あなたをモデルにしてつくったのです。170センチの身長は、わたしの背と比較して決めたのではない。あなたの身長です。わたしは偶然にもミヒャエルと同じ、183センチでした。肌の色が白く、いわゆる童顔といえるそのお顔立ち、そして犬歯がやや尖ってらっしゃること、耳も魔族のようにではないですが普通の人間よりツンとされていらした。……覚えておいでですか?」  ミヒャエルは、言いながら俺の頬を、そして歯と耳を確かめるようになぞっていく。 「フランツのお姿に戻ってください……」 「……なんでだよ」 「ダグラスのときより、あなたに近い……いえ、今あなたはフランツでもありますから」  俺は言われたとおりに術を解いた。必要も理由もなかったが、ないならないで解いてもいいという気になった。  ミヒャエルは、ふふっと嬉しげに笑みをこぼし、キスをしてきた。軽くちゅっとして、しかしまた離れた。  離れて俺を見つめてくるその視線が、目から眉へ、鼻や頬、耳、顎へと、観察するように動いていく。 「神はいらっしゃったようですね。自死なんて最も罪の重い選択をしたわたしを救ってくださるなんて、それほど想いを汲んでくださったのか、それともあなたをお救いしたかったのか。どちらにせよ、この世であなたにお会いできたのは奇跡です。ですから、前世の失敗は繰り返しません」 「……失敗、ってなんのことだ」 「ええ。想いをお伝えできないまま、あなたの助けにならないまま死なせてしまったことです。後悔は二度と致しません。現世ではあなたに我が身のすべてを捧げることを決めたのです。そして、気持ちをお伝えすることも」 「あなたって、誰のことを言っているんだよ」 「それは、フランツの……いえ、現世ではフランツとして生まれ育った、周防(すほう)先輩のことです」  何を言っているのか理解できず、混乱状態だった俺の頭に、その言葉は突き刺さるかのごとく届いた。  その言葉の意味を理解したとき、すべてが一つに繋がった。  ミヒャエルの口から出てくる、なぜそんな話をするのか理解できない言葉を耳にして、わけのわからなかった頭がすっきりとした。  現世では一度として耳にしたことはない。ただ、前世では幾度となく耳にしていた。  それを俺は忘れていた。このゲームのことはすべて覚えていたのに、その名だけはなぜか忘れてしまっていた。    周防……それは、前世の俺の名だ。

ともだちにシェアしよう!